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第9章 新たな季節

王の裁定

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 割符の暗号を解いた結果、取引は三日後の夜とわかった。
 あと少し遅ければ、せっかく手に入れた割符が無駄になるところだったと知ったユーチアたちは、間に合ってよかったと大いに胸を撫でおろし、そして喜び合った。

 レオンハルトは、すぐさま国王に報告した。
 そして直属の騎士団員のほかに、王室騎士団の助力も得て、当日の深夜、『エルネスタ森林公園の西、忘れられた石碑』を取り囲むように待ちかまえた。
 そして闇ルートの商売人たちが荷物を運び込み、金が支払われたのを確認するや、一斉に捕縛したのだった。

 のちに王都中の語り草となるその大捕物は、『氷血の辺境伯』の名をさらに広く世に知らしめた。
 ユーチアはもちろん、その場にはいなかったけれど……
 のちのち――変身魔法も含めたすべての事情を打ち明けたあと――王と王妃から茶会に招かれた際、二人から、当時の状況をつぶさに教えてもらえた。
 ヨハネス王は、まるで我がことのように、レオンハルトの活躍にご満悦だった。

「王室の騎士たちはそれまで、レオンハルトと行動を共にしたことがなかった。だから凶悪犯も多い密売人たちの捕縛に対して、こちら側の配備が手薄すぎると、懸念する声も少なくなかったのだよ」
「でも奥深い夜の森で、密売人側の見張りに気づかれぬよう身を潜めねばならなかったのだから、少なくとも取引を視認できる範囲に置ける人数は、限られていたのよね」

 アンネリース妃も満足そうで、王はニコニコしながら「その通り!」と首肯した。

「それで実際、どうなったかといえば。捕物が始まった途端、売人たちは夜闇を利用して、蜘蛛の子を散らすように逃走し始めたわけさ。王室騎士たちの懸念通りにね。だが、忘れてはいけない。レオンハルトは、『氷血の辺境伯』だ」

 レオンハルトの氷魔法が一瞬にして辺り一帯に張り巡らされ、それこそ蜘蛛の巣のように密売人たちを絡め取り、氷漬けにしてしまったのだという。
 おそらく、魔素研究所で教わった『防犯魔法』と同じ罠が、取引現場でも用いられていたのだろう。

「でも、レオンハルトの魔法の壮絶さを初めて目にした王室騎士たちは、慣れないものだから要らぬ動きをして、凍った地面で転倒する者が続出したらしいわ」

 クスクス笑い合う国王夫妻はとても仲睦まじく、レオンハルトが『陛下はナンパ好き』と評していたけれど、それも過去のことなのではとユーチアは思った。


 ――そうして、この大捕物で三十人以上が捕縛されたわけだが――
 その中には、この王都の闇ルートを仕切る元締めの、プレーディガーという男が含まれていた。
 北ルートを仕切るボッホマンより、さらに多くの情報を知るであろう彼こそ、レオンハルトたちが望んでいた『大物』だった。

 彼の口から、黒幕である貴族たちの名が出ることが期待されたのだが……大物だけあって、なかなか口を割らず。
 しかしその頃フランツが、「やったー! 俺のでばーん!」と張り切っていたと思ったら、その数日後、プレーディガーが口を割ったと知らせが入った。
 
「俺は得意なんだよねえ」

 そう言ってフランツは、にっこり笑っていた。
 おそらく取り調べが得意という意味であろうけれど、具体的に何がどう得意なのか尋ねても、「ひ・み・ちゅ♡」と教えてくれなかった。

 ともあれ、そこからの展開は早かった。
 まず――詳しい理由は伏せられたが――プレーディガーが黒幕として白状した、モートン侯爵、アルタウス伯爵、フーデマン伯爵、そしてクリプシナ伯爵といった有力貴族たちと、彼らの手足となって働いていた貴族たちが芋づる式に捕まり、みんなまとめて貴族用の留置施設に留め置かれた。

