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第10章 逆襲のアーネスト
噂でもちきり
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「おい、聞いたかよ。皓月殿下が薬師ハーケンだったって話」
「とっくに知ってるさ。仲の悪い双子殿下に隠れて王都に戻ろうとして、偽名を使ってこっそり帰ってきたってやつだろ?」
「そんなしみったれた話じゃねえよ。皓月殿下はな、あのウォルドグレイブ伯爵の薬湯の処方を盗作した上に、それを自分の処方だと主張して、逆に伯爵に盗みの罪を着せようとしたんだとさ!」
「マジか。まさに盗人猛々しいってやつだな」
「医師協会のドーソンや薬師協会にも、王子と手を組んで伯爵を陥れようとした奴らがいたようだ」
「ねえねえ。この前の孤児院や救貧院で起こった発熱の原因も、その皓月殿下一味の仕業だって聞いたんだけど……」
ここ数日は穏やかな天候が続き、客足も増えた城下街の商店街。
王都で最も賑やかなその一帯で、いま寄ると触ると話題になるのが、皓月王子の薬湯騒動だった。
「あれはウォルドグレイブ伯爵の薬湯が原因だって言われてたよな」
「まさか! 俺はあの方の薬舗の薬湯をよく姑に飲ませてるけど、飲ませなきゃよかったって思うくらい元気になったぜ?」
「けど皓月殿下たちだって、孤児院の子供たちを病気にさせても何の得も無いだろ?」
「あるわよ。伯爵様を貶めることで、あの方を妻にと望んでいる寒月殿下と青月殿下の責任問題にしたかったってことでしょ」
「チッ。結局お家騒動かよ。庶民を巻き込むんじゃねえよ」
「しかし、それが本当だとすると……もしもあの両殿下を失脚させて、得をするのは誰だ?」
「それは、やっぱり」
「しっ。それ以上はやめとけ。どこで誰が聞いてるか、わかったもんじゃねえ」
「そうよ。それよりわたしは、ウォルドグレイブ伯爵様の情報がもっと欲しいわ! うちの旦那の副作用を治療してもらって以来、夫婦そろって伯爵様に夢中なの」
「うそっ! 羨ましい! どうだった? 噂通りの綺麗なお方?」
「噂以上よお! まばゆいほどの美しさで、透き通ってる? ってくらい儚げで……まさに妖精! あの怖イケメンの双子殿下をメロメロにさせるのも納得の麗しさなの。
治療のあいだも、どちらかの殿下が必ずそばで寄り添ってらしてね。どうしても来られないときは浬祥様がいらしてたわね。殿下方ときたら、そりゃもう、いっときも目を離したくないという熱愛っぷりで……わたしのほうまでキュウンとしちゃったわあ」
「「「おおお」」」
「あの遊び人だった殿下方が!」
「そのくせ、どんなご令嬢にもなびかなかったのに」
「それで旦那さんは、良くなったの?」
「ええ。うちの旦那も、『あんな綺麗なお方に俺なんかを見せていいのか』って恐縮しきりだったけどね。『下痢ですみません』と謝って笑われてたし」
周囲で話を漏れ聞いていた者たちにも、ドッと爆笑が巻き起こった。
「けどねえ、本当に優しい方なのよ。エルバータの皇族だったなんて信じられないくらい気さくで、嫌な顔ひとつせず丁寧にみてくださった。旦那の下痢もすぐ治ったわ! それで二人して、『こんなに早く治ったら、もう伯爵様にお会いする口実が無い』ってガッカリよ」
また賑やかな笑い声が響く。
世間を賑わせているのは皓月王子だけではない。
悪巧みにより陥れられそうになりながらも、その聡明さでみごとに返り討ちにした、ウォルドグレイブ伯爵の人気も急上昇中なのだった。
⁂ ⁂ ⁂
「『妖精伯爵』?」
「はい! アーネスト様は今ちまたで、そう呼ばれてるんですよ!」
作業の合間に、白銅くんとお茶休憩をしていたら、そんなことを言い出した。
