52 / 259
第10章 逆襲のアーネスト
恥知らずです
しおりを挟む
「ウォルドドグリイブ……」
「アーネスト様ぁ。しみじみ繰り返さないでくださいぃ」
白銅くんが涙目で笑いをこらえ、双子も肩を震わせている。
その様子を見て取ったらしく、皓月王子が怒声を上げた。
「おい、何を笑っているんだ、失敬な! 盗人の分際でふてぶてしい!」
「僕は笑っていないし、盗人でもありませんよ?」
「開き直る気か!」
「よーく見てください。笑っていませんよ?」
「わ、笑っていたっ!」
「笑っていません。笑いごとではないので。殿下が勝手に僕の薬湯を人に飲ませてしまったと知った瞬間から、僕は心配でなりませんでした」
あえて静かな口調で返したが、周囲の人たちも興味津々で耳をそばだてており、広い室内でもはっきりと互いの声が届く。
その、はっきり届いた僕の言葉に、皓月王子はギョキッと目を剥いた。
「まだ言うか! よりによって、『殿下が勝手に僕の薬湯を』だと!? 不敬な上に、図々しいにもほどがある!
いいか、医師協会副会長のドーソンと、薬師協会部長の御形を始めとする、清廉なる国民への奉仕者たちが、ついさっき貴様が提出した薬湯を調べて、ぼくがすでに出している薬湯と同じだと証言したのだぞ!
貴様は彼らの能力を疑うのか、彼らが嘘をついているとでも言うのか!」
壇上の皓月王子の傍らで、憎々しげにこちらを見下ろすドーソン氏と、居心地悪そうに視線を泳がせる御形氏を、僕はまっすぐ見つめた。
「ドーソン副会長、御形部長、ならびに僕の薬湯を『盗作だ』と言い切った、協会員や関係者の皆さん。
その発言は、医師や薬師の矜持に背かぬものですか。己の誇りを懸けて、皓月王子の処方こそ正しく、本物であると言い切れますか」
そう問うと、御形氏は顔色を変えた。
何か言いたげに口をひらいたが、それを遮るようにドーソン氏が怒鳴った。
「当然だ! 皓月殿下こそ、この薬湯の本当の生みの親! 名医にも劣らぬ素晴らしい薬師だと、己の誇りに懸けて断言するとも!」
「では、ご自身の発言には相応の責任を取っていただきます。皓月殿下と同様、皆さんにも、僕と薬舗への名誉棄損と損害賠償を請求させていただくことになると、先に通告しておきます」
「なっ!」
「そ、それはどういう……!」
ドーソン氏のうしろで様子を窺っていた協会員たちが、にわかにざわついた。
彼らはたぶん、なにがしかの見返りを約束されて僕を陥れようとしたのだろうけど、自分たちに不利益が及ぶとまでは考えていなかったのだろう。
そんな彼らを、ドーソン氏が叱りつけた。
「静まれ! 非があるのは向こうだ、我らは正しいことを正しいと主張しているだけだ。何をうろたえる必要がある!」
「その通りだ!」
皓月王子も調子を合わせてうなずいている。
うんうん、それで良し。
今さら言いわけされても困るからね。
薬草を利用して悪事を働いた皆さんには、きっちり償ってもらわないと。
僕は改めて彼らを見据えた。
「皆さんが皓月殿下こそ正しいと信じているのなら、あなたたちは、とんだ藪医者か、大嘘つきの詐欺師か、どちらにせよ、患者の躰を平気で害する恥知らずです」
「「「な……っ!」」」
壇上の面々のみならず、会場にいる皆が絶句した。が、
「よーし、よく言ったアーネスト! さすが俺たちの嫁!」
「言ってやれ、馬鹿どもにもわかるように」
拍手喝采する双子の言葉に我に返ったようで、ドーソン氏らの顔がみるみる赤くなった。
