21 / 259
第7章 薬草研究の賜物
妖精の書
しおりを挟む
「これは温泉施設を開業できればの話だけど」
僕は小枝を拾って、地面に簡単な図面を描いた。
「あの温泉に入れる療養施設を造れたら、職員や家族の宿泊施設も必要になるでしょ? そしたらそっちの施設にも従業員さんが要るし、さらに薬舗も併設すれば、施設利用者以外のお客さんも来るよね。
人が集まれば食料品店も生活雑貨屋さんも各種職人さんも必要だし、飲食店やお土産屋さんも増える。将来的に良質な一般向けの保養施設を併設できれば、さらに収益が見込めるよ」
「そう上手くいくかな?」
「いかせる!」
僕はフンスと偉そうに胸を張った。
「お城の薬舗で、僕の薬は多くの方のお役に立てるという手応えがあったんだ。噂を聞いて、わざわざ隣の州から来てくださったお客様もいたんだよ」
「ああ、聞いてる。たいしたもんだ」
「えへっ。それで、ちょうど支店を出せたらいいなと考えてたんだ。そしたらもっと多くの方に使っていただけるから。でも原料の確保とか品質管理とか資金とか、いろいろ考えると無理だろうなあ……と思ってたんだけど」
「なんだ。言ってくれればキス払いで出資するのに」
「むがっ」
思わず変な声が出た。
とっさに白銅くんを見たが、少し離れたところでマルム茸狩りをしている。よかった。
「そんなことしてたら、栴木公爵に認めてもらえないじゃないか! ……でも、出店の際の価格交渉には応じてほしいけど……」
「応じるとも」
「お願いします。で、傷病兵の方の社会復帰のひとつとして、薬舗や薬草園の従業員になってもらうのはどうかな? 症状や回復の度合いに合わせた仕事を回すようにして。ここなら療養施設に通いながら働くこともできるしね。お給金を貯めて、また違う仕事を探しても良いし」
「……良いな、それ。ほんとにいいのか?」
「もちろん! こちらも人手を確保できて助かるんだ。薬舗と薬草園も売りのひとつにすれば、ちょっとは他所の施設と差別化ができて、両得でしょ?」
「だが、ひとまず小規模の施設から先行して始めるとしても、本格的に開業するには時間がかかる。オッサンの二つ目の条件の『一年以内に』五千万キューズという条件には、到底まにあわないんじゃないか?」
そこなのだ。栴木様は、実にキビしく期限を切ってきてるのだ。
「うん。でも、もともと薬舗関係は、黒字になりさえすれば良いと思ってたから。薬草園もね。ウハウハ稼ぐ方法は、まだ別に考えてるし」
「そうなのか? いつのまに」
切れ長の目を丸くして驚く顔もイケメン。
いや、いちいち見惚れてる場合じゃない。一年以内という条件は本当にキビしい。
けど、焦ればどうにかなるというものでもないしね。
「アーネスト様っ! いっぱい採らせてもらいました!」
キノコ入れ用に使わせてくれた青月のマフラーに、山盛りのマルム茸をのせて白銅くんが駆けてきた。
「わあ、ご苦労様。こうして見ると、すごい量だねえ」
「でもまだまだあるんです。それに僕、目が変になっちゃったかも……」
「え。ゴミでも入った? 見せてごらん」
「いえ、違うんです。その……マルム茸を採ったはずのところに、また生えてたのです。何度も何度も」
「ありゃ~……それはもしかすると」
「もしかすると?」
「本当に妖精が来てたかもしれないよ」
「えええっ!?」
驚いた白銅くんの手元から、キノコがぽろぽろ落ちた。
白銅くんは慌てて拾い直しながら、一緒に拾う僕にそわそわと尋ねてきた。
「妖精って、アーネスト様のご先祖様ですか?」
「先祖って妖精王なんだろう? 妖精の王が、わざわざ白銅にイタズラ仕掛けに来るものなのか?」
青月まで興味深げに訊いてきて、ついでにマフラーでマルム茸を器用にくるんで持ってくれた。
それを機に、邸へ戻る道を歩き出す。
「ウォルドグレイブ家には、妖精に関する先祖の記述を集めた『妖精の書』が残されていてね。それによると妖精は、とってもイタズラ好きらしいから。白銅くんもからかわれたかもね……?」