副作用が出た患者さんたちの治療が始まってからは、目の回るような忙しさだった。
皓月王子が想定以上に薬湯を配っていて、しかも誰に渡したかをきちんと把握していなかったので、その追跡調査も並行して行わなければならず。
副作用が強く出てしまった患者さん用の薬湯は、彼らの状態に合わせた微妙な調合が必要だけれど、その加減が僕にしかわからない。
ゆえに症状の軽い患者さんは医師と薬師協会の方たちにお任せして、重い患者さんの面談はすべて僕が担当した。
それは良いのだけど……
「あの妖精の血筋の伯爵様に、至近距離で薬湯をいただけるんだって!」
どこからか、そういう噂が広まったらしく。
副作用とは無関係の人々が、
「下痢なんです! 滝のごとき下痢なんです!」
「一歩も歩けないほどひどい腹痛が……なきにしもあらず」
などと元気に訴えてきて、受付の医師たちに「今回は薬湯の副作用の患者専用なので、体調が悪いならほかの医師か薬師のところへ」と門前払いされる騒ぎとなった。
副作用の治療は無料だから、多くの人が集まったのだろう。
節約したい気持ちはよくわかる。ご希望に沿えず申しわけない。
そんなこんなで。
薬湯勝負に使われた会場はそのまま臨時の診療所となり、関係者全員、十日ほどバタバタしていたが。
ようやく副作用の手当てもひと段落ついて、久し振りに白銅くんとゆっくりお茶を楽しんでいたら、『妖精伯爵』の話になったのだった。
「なるほど~。妖精の血筋の伯爵だから、略して妖精伯爵かあ」
「違いますよう。アーネスト様が妖精そのものみたいにお綺麗だからですっ」
「え。でもウォルドグレイブ家に伝わる『妖精の書』の挿絵には、すっごく不気味な妖精もいっぱい描かれていたよ?」
「え」
「それはそうと」
双子が差し入れてくれた焼き菓子を、白銅くんの前に積み上げながら呟いた。
「二人とも遅いね。昼には帰ると言ってたのに、じき夕方だ。話が長引いてるのかな」
「そうですねえ……簡単じゃなさそうですもんね」
双子は今、王様のところへ行っている。
皓月王子やドーソン氏らの処罰について、話し合うために。
「とっくに知ってるさ。仲の悪い双子殿下に隠れて王都に戻ろうとして、偽名を使ってこっそり帰ってきたってやつだろ?」
「そんなしみったれた話じゃねえよ。皓月殿下はな、あのウォルドグレイブ伯爵の薬湯の処方を盗作した上に、それを自分の処方だと主張して、逆に伯爵に盗みの罪を着せようとしたんだとさ!」
「マジか。まさに盗人猛々しいってやつだな」
「医師協会のドーソンや薬師協会にも、王子と手を組んで伯爵を陥れようとした奴らがいたようだ」
「ねえねえ。この前の孤児院や救貧院で起こった発熱の原因も、その皓月殿下一味の仕業だって聞いたんだけど……」
ここ数日は穏やかな天候が続き、客足も増えた城下街の商店街。
王都で最も賑やかなその一帯で、いま寄ると触ると話題になるのが、皓月王子の薬湯騒動だった。
「あれはウォルドグレイブ伯爵の薬湯が原因だって言われてたよな」
「まさか! 俺はあの方の薬舗の薬湯をよく姑に飲ませてるけど、飲ませなきゃよかったって思うくらい元気になったぜ?」
「けど皓月殿下たちだって、孤児院の子供たちを病気にさせても何の得も無いだろ?」
「あるわよ。伯爵様を貶めることで、あの方を妻にと望んでいる寒月殿下と青月殿下の責任問題にしたかったってことでしょ」
「チッ。結局お家騒動かよ。庶民を巻き込むんじゃねえよ」
「しかし、それが本当だとすると……もしもあの両殿下を失脚させて、得をするのは誰だ?」
「それは、やっぱり」
「しっ。それ以上はやめとけ。どこで誰が聞いてるか、わかったもんじゃねえ」
「そうよ。それよりわたしは、ウォルドグレイブ伯爵様の情報がもっと欲しいわ! うちの旦那の副作用を治療してもらって以来、夫婦そろって伯爵様に夢中なの」
