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第10章 ヨメです

ヨメですから!

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 ユーシアとレオンハルトの挙式から、一年が過ぎた。

 近頃、領民たちのあいだでは、目つきの凶悪さで子供をギャン泣きさせていた『氷血の辺境伯』の顔つきが、かなり穏やかになったと評判だ。以前はほぼ全員を泣かせていたのが、最近は五割程度になった。

 もちろん、領民たちは知っている。
 気さくで誠実で頼りがいのある自慢の領主に、柔和な表情を加えてくれたのは、彼が溺愛する妻ユーシアであることを。
 夫妻が共に行動するとき、レオンハルトはいつだって、とろけそうなほど甘く妻に微笑みかけている。それにときには、大笑いしていることもある。ユーシアが現れるまでは、見られなかった光景だ。

 白い花のように美しいユーシアもまた、バイルシュミットの者たちの新たな自慢である。
 レオンハルトの腕の中でたいせつに守られる姿は、それはそれは可憐で美しく、希少な宝玉のごとく煌めいて見えるけれど……
 直接話す機会に恵まれた者が増えるほどに、実はとても賢く博識で、無垢で素直で優しくて、そしてかなりの天然さんであることも、広く知られるようになってきた。

 ――そして。
 紆余曲折の末、『ユーシア様=ユーチア様』という認識が城の内外で広まったのが、一番の変化かもしれない。
 まだまだ「そんな馬鹿な」と信じない者も多いけれども、クレールが「そういう魔法もあるのです」とせっせと布教してくれたこともあって、「確かにそっくり」「レオンハルト様は、そんな嘘や冗談を仰る方ではないし」と、かなり受け入れられてきた。

 ユーシアのダンゴムシ魔法こと変身魔法は、絵本を取り戻したおかげで、自分の意思で変身できるようになった。しかしだからといって、無制限に伸びたり縮んだりしているわけではない。
 まだまだ謎が多い魔法だけに、頻繁に姿を変えることで躰にどれほどの負担がかかるのか、それともまったくかからないのか、それもわかっていない。
 ゆえにレオンハルトから、「よほどの理由がない限り、魔法は使わないほうがいい」と止められている。

 ただ問題は、未だ意図せずユーチアに戻ってしまうこと。
 そんなときは、今なら容易に元の姿に戻ることもできる。が、またすぐユーチアに戻ってしまったりもする。
 そうなるとユーシアに戻るためには連続して変身魔法を行使することになるので、妻の躰を心配するレオンハルトから、ここでも、「そういうときは無理してユーシアに戻らなくていいから、体力を回復することに専念したほうがいい」と助言されていた。

 そんなわけで、氷血の辺境伯の美しい妻は、花のような佳人と、愛らしい幼児の二通りの姿があるという、とても風変わりな状況なのだけれど。それもまた笑顔で認識されつつある今日この頃なのだ。

 そしてその、風変わりな奥方のおかげで、バイルシュミットに『名物』が増えた。
 ひとつは『ユーチア饅頭』から派生した『ユーチア菓子』。
 ユーチアの顔を模した饅頭に続き、ユーチアケーキ、ユーチアクッキー、ユーチアキャンディ、ユーチアパンまで出てきた。
 地元民ばかりか観光客にまで大人気なものだから、最近では食品のみならず絵葉書や指人形なども出てきて、商店主たちから「ユーチア様様」と崇められている。

 ちなみにユーシアとしては、ユーチアの指人形と共にレオンハルトのてるてる人形も売り出して、一緒に並べてほしいと希望したのだが、即却下されてしまった。
 だがフランツら騎士の一部が、ユーチアの真似をして生首人形を『魔除け』認定し、任務のたびに持参したところ、「危ういところで危険を回避できた事例」が続出したという。
 それゆえ騎士たちのあいだでは、『とにかく効く魔除け』として定着しつつあるから、そのうち一般の民たちのあいだにも普及していくかもしれない。
 ただしレオンハルトは「普通のてるてる人形だ」と主張している。

 さらにピュルピュル・ラヴュがユーチアとユーシアのために作ったウサ耳付きの服や帽子も、真似る者が続出。
 真似てみた結果、「あれはユーチア様とユーシア様だから、あんなに可愛いんだ」「あたしが着たら謎の怪獣が出来上がった」と自嘲する声もあったものの、この流行は王都にも飛び火し、ピュルピュル・ラヴュの名声はますます高まった。

 さらに、もうひとつ。
 三輪車も、予約が数年先まで埋まる大人気商品となっている。
 もちろん、レオンハルトがユーチアに贈った三輪車『レモンタルト号』を乗り回すユーチアのおかげで人気に火がつき、商品化に至ったのである。
 これには全国から問い合わせが殺到しているが、レオンハルトは領民向けに無料で『三輪車づくり講座』を開設させており、『三輪車職人』として新たな雇用を生み出しつつ、量産態勢に入っている。


✦ ✦ ✦


「イグナーツ! レオンハルト様はどこだ?」

 任務先から報告に戻ったバルナバスとフランツに呼び止められたイグナーツが、「おや、お帰りなさい」とにっこり笑った。

「レオンハルト様は、ちょうど先ほど休憩時間に入って、庭で奥様と過ごしていらっしゃいますよ」
「そうか。じゃあ、お二人さんのところに邪魔してくるわ」
「それはいけません」

 背中を向けたバルナバスをイグナーツが止めた。
 フランツが「どうして?」と尋ねると、紳士な家令は意味ありげに目を細めた。

「ご夫婦で密着して、とても仲よくされている最中だからです」
「マジか!」
「それじゃあお邪魔はできないねぇ」

 納得顔でうなずいた騎士二人は、「「じゃあな!」」とイグナーツに手を振るや、 庭の方向へ駆け出した。
 イグナーツはそんな二人を、「おやおや。お若いですねぇ」と微笑んだまま見送った。

