召し使い様の分際で

月齢

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第7章 薬草研究の賜物

妖精の書

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「これは温泉施設を開業できればの話だけど」

 僕は小枝を拾って、地面に簡単な図面を描いた。

「あの温泉に入れる療養施設を造れたら、職員や家族の宿泊施設も必要になるでしょ? そしたらそっちの施設にも従業員さんが要るし、さらに薬舗も併設すれば、施設利用者以外のお客さんも来るよね。
 人が集まれば食料品店も生活雑貨屋さんも各種職人さんも必要だし、飲食店やお土産屋さんも増える。将来的に良質な一般向けの保養施設を併設できれば、さらに収益が見込めるよ」

「そう上手くいくかな?」
「いかせる!」

 僕はフンスと偉そうに胸を張った。

「お城の薬舗で、僕の薬は多くの方のお役に立てるという手応えがあったんだ。噂を聞いて、わざわざ隣の州から来てくださったお客様もいたんだよ」

「ああ、聞いてる。たいしたもんだ」

「えへっ。それで、ちょうど支店を出せたらいいなと考えてたんだ。そしたらもっと多くの方に使っていただけるから。でも原料の確保とか品質管理とか資金とか、いろいろ考えると無理だろうなあ……と思ってたんだけど」

「なんだ。言ってくれればキス払いで出資するのに」
「むがっ」

 思わず変な声が出た。
 とっさに白銅くんを見たが、少し離れたところでマルム茸狩りをしている。よかった。

「そんなことしてたら、栴木公爵に認めてもらえないじゃないか! ……でも、出店の際の価格交渉には応じてほしいけど……」

「応じるとも」

「お願いします。で、傷病兵の方の社会復帰のひとつとして、薬舗や薬草園の従業員になってもらうのはどうかな? 症状や回復の度合いに合わせた仕事を回すようにして。ここなら療養施設に通いながら働くこともできるしね。お給金を貯めて、また違う仕事を探しても良いし」

「……良いな、それ。ほんとにいいのか?」

「もちろん! こちらも人手を確保できて助かるんだ。薬舗と薬草園も売りのひとつにすれば、ちょっとは他所の施設と差別化ができて、両得でしょ?」

「だが、ひとまず小規模の施設から先行して始めるとしても、本格的に開業するには時間がかかる。オッサンの二つ目の条件の『一年以内に』五千万キューズという条件には、到底まにあわないんじゃないか?」

 そこなのだ。栴木様は、実にキビしく期限を切ってきてるのだ。

「うん。でも、もともと薬舗関係は、黒字になりさえすれば良いと思ってたから。薬草園もね。ウハウハ稼ぐ方法は、まだ別に考えてるし」
「そうなのか? いつのまに」

 切れ長の目を丸くして驚く顔もイケメン。
 いや、いちいち見惚れてる場合じゃない。一年以内という条件は本当にキビしい。
 けど、焦ればどうにかなるというものでもないしね。 

「アーネスト様っ! いっぱい採らせてもらいました!」

 キノコ入れ用に使わせてくれた青月のマフラーに、山盛りのマルム茸をのせて白銅くんが駆けてきた。

「わあ、ご苦労様。こうして見ると、すごい量だねえ」
「でもまだまだあるんです。それに僕、目が変になっちゃったかも……」
「え。ゴミでも入った? 見せてごらん」
「いえ、違うんです。その……マルム茸を採ったはずのところに、また生えてたのです。何度も何度も」
「ありゃ~……それはもしかすると」
「もしかすると?」
「本当に妖精が来てたかもしれないよ」
「えええっ!?」

 驚いた白銅くんの手元から、キノコがぽろぽろ落ちた。
 白銅くんは慌てて拾い直しながら、一緒に拾う僕にそわそわと尋ねてきた。

「妖精って、アーネスト様のご先祖様ですか?」
「先祖って妖精王なんだろう? 妖精の王が、わざわざ白銅にイタズラ仕掛けに来るものなのか?」

 青月まで興味深げに訊いてきて、ついでにマフラーでマルム茸を器用にくるんで持ってくれた。
 それを機に、邸へ戻る道を歩き出す。

「ウォルドグレイブ家には、妖精に関する先祖の記述を集めた『妖精の書』が残されていてね。それによると妖精は、とってもイタズラ好きらしいから。白銅くんもからかわれたかもね……?」
「ええっ! ま、まだいるかな?」

 キョロキョロ探してる。ほんとに可愛い。
 ほっこりしながら見ているうちに、ふと昔のことを思い出した。

 例によって倒れて寝込んでいた、子供の頃。
 深夜に目がさめて眠れなくなった僕の枕元で、ジェームズが件の『妖精の書』を読み聞かせてくれた。
 その内容は、いま白銅くんに話したような、明るくて愉快で、ちょっぴり怖くて。全体的に、どきどきワクワクする話ばかりだった。いかにも子供向けの。

 ただしジェームズは、『妖精の書』の後半の頁は絶対にひらかなかった。
 そこに何が書いてあるのか。
 僕はいつも興味津々だったけれど……

『ここから先は、アーネスト殿下のお祖父様とのお約束で、今はまだひらけないのですよ。
 殿下が成人されて、ある条件がそろったときのみ、まことに僭越ながら、わたくしの判断で殿下にお見せするよう、お役目を賜ったのです』

 そう説明されても、子供の頃はしつこく「いま知りたい」とねだって困らせた。
 でも、いつもは僕に甘いジェームズなのに、そのときばかりは決して教えてくれなくて、そうこうするうち、すっかり忘れていたのだ。 

 もしかすると……
 あのボロボロの手紙には、あのとき教えてもらえなかった『妖精の書』の内容が、書かれていたのかな?
 マルム茸について書かれた手紙をもらったタイミングで見つけた、マルム茸の妖精の輪……。

「どうした? アーネスト」

 考えに耽っていたら、青月が心配そうにこちらを見ていた。
 
「ぐあい悪いんじゃないのか」
「ううん、ごめん。ちょっと考えごとをしてたんだ」

 笑顔で答えながらも、考え出すと気になって仕方ない。
 実の家族のようなジェームズに、祖父が「判断」を委ねたのはわかる。が、「ある条件がそろったときのみ」とは、どういうことだろう。

 もしあの手紙の内容が本当に、あのとき聞けなかった『妖精の書』だったなら――
 ジェームズが、その条件はそろったと判断したということだ。

 ……条件……何だろう?
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