召し使い様の分際で

月齢

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第8章 不穏な影

増えた!

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 私室に戻ると、オレンジ色の瞳を輝かせた白銅くんが、「いい匂い!」と弾んだ声を上げながら出迎えてくれた。ほんとに鼻が良いなあ。

「揚げ菓子、まだあったかいよ」
「わあい、ありがとうございます!」
「もしかして、昼食も抜いてマルムを見ていたの?」
「食べました! でもお菓子は別腹ですもんねっ」
「その通りだね」

 この様子では、その後マルムたちに変化は無いようだ。

「白銅くん。王女殿下にマルムをいくつかお届けしてもいいと思う?」

 おそるおそる、諸々のお礼に贈りたいのだと説明すると、

「そういうことでしたら、ぜひお贈りしたいですよね。でも……どうなのでしょう。『異変』のマルムは決して召し上がったり売却したりしてはいけないと、執事さんが仰っていたのですよね? 王女殿下は間違いなく召し上がるでしょうし……」

 それは否定できない。
 先日のマルム茸も、王様のぶんまで食べてしまったと言っていたし。でもそれほど大好物だからこそ、さしあげたいのだけれど。

 今となっては僕も、マルムは妖精と何らかの関りがあると考えている。
 だから迂闊に扱えないのだが……でも王女には、また見つけたらお届けすると約束もしていたんだよね。

 困ってしまい、普通のマルム茸に囲まれた(白銅くんがそのように配置した)『親マルム』が置かれた机の前に立って、親マルムに直接訊いてみた。

「親マルム~。王女殿下に普通マルムをお贈りしたいんだけど、ダメかなあ」

 なんてね。
 白銅くんも可愛い声で笑って、隣で一緒に覗き込んだ。

「親マルム~。分けてください、お願いします」

 二人でくすくす笑っていたら、『ポンッ』と小さな音がした。

「ん?」
「いま何か音がしましたね?」

 真ん丸キノコたちに視線を走らせると、大量の普通マルムのうちのひとつが、かすかにゆらめいている。
 なぜ揺れてるのかなと見ていたら――そのマルムが『ポンッ』と音をたてて、分裂した。
 いや、増殖というべきか。そっくり同じ大きさで、二つに増えた。

「ほわあぁっ!」
「うわっびっくりした! どうしたのですかアーネスト様っ」

 文字通り跳び上がった白銅くんが、おめめを瞠っている。

「増えた! マルム増えた!」
「えっ。増えた?」
「これこれ! これが今……!」

 分裂マルムを指差すと、またゆらゆらと揺れ始めて。
 そうしてまた『ポンッ』という音と共に、分裂マルムがさらに分裂した。

「……!!!」

 僕と白銅くんは目も口もパカッとひらいて互いに見交わし。
 次に分裂マルムに視線を戻してから、同時に叫んだ。

「「増えた――――ッ!!!」」


⁂ ⁂ ⁂


 マルム分裂の衝撃から一夜明け。

 双子とも相談した結果、とりあえず分裂の件は、四人の秘密にすることにした。
 そもそも大量のマルムが僕の部屋にあること自体秘密だから、当然なんだけどね。
 ただしジェームズには、大急ぎで手紙を出した。
 直接会っていろいろ訊けたらいいのに……もどかしいなあ。

 しかし僕以上にコーフン状態にある白銅くんは、もうマルムと離れたくないと言い出し、「アーネスト様のお部屋に泊まらせてください~」と涙目になっていた。
 泊まるのはかまわないけど、親御さんが心配するだろうし。
 ちょっと冷静になってもらおうと、王女に直接マルムを届けに行ってもらっている。

 分裂したマルムはきっと、『これなら王女に分けてもいいよ』というマルムの意思表示なのだと、僕と白銅くんは考えることにした。
 なんだかもう……謎とびっくりが多すぎて。
 もはやマルムが何をやっても、「マルムならあり得る」と納得してしまう勢いだ。

 しかし今の僕には、キノコの謎の解明より先に、片付けねばならないことがある。


 そんなわけで。

 城の第三会議室にて、僕への『審問会』が始まろうとしていた。

 出席者はハグマイヤーさんから教わっていた通り、医師と薬師の協会代表者が十数名。医療福祉の担当大臣とその補佐が三名。進行役の議長。
 加えて各々、必要に応じて証人や関係者を呼ぶことも許されている。

 今回は王様はいないが、お目付け役として、信頼する侍従長さんを寄こしてくれた。王様にプレゼンをしたときも一緒にいた方だ。
 王様と同じくらい大柄な侍従長、刹淵セツエンさん。年齢も王様と同じくらいだろうか。

 あとは当然のように、双子も来ているのだが……
 事前に王様から、

「お前たちが絡むと話が進まないから、発言禁止。うしろでおとなしく座って見てると約束するなら、出席を許します。アーちゃんの補佐は、刹淵に頼むから」

 そう約束させられていた。
 もちろん双子は反論したが、

「どうしてもと言うなら、『パパちゃんだいしゅき♡寒月と青月のお願い聴いて♡』と、アーちゃんの前で父上に可愛くおねだりしてごらん。それができたら発言することも許してあげる」

「「ざけんなクソ親父!」」

 交渉は決裂。
 今もムスッとして、僕から離れた後方で、机に脚を乗せてお行儀悪く座っている。
 ……双子のおねだり、聞いてみたかったな……。残念。

 さて、全員そろったようだ。
 コの字型に椅子が並べられ、中央に議長や大臣たち、僕から見て左手に医師の協会員たち、右手に薬師の協会員たちが座し、議長の向かいに僕と刹淵さんが座っている。

「刹淵さん、お世話になります。勝手がわからないので、どうぞよろしくお願いします」

 改めて小声で挨拶すると、穏やかな笑みが返された。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 低く落ち着いた声。渋い大人の魅力たっぷり。
 男前な顔の額から左頬にかけて、一文字に走る傷跡を見るたび、負傷の経緯は知らないけれど、よく目が無事だったなと思う。

 そうこうするうち、議長が会議を始めようとして――お行儀の悪い双子に注意を促そうとしたが、不機嫌丸出しの目でひと睨みされると、見ないフリをすることにしたらしい。
 額に流れた汗を拭い、何ごともなかったように皆を見回した。

「では、ウォルドグレイブ伯爵に対する審問会を始めます」
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