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1.リーリウス王子、恋に落ちる
王子、親友たちに恋バナをする
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「私はね、運命の恋を知ったのだよ」
「……はあ?」
甘い吐息のような声に、二人分の困惑の声が重なった。
ここは花咲き乱れるイルギアス王国王都、シュッツガルト。温暖湿潤な冬季と、カラリとした高温の夏季が特徴的な、海運国家。
空と海とは眩しいほど澄んだ青で、建物は暑さと除菌対策を兼ねた白石灰の家が多く、その美しいコントラストは、芸術家や観光客を魅了してやまない。
中でも王都の象徴となっているのが、小高い丘の上から海を見下ろす白亜の王城、ロンツィエーリ宮。
その王城の、王族の住まう正殿の一室で、たったいま切なげに「運命の恋を知った」と吐露したのは、この国の第二王子である。
その名をリーリウス・キールフェン・ルドル・ド・ゼメギウス。
輝く蜂蜜みたいな金髪に、大聖堂の彫像を思わせる端整な顔立ち、力強く鍛えられた長身という恵まれた容姿のリーリウスは、明るく気さくで誰にでも分け隔てなく接する人柄と相まって、イルギアスの民の心を鷲掴みにしていた。
が、そんな彼が今日は朝から憂い顔で、幾度もため息をついている。
窓辺の椅子に腰かけ、長い脚を組んだ膝の上には、同じページをひらいたままの本。
そうしてちらちらと、小ぶりな円卓を囲んで同座する男二人に、何度も視線を送っていた。
「……何かお悩みですか」
いかにも訊いてほしそうなリーリウスの視線を受けて、友人のひとりレダリオが、嫌そうに尋ねる。
もうひとりの友人シュナイゼも、苦笑を浮かべて王子を見た。
レダリオ・ミュゲ・ド・アレクシスと、シュナイゼ・コラル・ド・ルーシウス。
それぞれ名門伯爵家と侯爵家の後継者である彼らは、リーリウスと同い年の二十四歳。
二人は王子の幼馴染みで、親友でもある。長い付き合いゆえ、リーリウスが「かまってくれ」という態度のときはろくな話にならないと、経験上わかっていた。
そのためレダリオの声には警戒心も露わだったが、果たして王子の口から出た言葉は――
「私はね、運命の恋を知ったのだよ」
「……はあ?」
そうして冒頭に戻る。
レダリオは頭痛をこらえるように眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、シュナイゼはポカンと口をあけたまま、しばし沈黙がおりた。
幼い頃に「王子の学友として、家柄も資質も容姿も相応しい者を」という厳しい条件のもと選ばれた二人は、勉学も剣術も共に学び、共に遊び、共に教師に説教されながら成長した。もはや家族より気心の知れた仲だ。
現在はシュナイゼが王子の親衛隊隊長、レダリオが副隊長を務め、警護を担当しつつ政務にも励んでいる。
それほど長い時間を共に過ごしてきたのだから。
この三人の中で、教師たちから叱られる原因をつくるのはダントツでリーリウスであったことを、親友二人は知っている。
リーリウスは華やかな見た目そのままに大らかで奔放で、悪気はまったくない。
ないのだが、笑顔で突拍子もないことを始める。
その傾向は子供のときから今に至るまで変わっていないことを、二人は重々承知していた。
ゆえに、
「そうですか、それはよかったですね」
容赦なく聞き流して席を立とうとしたレダリオだったが、素早く王子に手首を掴まれ、引き戻された。
いつのまにか憂いを一掃したリーリウスは、「老若男女を虜にする」と言われる笑顔を取り戻している。その輝くような笑みに、レダリオは、嫌な予感が的中することを確信した。
「殿下、それはどういうことですか」
よせばいいのに、問い返したのはシュナイゼだ。
リーリウスほどではないにせよ「楽しいこと大好き」の彼は、教師に叱られる原因をつくる者第二位だった。
つまり大抵の場合レダリオは、王子とシュナイゼがやらかすことに巻き込まれ、連帯責任で説教を食らっていただけだ。
その最も真っ当な友が顔をしかめる前で、リーリウスは満足そうにうなずく。
「聴いてくれるか、我が親愛なる友たちよ」
「はい、ぜひ」
シュナイゼが大げさに首肯した。
「話せば長くなるのだが……」
「長くなるなら、また後日に」
逃げ出そうとしたレダリオは、今度は二人分の手にガシッと捉えられ。
笑顔と仏頂面。
対照的な表情の親友を交互に見つめながら、リーリウスは、件の運命の恋について語り始めた。