「ええっ! ま、まだいるかな?」
キョロキョロ探してる。ほんとに可愛い。
ほっこりしながら見ているうちに、ふと昔のことを思い出した。
例によって倒れて寝込んでいた、子供の頃。
深夜に目がさめて眠れなくなった僕の枕元で、ジェームズが件の『妖精の書』を読み聞かせてくれた。
その内容は、いま白銅くんに話したような、明るくて愉快で、ちょっぴり怖くて。全体的に、どきどきワクワクする話ばかりだった。いかにも子供向けの。
ただしジェームズは、『妖精の書』の後半の頁は絶対にひらかなかった。
そこに何が書いてあるのか。
僕はいつも興味津々だったけれど……
『ここから先は、アーネスト殿下のお祖父様とのお約束で、今はまだひらけないのですよ。
殿下が成人されて、ある条件がそろったときのみ、まことに僭越ながら、わたくしの判断で殿下にお見せするよう、お役目を賜ったのです』
そう説明されても、子供の頃はしつこく「いま知りたい」とねだって困らせた。
でも、いつもは僕に甘いジェームズなのに、そのときばかりは決して教えてくれなくて、そうこうするうち、すっかり忘れていたのだ。
もしかすると……
あのボロボロの手紙には、あのとき教えてもらえなかった『妖精の書』の内容が、書かれていたのかな?
マルム茸について書かれた手紙をもらったタイミングで見つけた、マルム茸の妖精の輪……。
「どうした? アーネスト」
考えに耽っていたら、青月が心配そうにこちらを見ていた。
「ぐあい悪いんじゃないのか」
「ううん、ごめん。ちょっと考えごとをしてたんだ」
笑顔で答えながらも、考え出すと気になって仕方ない。
実の家族のようなジェームズに、祖父が「判断」を委ねたのはわかる。が、「ある条件がそろったときのみ」とは、どういうことだろう。
もしあの手紙の内容が本当に、あのとき聞けなかった『妖精の書』だったなら――
ジェームズが、その条件はそろったと判断したということだ。
……条件……何だろう?
僕は小枝を拾って、地面に簡単な図面を描いた。
「あの温泉に入れる療養施設を造れたら、職員や家族の宿泊施設も必要になるでしょ? そしたらそっちの施設にも従業員さんが要るし、さらに薬舗も併設すれば、施設利用者以外のお客さんも来るよね。
人が集まれば食料品店も生活雑貨屋さんも各種職人さんも必要だし、飲食店やお土産屋さんも増える。将来的に良質な一般向けの保養施設を併設できれば、さらに収益が見込めるよ」
「そう上手くいくかな?」
「いかせる!」
僕はフンスと偉そうに胸を張った。
「お城の薬舗で、僕の薬は多くの方のお役に立てるという手応えがあったんだ。噂を聞いて、わざわざ隣の州から来てくださったお客様もいたんだよ」
「ああ、聞いてる。たいしたもんだ」
「えへっ。それで、ちょうど支店を出せたらいいなと考えてたんだ。そしたらもっと多くの方に使っていただけるから。でも原料の確保とか品質管理とか資金とか、いろいろ考えると無理だろうなあ……と思ってたんだけど」
「なんだ。言ってくれればキス払いで出資するのに」
「むがっ」
思わず変な声が出た。
とっさに白銅くんを見たが、少し離れたところでマルム茸狩りをしている。よかった。
「そんなことしてたら、栴木公爵に認めてもらえないじゃないか! ……でも、出店の際の価格交渉には応じてほしいけど……」
「応じるとも」
「お願いします。で、傷病兵の方の社会復帰のひとつとして、薬舗や薬草園の従業員になってもらうのはどうかな? 症状や回復の度合いに合わせた仕事を回すようにして。ここなら療養施設に通いながら働くこともできるしね。お給金を貯めて、また違う仕事を探しても良いし」
「……良いな、それ。ほんとにいいのか?」
「もちろん! こちらも人手を確保できて助かるんだ。薬舗と薬草園も売りのひとつにすれば、ちょっとは他所の施設と差別化ができて、両得でしょ?」
「だが、ひとまず小規模の施設から先行して始めるとしても、本格的に開業するには時間がかかる。オッサンの二つ目の条件の『一年以内に』五千万キューズという条件には、到底まにあわないんじゃないか?」