「なっ、何を根拠にそのような侮辱を!? いくら寒月殿下や青月殿下と親交があろうと、こんな辱めは許せません! こちらこそ、ウォルドグレイブ卿を名誉棄損で訴えますぞ!」
たちまち、「そうだそうだ!」の大合唱。
成り行きを見守っている皆さんまで騒がしくなったが、片手を軽く上げると、ピタリと静まってくれた。
「根拠はこれからご説明します。まず、僕はこの処方の薬湯を新商品として用意していましたが、すぐには発売しませんでした。その理由は、」
「そんなの、あと出しで作ったんだろう! 下手な小細工だ!」
皓月王子が叫んだので、僕はにっこり笑顔を向けた。
「殿下。五歳の子供でも、人の話を聞くことくらいはできるのですよ」
白銅くんが小さく吹き出したが、皓月王子は「五歳の子供が何だって?」と顔をしかめているので、嫌味を理解する前に話を進めた。
「すぐに発売しなかったのは、いつもダースティン産の薬草で作っていたものを、今回は醍牙産のみで作ったからです。加えてとても繊細な配合なので、念には念を入れて、ギリギリまで自分で試しました。『この分量までなら安全』と言える配合量を改めて確定するために」
「自分で試した?」
双子の笑みが引っ込んだ。
しまった。自分で試したこと、二人に秘密にしたままだった。
「ちょっと待て。碧雲町でも飲んでいた、あの薬湯だよな?」
表情をこわばらせた青月に続き、寒月が眉根を寄せる。
「もしかして、お前がぶっ倒れてたのも、その薬湯の試飲が原因か?」
「安全な分量を知るために、安全ではないかもしれない配合で試したんだな!?」
「だから『原因はわかってる』と言ってたのか!」
おおう。いきなり鋭い。
秘密にして申しわけなかったけど、言えば止められるだろうから……でも想定通りの結果が出たから、もう大丈夫なんだ。
「まあまあ。あとでちゃんと説明するから」
「「お前ってやつは……」」
へらへら笑ってごまかそうとしたけど、二人は額を押さえてうなだれた。
会場の皆さんは、この展開についてこられずにいるが、皓月王子は元気に会話に割って入ってきた。
「おい、私語は慎め! 何いきなりイチャコラしてんだ!」
「ウォルドグレイブ卿。『安全ではない配合』とは、どういうことです?」
控えめに尋ねてきたのは御形氏。
やはり薬師。
僕の言いたいことが、わかったかな。
「アーネスト様ぁ。しみじみ繰り返さないでくださいぃ」
白銅くんが涙目で笑いをこらえ、双子も肩を震わせている。
その様子を見て取ったらしく、皓月王子が怒声を上げた。
「おい、何を笑っているんだ、失敬な! 盗人の分際でふてぶてしい!」
「僕は笑っていないし、盗人でもありませんよ?」
「開き直る気か!」
「よーく見てください。笑っていませんよ?」
「わ、笑っていたっ!」
「笑っていません。笑いごとではないので。殿下が勝手に僕の薬湯を人に飲ませてしまったと知った瞬間から、僕は心配でなりませんでした」
あえて静かな口調で返したが、周囲の人たちも興味津々で耳をそばだてており、広い室内でもはっきりと互いの声が届く。
その、はっきり届いた僕の言葉に、皓月王子はギョキッと目を剥いた。
「まだ言うか! よりによって、『殿下が勝手に僕の薬湯を』だと!? 不敬な上に、図々しいにもほどがある!
いいか、医師協会副会長のドーソンと、薬師協会部長の御形を始めとする、清廉なる国民への奉仕者たちが、ついさっき貴様が提出した薬湯を調べて、ぼくがすでに出している薬湯と同じだと証言したのだぞ!
