上 下
83 / 96
第9章 新たな季節

今日のこと、明日のこと

しおりを挟む

 ユーチアたちが長旅を終え、ようやくアイレンベルク城に帰ってきてから半月。
 留守居役だった者たちと互いの報告話で盛り上がり、旅の疲れも抜けて、ようやく元の日常を取り戻した今日この頃。
 本日もキコキコと愛車レモンタルト号を操るユーチアに付き添っているのは、バルナバスとフランツの二人組である。

 レオンハルトの帰城と入れ替わりで任務に赴き、昨日もどってきたばかりのバルナバスは、久々に再会したフランツからの第一声が

「バルナバス団長! ユーシア様は本当に美しかったですよー!」

 だったことに、衝撃を受けていた。

「なんだよ! 保護者会の中でまだユーシア様を拝めていないのは、とうとう俺ひとりかよ!」
「フッフッフ。いやー、目の保養でした。気位の高い王都の貴族たちも、おとなしく見惚れるしかないという、別格の麗人でした」
「ちくしょう!」

 悔しがるバルナバスに、ユーチアは三輪車を漕ぎながら、「バルナバチュちゃん」と声をかけた。

「だいじょぶでちゅよ。フランチュちゃんは、おおげちゃに言ってるのでちゅ。くやちがるほどのものでは、ありまちぇん」
「ちっとも大げさじゃないよ。むしろ称賛し足りない」
「ユーチア様。バルおじちゃんはね、フランツが心にもない世辞を言っているときはすぐにわかるんだ。こいつが世辞を言うときは、目が腹黒い感じで笑ってるの。内心で『なーんちゃって♪』と思ってるのが目に出てるの。でも今のこいつの目は、本心の目」
「おめめ、が……?」

 ユーチアは足を止めて、じーっとフランツを見つめた。
 しかし「うふっ♡」と完璧な笑顔を向けてくるフランツの目に、表面に見えている以上のものは感じられない。

「いつも通りの、綺麗な緑のおめめでちゅ」
「いやだ、ユーチア様ったら! フランチュうれちい!」
「やめろ気持ち悪い」
「バルナバチュちゃんはフランチュちゃんを、よく見ているのでちゅね。ちゃちゅが、仲よくいっちょに、湯浴みちてるだけありまちゅ」
「ユーチア様。その言い方はちょっと……語弊が」
「好きで一緒に湯浴みしてるわけじゃないんだぞ? 仕方なくだから。不本意だから」

 フランツとバルナバスが同時に訂正を求めてきたが、ユーチアは「ちょうだ! いちょがないと」と、またキコキコペダルを漕ぎ出した。
 ユーチアを挟んで左右を歩く二人は、今度は、ユーチアたちが留守にしていたときの話で盛り上がっている。 

「そんでよ、どいつもこいつも、どんどん荒んでくわけ。騎士も警備兵も城の使用人も、挙句の果てには出入りしてるだけの商人たちまで」
「みんな……そんなにも、レオンハルト様に会えなくて寂しかったんですね」
「んなわけあるか」
「それ本人の前で言ってみてください」
「ユーチア様がいないからに決まってんだろ!」
「え。僕でちゅか?」

 キコキコ漕ぎながら見上げると、バルナバスが「僕でちゅよー」と目尻を下げ、フランツに「キモッ」と言われても、かまわず話を続けた。

「だってこんな可愛いのが……じゃなくて可愛いユーチア様が、三輪車で城の中をチョロチョロしながら、『こんにちは。ご機嫌いかが?』なんて挨拶してくれる毎日に慣れてしまったら……ユーチア様が消えた城内に残されたものは、むさ苦しい武人と、武人に城を汚されて怒り猛る女たちと、遠い目をして放心状態の年寄りばかりだ。もう完全に癒し不足」
「それはわかります。癒しを知らなかった頃には、戻れませんからね」
「その通り」

 何がその通りなのか。なんだかよくわからないが、やっぱりこの二人は仲がいいのだなと思いつつ、ユーチアはペダルを漕ぐことに集中した。
 三輪車で遠出を(ユーチアにとっては)していたところへ、レオンハルトとピュルピュル・ラヴュがユーチアの部屋で待っていると、知らせが入ったからである。
 ユーチアの気持ちを察したか、フランツも「レオンハルト様、昔は恋愛に関してドライな人だったのに」と話を変えた。

「まさか求婚した翌日にはウエディングドレスをオーダーしていたなんて、びっくりですよね」
「僕も、ちょれを聞いたときは、ビックリちまちた!」

 ユーチアもコクコクうなずく。
 バルナバスが「えーと」と眉根を寄せた。

「なんだっけ、あのデザイナー。ぴ……ぴくぴく」
「ピュルピュル・ラヴュ」
「よう知らんけど、予約が取れないことで有名な超売れっ子なんだろ? ゲルダとベティーナが大騒ぎしてた。よくそんなデザイナーの予定を押さえられたもんだよな」
「レオンハルト様って、謎の強運と謎の人脈がありますよね」


✦ ✦ ✦


 自室に戻ってピュルピュル・ラヴュと再会すると、婚姻届を出してきたことをとても喜んでくれて、張り切ってウエディングドレスのデザイン画を見せてくれた。

「レオンハルト様からは、完全にお任せで作ってよし! と承っておりましたのでね、こんな感じで作製中ですのよ。けれども、あたくしのインスピレーションの赴くままに、あれこれと変化を加えております。でも……まさかまた、ユーシア様がユーチア様に変身されていらしたとは。デザインどころか自分を変える。変化のスケールが段違いです。負けましたわ!」
「ちぇっかく、ドレチュをちゅくってくれているのに、体型変わりちゅぎで、ごめんなちゃい」