そこなのだ。栴木様は、実にキビしく期限を切ってきてるのだ。
「うん。でも、もともと薬舗関係は、黒字になりさえすれば良いと思ってたから。薬草園もね。ウハウハ稼ぐ方法は、まだ別に考えてるし」
「そうなのか? いつのまに」
切れ長の目を丸くして驚く顔もイケメン。
いや、いちいち見惚れてる場合じゃない。一年以内という条件は本当にキビしい。
けど、焦ればどうにかなるというものでもないしね。
「アーネスト様っ! いっぱい採らせてもらいました!」
キノコ入れ用に使わせてくれた青月のマフラーに、山盛りのマルム茸をのせて白銅くんが駆けてきた。
「わあ、ご苦労様。こうして見ると、すごい量だねえ」
「でもまだまだあるんです。それに僕、目が変になっちゃったかも……」
「え。ゴミでも入った? 見せてごらん」
「いえ、違うんです。その……マルム茸を採ったはずのところに、また生えてたのです。何度も何度も」
「ありゃ~……それはもしかすると」
「もしかすると?」
「本当に妖精が来てたかもしれないよ」
「えええっ!?」
驚いた白銅くんの手元から、キノコがぽろぽろ落ちた。
白銅くんは慌てて拾い直しながら、一緒に拾う僕にそわそわと尋ねてきた。
「妖精って、アーネスト様のご先祖様ですか?」
「先祖って妖精王なんだろう? 妖精の王が、わざわざ白銅にイタズラ仕掛けに来るものなのか?」
青月まで興味深げに訊いてきて、ついでにマフラーでマルム茸を器用にくるんで持ってくれた。
それを機に、邸へ戻る道を歩き出す。
「ウォルドグレイブ家には、妖精に関する先祖の記述を集めた『妖精の書』が残されていてね。それによると妖精は、とってもイタズラ好きらしいから。白銅くんもからかわれたかもね……?」
「ええっ! ま、まだいるかな?」
キョロキョロ探してる。ほんとに可愛い。
ほっこりしながら見ているうちに、ふと昔のことを思い出した。
例によって倒れて寝込んでいた、子供の頃。
深夜に目がさめて眠れなくなった僕の枕元で、ジェームズが件の『妖精の書』を読み聞かせてくれた。
その内容は、いま白銅くんに話したような、明るくて愉快で、ちょっぴり怖くて。全体的に、どきどきワクワクする話ばかりだった。いかにも子供向けの。
ただしジェームズは、『妖精の書』の後半の頁は絶対にひらかなかった。
そこに何が書いてあるのか。
僕はいつも興味津々だったけれど……
『ここから先は、アーネスト殿下のお祖父様とのお約束で、今はまだひらけないのですよ。
殿下が成人されて、ある条件がそろったときのみ、まことに僭越ながら、わたくしの判断で殿下にお見せするよう、お役目を賜ったのです』
そう説明されても、子供の頃はしつこく「いま知りたい」とねだって困らせた。
でも、いつもは僕に甘いジェームズなのに、そのときばかりは決して教えてくれなくて、そうこうするうち、すっかり忘れていたのだ。
もしかすると……
あのボロボロの手紙には、あのとき教えてもらえなかった『妖精の書』の内容が、書かれていたのかな?
マルム茸について書かれた手紙をもらったタイミングで見つけた、マルム茸の妖精の輪……。
「どうした? アーネスト」
考えに耽っていたら、青月が心配そうにこちらを見ていた。
「ぐあい悪いんじゃないのか」
「ううん、ごめん。ちょっと考えごとをしてたんだ」
笑顔で答えながらも、考え出すと気になって仕方ない。
実の家族のようなジェームズに、祖父が「判断」を委ねたのはわかる。が、「ある条件がそろったときのみ」とは、どういうことだろう。
もしあの手紙の内容が本当に、あのとき聞けなかった『妖精の書』だったなら――
ジェームズが、その条件はそろったと判断したということだ。
……条件……何だろう?
188
お気に入りに追加
6,127
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。