貴様は彼らの能力を疑うのか、彼らが嘘をついているとでも言うのか!」
壇上の皓月王子の傍らで、憎々しげにこちらを見下ろすドーソン氏と、居心地悪そうに視線を泳がせる御形氏を、僕はまっすぐ見つめた。
「ドーソン副会長、御形部長、ならびに僕の薬湯を『盗作だ』と言い切った、協会員や関係者の皆さん。
その発言は、医師や薬師の矜持に背かぬものですか。己の誇りを懸けて、皓月王子の処方こそ正しく、本物であると言い切れますか」
そう問うと、御形氏は顔色を変えた。
何か言いたげに口をひらいたが、それを遮るようにドーソン氏が怒鳴った。
「当然だ! 皓月殿下こそ、この薬湯の本当の生みの親! 名医にも劣らぬ素晴らしい薬師だと、己の誇りに懸けて断言するとも!」
「では、ご自身の発言には相応の責任を取っていただきます。皓月殿下と同様、皆さんにも、僕と薬舗への名誉棄損と損害賠償を請求させていただくことになると、先に通告しておきます」
「なっ!」
「そ、それはどういう……!」
ドーソン氏のうしろで様子を窺っていた協会員たちが、にわかにざわついた。
彼らはたぶん、なにがしかの見返りを約束されて僕を陥れようとしたのだろうけど、自分たちに不利益が及ぶとまでは考えていなかったのだろう。
そんな彼らを、ドーソン氏が叱りつけた。
「静まれ! 非があるのは向こうだ、我らは正しいことを正しいと主張しているだけだ。何をうろたえる必要がある!」
「その通りだ!」
皓月王子も調子を合わせてうなずいている。
うんうん、それで良し。
今さら言いわけされても困るからね。
薬草を利用して悪事を働いた皆さんには、きっちり償ってもらわないと。
僕は改めて彼らを見据えた。
「皆さんが皓月殿下こそ正しいと信じているのなら、あなたたちは、とんだ藪医者か、大嘘つきの詐欺師か、どちらにせよ、患者の躰を平気で害する恥知らずです」
「「「な……っ!」」」
壇上の面々のみならず、会場にいる皆が絶句した。が、
「よーし、よく言ったアーネスト! さすが俺たちの嫁!」
「言ってやれ、馬鹿どもにもわかるように」
拍手喝采する双子の言葉に我に返ったようで、ドーソン氏らの顔がみるみる赤くなった。
「なっ、何を根拠にそのような侮辱を!? いくら寒月殿下や青月殿下と親交があろうと、こんな辱めは許せません! こちらこそ、ウォルドグレイブ卿を名誉棄損で訴えますぞ!」
たちまち、「そうだそうだ!」の大合唱。
成り行きを見守っている皆さんまで騒がしくなったが、片手を軽く上げると、ピタリと静まってくれた。
「根拠はこれからご説明します。まず、僕はこの処方の薬湯を新商品として用意していましたが、すぐには発売しませんでした。その理由は、」
「そんなの、あと出しで作ったんだろう! 下手な小細工だ!」
皓月王子が叫んだので、僕はにっこり笑顔を向けた。
「殿下。五歳の子供でも、人の話を聞くことくらいはできるのですよ」
白銅くんが小さく吹き出したが、皓月王子は「五歳の子供が何だって?」と顔をしかめているので、嫌味を理解する前に話を進めた。
「すぐに発売しなかったのは、いつもダースティン産の薬草で作っていたものを、今回は醍牙産のみで作ったからです。加えてとても繊細な配合なので、念には念を入れて、ギリギリまで自分で試しました。『この分量までなら安全』と言える配合量を改めて確定するために」
「自分で試した?」
双子の笑みが引っ込んだ。
しまった。自分で試したこと、二人に秘密にしたままだった。
「ちょっと待て。碧雲町でも飲んでいた、あの薬湯だよな?」
表情をこわばらせた青月に続き、寒月が眉根を寄せる。
「もしかして、お前がぶっ倒れてたのも、その薬湯の試飲が原因か?」
「安全な分量を知るために、安全ではないかもしれない配合で試したんだな!?」
「だから『原因はわかってる』と言ってたのか!」
おおう。いきなり鋭い。
秘密にして申しわけなかったけど、言えば止められるだろうから……でも想定通りの結果が出たから、もう大丈夫なんだ。
「まあまあ。あとでちゃんと説明するから」
「「お前ってやつは……」」
へらへら笑ってごまかそうとしたけど、二人は額を押さえてうなだれた。
会場の皆さんは、この展開についてこられずにいるが、皓月王子は元気に会話に割って入ってきた。
「おい、私語は慎め! 何いきなりイチャコラしてんだ!」
「ウォルドグレイブ卿。『安全ではない配合』とは、どういうことです?」
控えめに尋ねてきたのは御形氏。
やはり薬師。
僕の言いたいことが、わかったかな。
173
お気に入りに追加
6,136
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。


巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。