上 下
67 / 96
第8章 それぞれの思惑

舌戦

しおりを挟む
 ユーシアは、久しぶりに見る家族……いや、『元』家族を、意外なほど平らかな気持ちで見つめていた。

 自分を殺そうとした親。ユーシアという人間を否定し続けてきた家族。
 会えば怒りに呑まれるかもしれない。それとも、何を言われてもオドオドと甘受していた以前の自分にもどるかもしれない。
 そう思うと怖くて、本当は顔を合わせたくなかった。

 けれど……不思議なほど、何も感じない。
 マティスもキーラもケイトリンも、なんだか小さく見える。
 父の首の皺は、こんなに目立っていただろうか。
 継母の目は、こんなに落ち窪んでいただろうか。
 ケイトリンは、こんなに小柄だったろうか。
 そんなどうでもいいことを考えてしまうくらい、目の前の三人はまったくの他人だった。

 無意識に自己防衛が働いて、負の感情が麻痺しているのかもしれないけれど。
 でも……こうして臆することなく彼らと対峙できているのは、隣にレオンハルトがいてくれるからだ。その点については麻痺などしていない。しっかりわかっている。

 彼や、バイルシュミットで出会った優しい人たちが、ユーシアという人間を受け入れてくれたから。
 自信を持ってと言い続けてくれたから。
 もうクリプシナ家しか知らなかった頃の自分とは違う。ならば三人に対する感じ方が変わるのも当然なのかもしれないと、ユーシアは思った。

 そうして、改めて見る彼らは……
 マティスは、引きつった笑みを浮かべている。
 キーラは、血走った目でユーシアを凝視しながら、口元だけ笑みのかたちに歪めている。
 ケイトリンは……彼女だけは素直に眦を吊り上げているなと思ったら、その視線は隣に立つ男に向けられていた。彼のことはクリプシナ邸で遠目に見たことがある。モートン侯爵の令息アルバートだ。

 彼はやけに顔を赤くして、にこやかにユーシアに向かって口をひらいたが、声を発する前に、急に表情をこわばらせて、「ひっ!」と文字通り跳び上がった。
 アルバートの視線を辿ってレオンハルトを見上げると、優しい微笑が返ってきたので、ユーシアもにっこり微笑んだ。
 アルバートは何に対して急に怯えを見せたのだろう……と思う間に、ヨハネス王が声を張り上げる。

「皆も疑問に思ったろう。確かにユーシアは、憎むべき賊どもの襲撃により、危うく命を落としかけた。が、迎えに来ていたレオンハルトの家臣により、無事救出されていたのだ!」

 おおお! と驚愕と感嘆の声が上がる。
「花嫁の危機に駆けつけたとは、さすが我が国の誇る守護神!」という声に、ユーシアは内心で(ですよねーっ!)と激しく同意した。これがユーチアなら、思うままダダ洩れしていたであろう。

「ただし。レオンハルトの調べによれば、ユーシア一行が襲撃された件には不審な点が多々あるとのこと。調査中ゆえ詳細は語れぬが、だいじな花嫁が再び狙われることのなきよう、ユーシアの生存は秘密にするようにと。私が命じたのだ」

 本当は、王から命じられたわけではなく、ユーチアになっていたから報告が遅れただけなのだが。王が命じたことにしたほうが、各方面から干渉されづらいと二人で話し合ったのだと、あらかじめレオンハルトから聞いている。

 貴族たちは「なんと、陛下が」「どんな不審な点が?」などとざわついているものの、王と辺境伯の言うことに疑義をただす者はいない。二人の考えは正しかったようだ。
 
「ユーシア様は本当に災難でしたな」
「なんとしても賊を捕らえて、懲らしめてやらねば」

 などと、改めて同情や気遣いを寄せてくれた。
 ――が、マティスが、「事情はわかりましたが」と引きつった笑顔で、王に抗議の声を上げた。

「わたしたちだけには、教えてくださってもよかったのではありませんか? 実の家族なのですよ!」

 それは当然の言い分で、周囲の者たちも「確かに」とうなずいている。
 けれど今のユーシアには、マティスの本心が手に取るようにわかった。

 わけのわからぬままユーシアがもどってきて、『襲撃の件は調査中で詳細は明かせない』という状況に焦り、なんとか情報を引き出そうとしているのだろう。
 と同時に、ユーシアの懐柔を狙っているに違いない。