「うそっ! 羨ましい! どうだった? 噂通りの綺麗なお方?」
「噂以上よお! まばゆいほどの美しさで、透き通ってる? ってくらい儚げで……まさに妖精! あの怖イケメンの双子殿下をメロメロにさせるのも納得の麗しさなの。
治療のあいだも、どちらかの殿下が必ずそばで寄り添ってらしてね。どうしても来られないときは浬祥様がいらしてたわね。殿下方ときたら、そりゃもう、いっときも目を離したくないという熱愛っぷりで……わたしのほうまでキュウンとしちゃったわあ」
「「「おおお」」」
「あの遊び人だった殿下方が!」
「そのくせ、どんなご令嬢にもなびかなかったのに」
「それで旦那さんは、良くなったの?」
「ええ。うちの旦那も、『あんな綺麗なお方に俺なんかを見せていいのか』って恐縮しきりだったけどね。『下痢ですみません』と謝って笑われてたし」
周囲で話を漏れ聞いていた者たちにも、ドッと爆笑が巻き起こった。
「けどねえ、本当に優しい方なのよ。エルバータの皇族だったなんて信じられないくらい気さくで、嫌な顔ひとつせず丁寧にみてくださった。旦那の下痢もすぐ治ったわ! それで二人して、『こんなに早く治ったら、もう伯爵様にお会いする口実が無い』ってガッカリよ」
また賑やかな笑い声が響く。
世間を賑わせているのは皓月王子だけではない。
悪巧みにより陥れられそうになりながらも、その聡明さでみごとに返り討ちにした、ウォルドグレイブ伯爵の人気も急上昇中なのだった。
⁂ ⁂ ⁂
「『妖精伯爵』?」
「はい! アーネスト様は今ちまたで、そう呼ばれてるんですよ!」
作業の合間に、白銅くんとお茶休憩をしていたら、そんなことを言い出した。
副作用が出た患者さんたちの治療が始まってからは、目の回るような忙しさだった。
皓月王子が想定以上に薬湯を配っていて、しかも誰に渡したかをきちんと把握していなかったので、その追跡調査も並行して行わなければならず。
副作用が強く出てしまった患者さん用の薬湯は、彼らの状態に合わせた微妙な調合が必要だけれど、その加減が僕にしかわからない。
ゆえに症状の軽い患者さんは医師と薬師協会の方たちにお任せして、重い患者さんの面談はすべて僕が担当した。
それは良いのだけど……
「あの妖精の血筋の伯爵様に、至近距離で薬湯をいただけるんだって!」
どこからか、そういう噂が広まったらしく。
副作用とは無関係の人々が、
「下痢なんです! 滝のごとき下痢なんです!」
「一歩も歩けないほどひどい腹痛が……なきにしもあらず」
などと元気に訴えてきて、受付の医師たちに「今回は薬湯の副作用の患者専用なので、体調が悪いならほかの医師か薬師のところへ」と門前払いされる騒ぎとなった。
副作用の治療は無料だから、多くの人が集まったのだろう。
節約したい気持ちはよくわかる。ご希望に沿えず申しわけない。
そんなこんなで。
薬湯勝負に使われた会場はそのまま臨時の診療所となり、関係者全員、十日ほどバタバタしていたが。
ようやく副作用の手当てもひと段落ついて、久し振りに白銅くんとゆっくりお茶を楽しんでいたら、『妖精伯爵』の話になったのだった。
「なるほど~。妖精の血筋の伯爵だから、略して妖精伯爵かあ」
「違いますよう。アーネスト様が妖精そのものみたいにお綺麗だからですっ」
「え。でもウォルドグレイブ家に伝わる『妖精の書』の挿絵には、すっごく不気味な妖精もいっぱい描かれていたよ?」
「え」
「それはそうと」
双子が差し入れてくれた焼き菓子を、白銅くんの前に積み上げながら呟いた。
「二人とも遅いね。昼には帰ると言ってたのに、じき夕方だ。話が長引いてるのかな」
「そうですねえ……簡単じゃなさそうですもんね」
双子は今、王様のところへ行っている。
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