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第10章 ヨメです

このあと、することは

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 その日泊まったのは、イシュトファン家の別邸だった。
 山林を借景にした庭が美しい屋敷だ。
 領地の見回りや任務の際に使われているのだと、レオンハルトが教えてくれた。

 普段は騎士団員たちにも開放されているとのことで、装飾の類いは抑えられ、広い厨房に訓練場も併設され、実用性を重視しているのが感じられる。
 だが黒クルミが多用された内装は重厚さと静謐さを感じさせ、ゴテゴテと飾り立てるより、よほど高級感があるとユーシアは思った。

 家具も廊下もどこを見ても隙なく磨かれて、清潔なところも気に入った。とても丁寧に手入れされているのが伝わり、アイレンベルク城と違ってどこも壊されていない。
 そう言って褒めると、レオンハルトは愉快そうに笑った。
 この屋敷の管理人は七十代の三人姉妹で、屋敷を守るという使命感に燃えており、少しでも雑に扱おうものなら箒を持って騎士たちを追い回すのだという。

「とても頼りになる有能な管理人さんなのですね」

 くすくす笑うと、レオンハルトは青い目を細めた。

「新婚の領主のために、邪魔をすまいと離れに引っ込んで気配を消してるところも、有能だろう?」
「え」

 ユーシアは言葉に詰まって、露台から周囲を見渡した。
 すでに日は落ちているが、月明かりに白く照らされた庭の中に、よく見ると石畳の小径がある。その先を目で辿れば、確かに離れとおぼしき小振りな建物があって、窓から明かりが洩れていた。

 ちなみにフランツたちも、敷地内にある別棟に引っ込んでいる。そちらは元は狩猟小屋だったものを改築した建物で、庭から見える森をしばらく進んだ先にあるのを先に見せてもらっていた。

 つまり……みんなそろって気を遣ってくれているということだ。
 このあとのことのために。
 皆に『これから致すのですね』と思われていると思うと、ユーシアは顔から火を噴きそうだった。

 でも……実際、その通りなのだ。
 道中、お薦めの料理屋に案内してもらって地元の味に舌鼓を打ち、屋敷に着いて湯浴みを済ませ、夫婦で夜の露台に並んで、静かにお喋りしている。
 と、なると、もう……このあとすることは、決まっている……。

(……どうすればいいのかな……このままボーッと待ってていいものなのかな。確か閨房指南書には、『淑女たるもの、歯と躰を磨いたのちは無闇に寝床から出ず、夫を直視することなく視線は伏せ、声も洩らさず、ただ「はい」とだけ答えなさい』とあったけど……でも四十八手の伯爵夫人は自分から相手を押し倒したり、「オォウ、オッオオゥ!」とか吠えたり、けっこう騒がしかった)

 ちょっとでも会話に間があくと、そんなことを考えてしまうユーシアである。
 正直、知識はもうどうでもいいのに。
 今ユーシアが求めているのは、(どうか変なことをやらかして、レオンハルト様に嫌われませんように!)という、それのみだ。
 ただでさえ、いきなり三歳児になるという特殊な妻なのだから……これ以上レオンハルトの気苦労を増やしたら、今度こそ愛想を尽かされるかもしれない。そうなったら新婚旅行が離婚旅行になりかねない。

(頑張れ。頑張れユーシア。何をどう頑張ればいいのかわからないけど、頑張れ)

 胸の内でこぶしを握って己を鼓舞していたら、「ユーシア」と呼ばれて跳び上がった。

「は、はひぃっ!」
「なんだその声は」

 くすくす笑うレオンハルトは、大人の余裕たっぷりだ。
 落ち着きのない自分が恥ずかしいけれど、それよりも彼に見惚れるほうが勝って、「イケメン……」と呟いた。
 その声が届いたか、レオンハルトが笑みを深める。

「そう、俺はイケメン」
「はい、この世で一番のイケメンです!」
「ユーシアはこの世で一番綺麗だけどな」
「それは違います」

 そこはきっぱり否定すると、苦笑が返ってきた。

「困ったお嫁ちゃんだ」
「う、あ」

 腰を抱かれて、引き寄せられる。
 躰が密着してドキッと心臓が跳ねたときには、唇が重なっていた。
 チュッ、チュッ、と小さな音をたて、少しずつ角度を変えて、優しく唇を食まれる。
 何度も唇を合わせるほどに陶然として、緊張が解けていき……自然と薄くひらいた歯列のはざま、柔らかな舌が侵入してきた。