 マティスにとってユーシアは、気に入らない結婚と腹立たしい妻と敵対したリフテト家門との象徴で、気に食わなければ家に閉じ込め、都合が悪くなれば処分してもいい息子。
 馬鹿だと思っていたら裏帳簿を見つけてしまう程度の頭はあり、しかしそれを盾に親を脅して優位に立とうという知恵や度胸はなく、それどころか、親の決めた結婚に文句も言わず従った間抜け。
 そんな息子だからいつでも手なずけられる、レオンハルトの出方をユーシアから聞き出し、抱き込んで利用できる。
 ――そう、考えているのだろう。

(こんなにわかりやすい人なのに、昔の僕はただ恐れて、縮こまっていたんだな)

 それもまた、ユーシアにとっては腹立たしいというより、視界がどんどんひらけていく新鮮な発見だった。
 けれどこのまま黙っていては、マティスたちが周囲から『何も知らされなかった気の毒な家族』として認識されてしまう。王やレオンハルトが悪者にされてはかなわない。
 ここは自分が物申さねばと思ったが、それを見越したように、レオンハルトにそっと抱き寄せられた。
 眼光に鋭さを増した男前は、にこりと笑ってマティスを見ている。

「ご機嫌よう、クリプシナ伯爵」
「あ、ああ、これはこれはイシュトファン辺境伯。挨拶が遅れまして」
「本当に」
「え」

 唐突なレオンハルトの挨拶に面食らっていたマティスが、気の抜けた声を出した。
 レオンハルトはさらに笑みを深める。

「ユーシアが嫁いでくるときもろくに挨拶もなく、襲撃後すぐに連絡を入れても礼や捜索の協力を申し出るでもなく、今日まで何ひとつ捜索の近状について質問してくるでもなかったので、てっきり貴殿らは、ユーシアのことを忘れているのかと思っていたのだが」
「……な……ッ!」

 マティスたちの顔色が変わった。

「そ、そんなっ、何を言い出すのです!? 我々は我々で、捜索を続けておりました!」
「ほう。それで手がかりは?」

 あからさまに面白がっているレオンハルトに、マティスが声を荒らげた。

「ありませんでしたよ! あなたが保護していたのなら、見つかるわけがない!」
「その通り」
「は?」
「ひと言でも『どうなっていますか』と、手紙の一通でも寄こせば、うちで元気にしていますよと教えていたのに」
「そっ! それ、は……っ」

 口ごもったマティスに代わり、キーラが答えた。

「わたくしたちは心配のあまり、そんな余裕はなかったのですわ!」
「そう、そうですとも! ただただ息子を見つけたいという、その一心しかなかったのです! 失礼ながら閣下こそ、家族の心痛を思って知らせてやろうというお気持ちには、ならなかったのですか!?」

 勢いを取り戻したマティスに、レオンハルトはあっさり「ならん」と断言した。

「いったいどこをどう捜していたと言うのだ。本当に見つけたければ、可能性のある場所を虱潰しに捜し、可能な限り多くの者に声をかけて、助力を乞うものではないのか? こちらには襲撃の第一発見者がいるというのに、よくも無視していられたものだ」
「なっ、なっ……!」

 突如始まった応酬に、ユーシアは呆気に取られていたが。
 同じくぽかんと口をあけていたほかの貴族たちは――そして国王夫妻までもが、今や目を輝かせて、この舌戦を観戦していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

婚約者の恋

うりぼう
BL
親が決めた婚約者に突然婚約を破棄したいと言われた。 そんな時、俺は「前世」の記憶を取り戻した! 婚約破棄? どうぞどうぞ それよりも魔法と剣の世界を楽しみたい! ……のになんで王子はしつこく追いかけてくるんですかね? そんな主人公のお話。 ※異世界転生 ※エセファンタジー ※なんちゃって王室 ※なんちゃって魔法 ※婚約破棄 ※婚約解消を解消 ※みんなちょろい ※普通に日本食出てきます ※とんでも展開 ※細かいツッコミはなしでお願いします ※勇者の料理番とほんの少しだけリンクしてます

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

涙の悪役令息〜君の涙の理由が知りたい〜

ミクリ21
BL
悪役令息のルミナス・アルベラ。 彼は酷い言葉と行動で、皆を困らせていた。 誰もが嫌う悪役令息………しかし、主人公タナトス・リエリルは思う。 君は、どうしていつも泣いているのと………。 ルミナスは、悪行をする時に笑顔なのに涙を流す。 表情は楽しそうなのに、流れ続ける涙。 タナトスは、ルミナスのことが気になって仕方なかった。 そして………タナトスはみてしまった。 自殺をしようとするルミナスの姿を………。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

処理中です...