 ユーチアはずっと、なんだかふわふわと、幸せな夢を見ているような気がしている。レオンハルトの妻になれて感動しているのに、いまいち現実味がない。それはやはり、この幼児の躰のせいだと思う。
 幼児を見ながら成人男性用のウエディングドレスを仕上げねばならないピュルピュル・ラヴュにも申しわけない。だが彼女は、長いつけ睫毛が震える勢いでバチン! とウィンクした。

「とんでもない。こんなにファンシーラブリーなお客様に巡り会えたあたくし、超ラッキーですわ!」

 長椅子に座って付き合ってくれているレオンハルトも、鷹揚にうなずいた。

「挙式の日取りは、ユーチアがユーシアに戻ったら正式に決めようと思っている。試着もできないのではやりづらかろうが、きみの腕を信じて頼む」
「お任せくださいませ! このピュルピュル・ラヴュ、一世一代のウエディングドレスをご用意してみせますとも!」
「あ……ありがとおごじゃいまちゅ、ピルピーちゃん……!」
「感謝する、ピルピー」
「あたくしの呼び名、ピルピーで落ち着いたんですのね!」


 あれこれと打ち合わせを終えてピュルピュル・ラヴュが去ったのち、二人切りの部屋で、ユーチアがよじよじと長椅子に上がると、レオンハルトが脚の上に座らせてくれた。そうして、うしろからすっぽりと、長い腕の中におさまる。

「レオちゃま……あちた、どうなるでちょう」
「そうだな。わからんが、そう考え込むな。明日になればわかる。なるようになるさ、それでいい」
「はい……はい。ちょうでちゅね」

 ユーチアは、背中に優しいぬくもりを感じながら何度もうなずいた。

 ――明日、また魔素研究所に行く。
 ユーチアは絵本を取り戻したけれど、ユーシアに戻れていない。
 絵本が手元にあるというだけでは魔法が使えるようにはならないのか、それとも、何かほかに問題があるのか。明日、クレールに相談する予定だ。

 婚姻届を出した直後は、ただただ浮かれていたけれど……
 今は周囲が、挙式に向けて祝福を寄せてくれるほどに、(ユーシアに戻れなかったら、どうしよう)と、胸が重苦しくなるユーチアなのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

えっ、これってバッドエンドですか!?

黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。 卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。 あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!? しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・? よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されたやり直し令嬢は立派な魔女を目指します!

古森きり
ファンタジー
幼くして隣国に嫁いだ侯爵令嬢、ディーヴィア・ルージェー。 24時間片時も一人きりにならない隣国の王家文化に疲れ果て、その挙句に「王家の財産を私情で使い果たした」と濡れ衣を賭けられ処刑されてしまった。 しかし処刑の直後、ディーヴィアにやり直す機会を与えるという魔女の声。 目を開けると隣国に嫁ぐ五年前――7歳の頃の姿に若返っていた。 あんな生活二度と嫌! 私は立派な魔女になります! カクヨム、小説家になろう、アルファポリス、ベリカフェに掲載しています。

見捨てられたのは私

梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。 ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。 ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。 何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

貴方の子どもじゃありません

初瀬 叶
恋愛
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。 私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。 私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。 私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。 そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。 ドアノブは回る。いつの間にか 鍵は開いていたみたいだ。 私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。 外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※相変わらずのゆるゆるふわふわ設定です。ご了承下さい ※直接的な性描写等はありませんが、その行為を匂わせる言葉を使う場合があります。苦手な方はそっと閉じて下さると、自衛になるかと思います ※誤字脱字がちりばめられている可能性を否定出来ません。広い心で読んでいただけるとありがたいです

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

転生悪役令嬢の考察。

saito
恋愛
転生悪役令嬢とは何なのかを考える転生悪役令嬢。 ご感想頂けるととても励みになります。

【完結】数十分後に婚約破棄&冤罪を食らうっぽいので、野次馬と手を組んでみた

月白ヤトヒコ
ファンタジー
「レシウス伯爵令嬢ディアンヌ! 今ここで、貴様との婚約を破棄するっ!?」  高らかに宣言する声が、辺りに響き渡った。  この婚約破棄は数十分前に知ったこと。  きっと、『衆人環視の前で婚約破棄する俺、かっこいい!』とでも思っているんでしょうね。キモっ! 「婚約破棄、了承致しました。つきましては、理由をお伺いしても?」  だからわたくしは、すぐそこで知り合った野次馬と手を組むことにした。 「ふっ、知れたこと! 貴様は、わたしの愛するこの可憐な」 「よっ、まさかの自分からの不貞の告白!」 「憎いねこの色男!」  ドヤ顔して、なんぞ花畑なことを言い掛けた言葉が、飛んで来た核心的な野次に遮られる。 「婚約者を蔑ろにして育てた不誠実な真実の愛!」 「女泣かせたぁこのことだね!」 「そして、婚約者がいる男に擦り寄るか弱い女!」 「か弱いだぁ? 図太ぇ神経した厚顔女の間違いじゃぁねぇのかい!」  さあ、存分に野次ってもらうから覚悟して頂きますわ。 設定はふわっと。 『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』と、ちょっと繋りあり。『腐ったお姉様~』を読んでなくても大丈夫です。

処理中です...