上 下
85 / 96
第9章 新たな季節

王様の贈りもの

しおりを挟む

「復習しましょう。魔素具は使用者の魔素を安定させ、ときに増幅もしてくれる補助具ですが、魔素具だけでは魔法を使えません。使用者の呪文や気持ちが、具体的な方向性を決めて、初めて魔法になるのです」

 優しい教師のようなクレールに、大きな生徒のレオンハルトが答える。

「ユーチアの場合は、変わりたいと強く願うことが呪文代わりとなって、変身魔法が行使されるわけだな?」
「その通りです。そしてユーチア様は魔素具を手に入れました。理論上ではもう、火魔法や水魔法を使う皆様のように、普通に魔法が使えるはずです。ただ、変身魔法という超特殊な魔法なので、躰にかかる負担などから、あまり頻繁に行使できるものではないかもしれません」

 小さい生徒のユーチアが、「はい!」と手を上げた。
 クレールがクスッと笑って「手は上げずとも大丈夫ですよ」と言うと、レオンハルトもフッと笑う。
 ユーチアは頬をポッと熱くしながら、「はい……」と手を下げた。

「あの、ちょれでは、僕がダンゴムチ大になれないのは、躰に負担がかかっているから、なのでちょうか?」 
「そうかもしれませんが、これまでの例から考えると、ユーチア様は魔素具がないときでも、わりと短期間に変身回数を重ねていらっしゃいました。そこへさらに魔素具が追加されたのに、一度も変身できないというのは……」

 クレールが言葉を探すように言葉を途切れさせると、外から「よし連行!」などという声が聞こえてきた。いつのまにか小鳥たちの声も戻っている。
 小首をかしげるユーチアを見て、クレールがにっこり笑った。

「お話を伺っていて思ったのですが、ユーチア様はおそらく、迷っていらっしゃるのではないでしょうか」
「まよ、う……?」
「はい。ユーチア様は自分のためというより、レオンハルト様のために変わりたいと願うことが多いようで」

 確かに。
 ユーチアが変身するきっかけは、その大部分がレオンハルトだ。

「でも『レオンハルト様の役に立ちたい』という願いが先走ってしまうと、ユーチア様はそもそも、元のご自分に自信がない。ゆえに、元の姿に戻れば役に立てるという自信も、本当はないのでは? 幼児のままでは困るけれど、心のどこかで、幼児のままでいたほうが心身の負担が少ないと、感じているのかもしれません」
「う」

 ズバリ言われて、ユーチアは思わず胸を押さえた。
 幼児のままでいたいわけではないけれど、負担が少ないと言われてみると、まさにその通りだという気がする。

「僕……ユーチアになって、アイレンベルク城に行って、レオちゃまと出会えまちた。ユーチアになって、たくちゃんの人と仲よくなれまちた。ユーチアになってから、嬉ちいこと、ちあわちぇなことばかりでちた。だから……」

 ユーチアでいるときは、ユーシアでいるときより、ずっと前向きになれる。
 ユーチアでいるときは、ユーシアになればもっとレオンハルトの役に立てると期待する。けれど、実際にユーシアになっても、未だユーシアにはユーチアほどの、前向きさも自信もないことも知っている。

「ユーチア……」

 レオンハルトのあたたかな腕が、ユーチアの肩を抱き寄せた。

「どんな姿のきみでも、俺も皆も、きみを愛している。ユーチアでいるほうがラクだと思うなら、それでいい。無理せず、きみのペースでいいんだ。俺のためにと力むより、自分を大事にすることを優先してほしいぞ?」
「……レオちゃまぁ……」

 こんなに優しい人が夫になってくれたというのに、どうしていつまでたっても、こんなに憶病なのだろう。
 ユーチアは鼻をすすって、レオンハルトに尋ねた。

「どうちたら、レオちゃまみたいに、じちんにあふれた人に、なれまちゅか……?」
「ん? 俺の場合は修練と経験と成功体験と、あと性格」
「えーん! ちょれは僕には、むじゅかちちゅぎまちゅー!」 

 ハイレベル過ぎて参考にならない。
 思わずレオンハルトの太腿に突っ伏すと、「だったら」と声が降ってきて、「う?」と顔を上げた。にやりと笑う青い瞳と目が合う。

「自信は俺に任せなさい。ユーシアにどんだけ自信がなくても、きみのぶんまで俺にあるから大丈夫だ」

 ユーチアの小さな胸に、ドスッ! とでっかいハートの矢が刺さった。

「……きゃー……!」 
「イケメンだろう」
「イケメンにもほどがありまちゅー! レオちゃまったら! レオちゃまったらあぁぁ!」

 たまらずジタバタ悶えていると、クレールが「そうですね」と笑いを含んだ声で言った。

「魔法発動の条件は揃っているのですから、これからは焦らず、いろいろ試してみるのはいかがでしょう。あれこれ考えるより、案外、ちょっとしたことがきっかけになるかもしれませんよ?」


