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2.マリウス・ド・ファンドミオン

内向的なマリウス

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「はあ……」 

 マリウスは鬱々とため息をこぼした。
 空は快晴、鮮やかな青。
 風がさやさやと梢を揺らし、咲き誇る薔薇と草木の香りが芳しい。
 どこまでも広く美しい王城の庭園。
 しかしマリウスの気は晴れない。  

「馬鹿だな……お城に来たからって、会えるわけじゃないのに」

 呟くと、葡萄の蔓みたいな巻き毛が頬をくすぐった。

「そろそろ茶会に顔を出さないと……」

 マリウスは本日、ファンドミオン子爵夫人である母のお供で登城した。と言うより、連行されてきた。
 遅くにできたひとり息子が可愛くてならない両親は、親馬鹿が過ぎる面があり、特に母親は「うちの息子自慢」をしたくてならないらしい。

『ああ、マリウス。本当になんて美しい子かしら。夢見るような若葉色の瞳も、艶やかな黒い巻き毛も、何もかもが可愛いわ。
 でもねマリウス。あなたは恥ずかし屋さん過ぎるの。そんなところも母様は大好きだけれど、社交界ではもっと堂々としていなければ、誰もあなたの良さに気づいてくれないのよ』

 そんなわけで、今日は王太子妃主催のお茶会に出席するよう、早々に約束させられていた。
 お茶の席で上流のご婦人たちに息子を紹介することで、良い縁談に繋がればという思惑が子爵夫人にはあり、マリウスもよくよく言い含められていた。

『あなたももう二十一歳。とうにお相手が決まっていてもいい年頃なのに、お父様や母様が薦めたご令嬢では気に入らないようだし……
 でもあなたの美しさはすでに評判になっているのだから、性格も愛らしいと知ってもらえれば、どなたかがきっと素晴らしい方を紹介してくれるはずよ!』

 息子が自分で恋人を捕まえてこないなら、見合いしかない。
 両親がそう考えるのも無理はない。
 マリウスとて、跡継ぎとして果たすべき役割も、若くはない両親が焦る気持ちも理解できる。二人に孫を見せて喜ばせてあげたいとも思うのだ。

 でも、茶会に行くのは気が重い。
 取り澄ましたご婦人たちに心にもないお世辞を言ったり、気の利いた会話ができず意味深に含み笑いされたりすることを考えると、刑場に引き出される囚人の気分になる。

(茶会であの方に会えるものなら、喜んで参加するけれど)

 マリウスは何十回目かのため息をつき、鮮烈な赤い薔薇を見つめながら、舞踏会の夜、百花より華やかだった人を想う。
 
(リーリウス王子殿下……)

 その名を想ってこぼしたため息は、しっとりと甘やかに変わった。

 国中が信奉者と言っても過言ではないほど人気者の王子は、太陽のごとく圧倒的な美貌ゆえ、「イルギアスの至宝」「存在自体が美の神」「見るだけで妊娠する」などと評され、姿を現した先々で大騒ぎになる。

 マリウスも以前、父のおかげでリーリウス王子に目通りする機会に恵まれたのだが、初めて間近で見る王子は本当に背が高くて、遠目にはすらりとして見えた胸板は厚く、肩幅も広く、鼻筋の通った顔は神々しいほど端整で、頭の中が

(尊い……!!!)

 そのひと言で埋め尽くされてしまった。
 彼を目にした女性たちが奇声を発して興奮する気持ちも、ものすごくよくわかった。むしろ自分も一緒に騒ぎたい。
 動揺のあまり、せっかく王子がにこやかに対応してくれたのに、ぼそぼそと挨拶するのがやっとだった。きっと良い印象は与えられなかっただろう。

 だから、仮装舞踏会には絶対、参加しようと決めていた。
 父に「王室の方々とお近づきになれる貴重な機会なのだから、きちんと準備しておくように」と説得されるまでもなく、行く気満々だったのだ。
 ――それも、妖艶な女性に扮して。

 いつも公の場に出たがらない息子が素直に参加を承諾し、デザイナーにドレスを提案するほど積極的だったので、当初、両親は驚き戸惑っていたが。

「女装したほうが、気軽に女性に話しかけられそうだから……」

 息子のそんな言い分に、「ようやく嫁さがしに本腰を入れる気になったか!」と大喜びしていた。

 ……実は、色白で男としては骨格の細い自分を見栄えよく目立たせるには、女装のほうが良いだろうと計算したからなのだが。

 リーリウス王子の周りは、並外れて綺麗な人や格好いい人ばかりだから。
 本人含めて美しい人を見慣れているであろう王子に、少しでもアピールしたくて。
 女性になりきれば、少しは近寄りやすいかもしれないと。
 上手くいけば、親しく話せる機会にも恵まれるかもしれないと。
 そんな野望を胸に、仮装舞踏会に臨んだのだった。

(父上と母上の期待に沿えなくて、ごめんなさい……)

 その点は胸が痛む。
 両親が息子を内向的と思い込んでいる最大の要因は、彼が積極的に女性と向き合わないことにある。
 結局、舞踏会でも両親の望む成果は得られなかったし。
 それどころか、言い寄ってくる女性たちから逃げ隠れして、挙動不審な人になってしまった。

 目の前の『踊る精霊たち』と題された石像を見上げながら、優雅に踊っていたリーリウス王子を思い出しては、またため息をついた。

(こうしていても仕方ない。いいかげん茶会に行かなきゃ)

 そう自分に言い聞かせていた、そのとき。
 ふと視線を感じ、振り返ると。

 生け垣の向こうに、まさに今、想い描いていた人がいた。
 記憶にあるのとすっかり同じ、蜂蜜みたいに輝く金髪に、青い瞳。
 ぞくりとするほど端正な王子殿下が、目の前に。

(……幻?)
 
 しばし呆然としてしまったけれど。
 目が合うと、相手がどんどん近寄って来て、その迫力の存在感で我に返った。

「本物?」

 思わず呟く。
 その声が届いたか、王子は鮮やかに微笑んだ。

「やあ、マリウス」

 彼に名前を呼ばれた瞬間、胸に矢でも刺さったように動揺し、マリウスは両手で胸を押さえた。
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