「一昨日の舞踏会でのことだ。そなた達も出席していただろう?」
「当然です。我らは殿下の親衛隊員なのですから」
「私はあの場で、ある美しい貴婦人に目を奪われた。それが甘美な一夜の始まりだったのだ……」
「……はあ?」
甘い吐息のような声に、二人分の困惑の声が重なった。
ここは花咲き乱れるイルギアス王国王都、シュッツガルト。温暖湿潤な冬季と、カラリとした高温の夏季が特徴的な、海運国家。
空と海とは眩しいほど澄んだ青で、建物は暑さと除菌対策を兼ねた白石灰の家が多く、その美しいコントラストは、芸術家や観光客を魅了してやまない。
中でも王都の象徴となっているのが、小高い丘の上から海を見下ろす白亜の王城、ロンツィエーリ宮。
その王城の、王族の住まう正殿の一室で、たったいま切なげに「運命の恋を知った」と吐露したのは、この国の第二王子である。
その名をリーリウス・キールフェン・ルドル・ド・ゼメギウス。
輝く蜂蜜みたいな金髪に、大聖堂の彫像を思わせる端整な顔立ち、力強く鍛えられた長身という恵まれた容姿のリーリウスは、明るく気さくで誰にでも分け隔てなく接する人柄と相まって、イルギアスの民の心を鷲掴みにしていた。
が、そんな彼が今日は朝から憂い顔で、幾度もため息をついている。
窓辺の椅子に腰かけ、長い脚を組んだ膝の上には、同じページをひらいたままの本。
そうしてちらちらと、小ぶりな円卓を囲んで同座する男二人に、何度も視線を送っていた。
「……何かお悩みですか」
いかにも訊いてほしそうなリーリウスの視線を受けて、友人のひとりレダリオが、嫌そうに尋ねる。
もうひとりの友人シュナイゼも、苦笑を浮かべて王子を見た。
レダリオ・ミュゲ・ド・アレクシスと、シュナイゼ・コラル・ド・ルーシウス。
それぞれ名門伯爵家と侯爵家の後継者である彼らは、リーリウスと同い年の二十四歳。
二人は王子の幼馴染みで、親友でもある。長い付き合いゆえ、リーリウスが「かまってくれ」という態度のときはろくな話にならないと、経験上わかっていた。
そのためレダリオの声には警戒心も露わだったが、果たして王子の口から出た言葉は――
「私はね、運命の恋を知ったのだよ」
「……はあ?」
そうして冒頭に戻る。
レダリオは頭痛をこらえるように眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、シュナイゼはポカンと口をあけたまま、しばし沈黙がおりた。
幼い頃に「王子の学友として、家柄も資質も容姿も相応しい者を」という厳しい条件のもと選ばれた二人は、勉学も剣術も共に学び、共に遊び、共に教師に説教されながら成長した。もはや家族より気心の知れた仲だ。
現在はシュナイゼが王子の親衛隊隊長、レダリオが副隊長を務め、警護を担当しつつ政務にも励んでいる。
それほど長い時間を共に過ごしてきたのだから。
この三人の中で、教師たちから叱られる原因をつくるのはダントツでリーリウスであったことを、親友二人は知っている。
リーリウスは華やかな見た目そのままに大らかで奔放で、悪気はまったくない。
ないのだが、笑顔で突拍子もないことを始める。
その傾向は子供のときから今に至るまで変わっていないことを、二人は重々承知していた。
ゆえに、
「そうですか、それはよかったですね」
容赦なく聞き流して席を立とうとしたレダリオだったが、素早く王子に手首を掴まれ、引き戻された。
いつのまにか憂いを一掃したリーリウスは、「老若男女を虜にする」と言われる笑顔を取り戻している。その輝くような笑みに、レダリオは、嫌な予感が的中することを確信した。
「殿下、それはどういうことですか」
よせばいいのに、問い返したのはシュナイゼだ。
リーリウスほどではないにせよ「楽しいこと大好き」の彼は、教師に叱られる原因をつくる者第二位だった。
つまり大抵の場合レダリオは、王子とシュナイゼがやらかすことに巻き込まれ、連帯責任で説教を食らっていただけだ。
その最も真っ当な友が顔をしかめる前で、リーリウスは満足そうにうなずく。
「聴いてくれるか、我が親愛なる友たちよ」
「はい、ぜひ」
シュナイゼが大げさに首肯した。
「話せば長くなるのだが……」
「長くなるなら、また後日に」
逃げ出そうとしたレダリオは、今度は二人分の手にガシッと捉えられ。
笑顔と仏頂面。
対照的な表情の親友を交互に見つめながら、リーリウスは、件の運命の恋について語り始めた。
「一昨日の舞踏会でのことだ。そなた達も出席していただろう?」
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