✦ ✦ ✦


 魔素研究所を辞したあと、噂のユーチア饅頭を買いに商店街に寄ると、考案者の店の主人が恐縮して、店頭に出ているぶんすべてを無料で持たせてくれた。レオンハルトに怒られると思ったようだ。
 だが、白いもちもちの生地で各種の餡をつつみ、菫の砂糖漬けとドライイチゴで顔を付けた饅頭を見たレオンハルトは、「もっと可愛くしろ」と注文しただけだった。
 持ち帰った饅頭を城で配ると大好評で、饅頭を賭けた腕相撲大会が始まっていた。
 ユーチアはイチゴクリームが入ったものを美味しくいただいたが、フランツたちから「ユーチア様がユーチア様を食べている!」と騒がれた。

 いろいろ楽しく過ごせたおかげで良い気分転換になり、夕食と湯浴みのあと、寝支度を手伝ってくれたゲルダが部屋を出ていくと、あとは気持ちよく眠るだけとなった。
 が、ベッドの中で今日あったことをいろいろ思い出し、レオンハルトの天井知らずの素晴らしさについて、ひとりでニコニコしながら考えていたとき、急にあることが頭に浮かんだ。

「ちょうだ……王ちゃまからいただいた、贈りもの」

 先の大捕物にユーチアが貢献したとして、ヨハネス王から褒美を賜った。
 帰城後にレオンハルトが運ばせてくれたものを見ると、とても綺麗な花模様の紙で包まれた、小さめのバスケットくらいの箱で、金色のリボンが巻かれていた。
 その包装だけで芸術品のように美しいものだから、ユーチアは開封するのがもったいなくて、しばらく飾っておくことにしたのだった。

 だが礼状も出さねばならないし、そろそろ中身を確かめたほうがいいだろう。
 長旅の帰路に『帰ってから開けるように』と持たせたくらいだから、生ものだとか、悪くなるようなものではないだろうけれど……。
 
「何かなあ……」

 考え出すと、気になって眠気がさめてしまった。
 どうせ眠れないならとベッドを出て、燭台に火を灯し、窓辺の机の上の箱を照らす。以前レオンハルトがユーチア用に作ってくれた小さな机と対の椅子は、今はここに置かれている。素朴な机だがユーチアにとっては宝ものだから、王様からの贈りものを置くのに相応しい。
 ユーチアは椅子の上に膝立ちして、綺麗な紙やリボンが傷まないように、丁寧に開封した。

「そーっと、そーっと……」

 出てきたのは、木の箱。それもまた外箱だ。ずいぶん厳重に収納されている。幸い、釘で打ち付けてあるわけではなく、パカッと蓋を開けるだけだった。
 しかし驚いたことに、緩衝材が、綿を詰めたいくつもの絹の袋。しかも色とりどりだ。
 ユーチアは最初、それが褒美の品なのかと思った。が、ギュウギュウに挟まれているのを見て、やはり緩衝材なのだと理解する。

「王ちゃまの贈りもの、ちゅごい……」

 レオンハルトと従兄なだけある。
 豪華な緩衝材を取り出していくと、またも木の箱が入っていた。しかし腕を入れて取り出したそれは、ただの木の箱ではない。
 ひと目見ただけで大変高価な品とわかる、繊細な飾り彫りが施された小箱。森で遊ぶウサギたちの意匠だが、よく見ると、ウサギの目は真っ赤なルビーだ。
 
「ちゅごいー……!」

 こんな芸術品をいただいてしまって、いいのだろうか。 
 と、思っていたら、箱に封がしてあることに気がついた。この箱が褒美の品というわけではなく、さらに中に何かがあるらしい。
 明かりに近づけて確かめると、封には王と王妃の紋章が入っていた。

「ひょえっ!? ど、どちて!?」

 国王夫妻の紋章で封印された箱。
 ユーチアはゴクリと唾を飲み込んだ。
 中を見るのが恐ろしくなって、ひとりで開けたことを後悔した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、

ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。 そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。 元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。 兄からの卒業。 レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、 全4話で1日1話更新します。 R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

婚約者の恋

うりぼう
BL
親が決めた婚約者に突然婚約を破棄したいと言われた。 そんな時、俺は「前世」の記憶を取り戻した! 婚約破棄? どうぞどうぞ それよりも魔法と剣の世界を楽しみたい! ……のになんで王子はしつこく追いかけてくるんですかね? そんな主人公のお話。 ※異世界転生 ※エセファンタジー ※なんちゃって王室 ※なんちゃって魔法 ※婚約破棄 ※婚約解消を解消 ※みんなちょろい ※普通に日本食出てきます ※とんでも展開 ※細かいツッコミはなしでお願いします ※勇者の料理番とほんの少しだけリンクしてます

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

処理中です...