 一方、騎士団長と副団長は、その鍛え上げられた脚力を活かして、凄い速さで庭へと至った。

「覗き見とは、本当に趣味が悪いですね。団長」
「その台詞、まるっとお前に返すぜ」

 ニヒヒと笑い合い、庭木や低木に身を隠しながら夫妻を探すうち、レオンハルトの声が聞こえてきた。


✦ ✦ ✦


 何かの音を聞いた気がして、ユーチアは「はっ!」と目ざめた。

「ちっぱい。寝ちゃっていまちた」
「まだ寝ていていいぞ?」

 レオンハルトは微笑んでくれたが、危うく彼の胸元にヨダレを垂らすところだった。
 大木の木陰に敷物を敷いて、ピクニック気分でレオンハルトと軽食をとったのだけれど、その後、横たわるレオンハルトの上にピタッとうつ伏せで重なっているうちに、気持ちよくて眠ってしまったのだ。
 レオンハルトのたいせつな休憩時間だというのに、寝台代わりに使うとは……。

「僕、鬼ヨメでちゅ」
「鬼?」
「あ。ちょういえば僕、何かの音を聞いた気がちて、起きたのでちゅけど」
「それはたぶん、あそこの二人が膝から崩れ落ちたときの音だろう」

 レオンハルトが示す先に視線を向けると、庭木の向こうで芝生に四つん這いになったバルナバスとフランツが、「イグナーツめ!」などと声を上げている。
 ユーチアは身を起こし、レオンハルトの腹にまたがったまま小首をかしげた。

「お二人は、何をちているのでちょうか?」
「柔軟かな。――さて、仕事に戻るか」
「おちゅかれちゃまでちゅ。あとで、ちゃち入れちまちゅ!」
「差し入れ? 嬉しいな。何をくれるんだ?」
「ベティーナちゃんから勉強中の、おいちいプリンでちゅよ」
「プリンか。実は好物だ」

 レオンハルトが微笑んで「嬉しいな。ありがとう」とユーチアのおでこにキスをすると、ユーチアは赤くなりながら「えへへー」とおでこに手をあてる。

「好物だって知ってたのか?」
「ベティーナちゃんから、聞き取りバッチリ!」

 言いながらレオンハルトの上をずり上がって移動して。
 自分からもレオンハルトの頬にチュッとキスをすると、満面の笑みで胸を張った。

「僕は、レオちゃまのヨメでちゅから!」


          end.




 *…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*



ひとまず、本編はこれにて完結となります。
ここまでお付き合いくださった皆様に、心から感謝申し上げます……!

連載中は心折れそうになることが多々ありましたが、読んでくださる方がいること、ご感想やエールや♡などで反応していただけることが、常に心の支えでした(今もそうです!)
特にご感想には、途中からお返事を書く時間が取れなくなったにも関わらず、嬉しい優しいメッセージをたくさんいただいて、どれほど励みになったかわかりません。

まだ書き足りないことや、書きたいエピソードがたくさんあります。
ユーチアにもっと冒険をさせたいし、ユーシアとレオンハルトの赤ちゃんも誕生させてあげたいです。
また機会がありましたら載せていきたいと考えておりますので、とりあえず完結設定にはせず置いておきます。
新しいエピソード掲載の折には、またお越しいただけましたら、とても嬉しいです。

ユーチアとユーシアとレオンハルトを、優しく見守ってくださった皆様に、幸せ魔法がかかりますように。
本当に本当に、ありがとうございました!
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みんなの感想(591件)

さくらこ
2024.09.06 さくらこ

完結おめでとう御座います🍾 とは言え続き気になるので、是非また書いて下さいね..🌻

名前が若干違う子供になり、可愛いがられる様や虐げられたにも関わらず本質の良さが出て、
愛し愛される再構築がとっても楽しく面白い物語でした。有難う御座います♪

月齢
2024.09.06 月齢

さくらこさま

わあ、ここまで読んでくださった上に嬉しいご感想まで、こちらこそ、本当にありがとうございますー!!💕

よい子の頑張りが報われて、みんなにどんどん愛されて幸せになるお話が書きたい! と思って始めた物語なので、そう仰っていただけると、とっても嬉しいです……!
現在、続編と格闘中で苦戦しているのですが👶💦遅くとも年内には掲載したい!と思っておりますので、そのときにはゼヒゼヒ、またお越しくださいませー💗

解除
梅之助
2024.06.24 梅之助

癒しでした。
ありがとうございました。

月齢
2024.07.17 月齢

梅之助さま

うぅ、癒しと言っていただけて、作者のほうこそ癒されまくりです。
お礼を言うのはこちらのほうですよう……
本当にありがとうございますー!!😭💕
新エピソード掲載の折には、またぜひお越しいただけたら嬉しいです💖

解除
mm
2024.06.23 mm

とても面白かったです!
ユーチアとレオンハルト、ユーシアとレオンハルト、どちらの会話もとても面白くていつも笑えました(*^^*)
早くお2人の子どものお話読みたいです!よろしくお願いしますm(*_ _)m

月齢
2024.07.17 月齢

mmさま

おおぉ、ありがとうございます……!!💕
ちょっぴりでも笑っていただけたらいいなと思って始めた物語なので、mmさんの笑顔にちょこっとでも貢献できましたら、作者本当に幸せです!😍
二人のお子の話もあれこれ考えておりますので、無事誕生しましたら、ぜひ会いに来てやってくださいませ。
こちらこそ!どうぞよろしくお願いいたします💖

解除

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