「ん……」

 初めての感触に、ピクンと肩が揺れる。
 けれどレオンハルトの舌が、ユーシアの舌先にチョンと触れては離れることを繰り返すので、もどかしいような、笑みがこぼれてしまうような、不思議な感覚になった。
 思わずキスをしながら笑い声を洩らすと、レオンハルトはそこから、徐々に深く舌を絡めてきた。
 ユーシアもぎこちなく応えて、これまでチョンチョン突かれるばかりだった舌を、捕まえた。気を良くして、さらに大胆に追いかける。今度はレオンハルトが小さく笑った。
 すごく……距離が縮まった、感じ。

 うっとりと口づけを解いて見上げると、なぜかレオンハルトが一瞬目を瞠った。そうして、はあ、と艶っぽくため息をつく。

「まいったな……世界一綺麗な上に、色っぽすぎる」
「そんな、わけ……色っぽいのは、レオンハルト様です」
「まったく。俺の嫁ちゃんは、いつになったら自分の魅力を自覚するのだろう」

 言うなり、軽々と抱き上げられた。
 驚いて「わっ!」と声を上げる間にも、横抱きのまま露台から室内へと運ばれる。そうして、そっと、ベッドの上に下ろされた。
 場所がベッドに移っただけで、紛れていた緊張が戻ってくる。

(い、いよいよ)

 指南書には『夫を直視することなく視線は伏せて』とあったが、ユーシアは近づいてくるレオンハルトに魅入られたようになって、抱きしめられて再びキスされるまで、欲望を宿した青い瞳から目を離せなかった。

 口づけが深くなる。広い胸にすがる。
 歯列をなぞり、上あごを舐められて、甘ったるい吐息が洩れた。
 苦しいほどドキドキする。なのに……気持ち、いい。
 愛する人と、どんどん深く交わっていく。

 キスをしながら、ゆっくりと仰向けに寝かされた。
 密着した下半身でレオンハルトの昂りに気づく。
 ドキンと心臓が跳ねて、ユーシアのそこにもたちまち熱が集まってきた。

「可愛い。可愛いな、ユーシア」
「うあ……」

 まともに返事すらできない。
 ユーシアは自慰も殆どしなかった。閨房について書かれた本や、『ある伯爵夫人の四十八夜』のように刺激的に性を描いた本を読んでも、興奮するということはなかった。いつだって知識欲が勝っていたから。
 ただ、そうした本から得た知識と比較して、自分くらいの年齢の男子にしては、かなり性に関して淡泊らしいという自覚はあった。

 なのに今、情けないくらい、反応してしまっている。
 キスだけで。
 レオンハルトが自分を求めてくれていると、自覚しただけで。

 そんなユーシアの変化などお見通しというように、レオンハルトがさらに大胆に、欲望をユーシアのそれに押しつけてきた。

「あ、レオンハルト、様……っ」
「レオンハルトでいい。……レモンタルトでなければ」
「あ、あ……」

 ユーチアが彼をそう呼んだことを思い出し、笑おうとしたのに、洩れ出たのは熱っぽい吐息ばかり。慣れないユーシアの躰は簡単に追い立てられていく。
 
(どうしよう。どうしよう)

 煽るように押し当てられたレオンハルトの熱に、気づけば自分からも、腰をもぞもぞ動かしていた。どんどんそこが熱くなる。淡泊どころか、自分は性欲の塊なんじゃないかと泣きたくなる。
 助けを求めてレオンハルトを見つめると――
 彼はユーシアから視線を外さぬまま、勢いよく寝衣の襟衣シャツを脱ぎ捨てた。

 鎧のような筋肉に覆われた、傷痕すら美しい躰。
 目が離せずにいるユーシアを、レオンハルトもまた熱く見つめ返し、その大きな手がユーシアの寝衣の、合わせのリボンをするりと解いた。
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