 今回の取引現場で実際に持ち込まれていたのは、件の薬物の元とおぼしき粉末のみだったが、その他の粗悪品の流通や横流しのすべてに、モートンらが関わっていることを、プレーディガーは証言していた。不正取引による巨額な賄賂のやり取りも。
 良質な武器防具や物資を買い占め、保管していた倉庫も見つかった。転売で得た利益も相当なもので、これらを密かに保管していたとなれば、国家と王族に対する反逆を疑われても言いわけできない状況であった。

 貴族派の卑劣な犯罪が判明し、内々で、レオンハルトを含む王侯派五大貴族による御前会議がひらかれたときには、参席者たちの怒りが噴出した。
 厳しく罰されて当然の罪だし、王侯派にとっては政敵を追い落とす絶好の機会である。よって、厳罰を望むという意見が圧倒的だった。

 ……けれど。
 現実問題として、これほど多くの貴族たちの罪を一斉に公表するとなると、庶民の反発は必至である。その反発はいずれ、有力貴族の専横を許した王室へも向けられようし、王侯派も同様の目で見られるだろう。庶民にとって、派閥がなんだろうと、貴族は貴族だ。

 加えて、貴族派が裏の組織をどこまで取り込んでいるかを、把握しきらないうちに罰を急げば、組織の者が報復として民衆の中に潜伏し、民の反発を煽って、蜂起しないとも限らない。
 さらに貴族派の領地経営の問題や、政策の滞り、弱みにつけ込んでくること確実の他国の干渉や侵略防止など、不都合を挙げれば切りがない。

 それらの問題に対処しつつ、罪をどう償わせるか。
 答えを出したのは、常に変わらずにこやかな、ヨハネス王だった。

「本人たちに決めさせたら、どうかな」
「本人たちに?」

 怪訝そうに問い返したレオンハルトに、ヨハネスは「そう」とうなずいた。

「彼らのうち半分の家門は、爵位剥奪、財産の没収、十年以上の社会奉仕も課そうか。残り半分の家門は、表向きは無罪。家門を守れる」
「半分は無罪? そんなわけには」 
「その代わり、爵位は後継者に譲らせる。その上で、今のところ彼ら抜きでは成り立たない仕事を、無償で行わせる」
「……それだけですか」
「まさか。薬害患者への見舞金や治療の保障、粗悪品による被害と損害の補償金も支払わせる。今の代で無理なら、孫子の代になっても払うと誓わせようね」
「……つまり、一気に破滅するか、じわじわと破滅するかの二択を、自分たちで決めさせろと。そういうことですか?」
「そうだね。一気に破滅する側の人質も忘れずにね。余計なことを喋られては、半分に分ける意味がない」

 うなずきながら浮かべた、そのときの王の笑顔に、戦慄せずにいられた者はいなかったと、あとになってレオンハルトが聞かせてくれた。
「あの方は、俺なんかよりずっと恐ろしい。だからこそ、王にふさわしいのだ」とも。

 ――王の提案は、そのまま採用され。
 罪を犯した家門の当主たちに『一気に破滅』を選択する者はいなかったから、嵐のように押しつけ合った末、クジが採用された。
 その結果、筆頭貴族の中では、アルタウス伯爵家とフーデマン伯爵家が『一気に破滅』組となり、クリプシナ伯爵家とモートン侯爵家は、風前の灯火ながらも、かろうじて破滅を免れた。

 そして『一気に破滅』組の貴族たちは、密売人たちと共に、名実ともに犯罪者として公表され、王都は大変な騒ぎとなった。
 悪質な商品のせいで従来品の価格が高騰し、悪質な薬まで出回らせていたのが、有力貴族たちだったと知ったのだから、庶民の怒りは大変なもの。
 しばらくは蜂の巣を突いたような騒ぎだったけれど――
 夏を迎える頃には、人々の話題も移っていった。
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