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第7章 再会

クリプシナ家の親娘

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 ケイトリンは改めて、祝宴の参加者たちを見回した。
 誰もが華やかに着飾り、にこやかに挨拶し、互いを褒め合っているけれど、胸の内では欠点をあげつらい値踏みし合っているに決まっている。

 ケイトリン自身がそうだからだ。
 地位も財力も容姿も、すべてにおいて勝者でありたいからだ。
 常にそう欲してきたし、今こうしてほかの者たちと比較して、(わたしが勝った)と確信している。

(勝ったわ。結局、最後に勝つのはわたしよ。もう、あの憎たらしい異母兄もいない)

 豊満な胸の谷間に、アルバートの舐めるような視線を受けながら、未だ行方不明扱いの異母兄ユーシアを思う。
 魔素を持たない陰気なお荷物。クリプシナ伯爵家の厄介者。
 そう言って、母キーラと共に徹底的に否定し続けたのは、ユーシアが脅威だったからだ。

 もちろん、魔素も持たず、後ろ盾もなく、実の父からも嫌われているユーシアなどには、なんの力もない。
 しかしケイトリンもキーラも気づいていた。
 ユーシアは、その美貌を今も惜しまれる実母ミスティアの武器を――類い稀なる美しさという武器を、しっかりと受け継いでいた。
 ケイトリンはミスティアに会ったことはないが、屋敷に残る肖像画を見ただけでも妬ましくなるほどの壮絶な美貌だ。

 ただし中身が伴わなかったのは、ミスティアにとっては最大の不幸だったろう。
 キーラとケイトリンにとっては、痛快な幸運だが。
 我が儘放題で、思い通りにならないと人にも物にも当たり散らしていたというミスティア。
 夫に媚びる、甘える、褒めるという、簡単な操縦術も使えず、父マティスに嫌われて自滅した。

 ――だが、ユーシアは違う。
 皮肉にも、家族から冷たく扱われたことが、彼に儚い花のような魅力を与えてしまった。自分に自信のある者なら庇護欲を刺激されるであろう、可憐さを。
 それはもう、子供の頃から、訪れる客はもちろん、使用人たちすら『血は争えない』と褒め称える愛らしさだった。
 それまでケイトリンを褒めていた大人たちが、ユーシアを目にすると、もう彼のことしか話さなくなる。将来的な縁談についてまで父に相談し始めるのだ。
 ユーシアが出てきた途端に、ケイトリンはいてもいなくてもどうでもいい、脇役へと追いやられていた。

 母は早々にそのことに気づいていただろう。
 だからケイトリンがその事実を認識し、人生最初の敗北と屈辱を味わっていた頃には、ユーシアがなるべく人目につかぬよう、使用人に命じていた。
 のちに、またもキーラとケイトリンに幸運の星が輝き、神殿の魔素測定でユーシアには魔素がないと判定されてからは、それを口実に屋敷の敷地内に閉じ込めることにも成功した。

 父がミスティアの実家のリフテト子爵家を潰してくれたから、ユーシアなどキレイなだけのお人形。自分たちの手でどうにでもできる玩具となり果てた。
 だから……

 本当は、もっと惨めな結婚をさせてやりたかったが。
 野蛮な田舎者の上に、すでに内縁の妻と複数の子供までいるというイシュトファン辺境伯のもとへ嫁がせた両親の選択は、正しかったとケイトリンは思う。
 おかげでクリプシナ家は、たっぷりと支度金を手にした。
 正確な金額は聞いていないが、今ケイトリンの胸で光るダイヤとルビーの首飾りも、『あの支度金はあなたにこそ使われるべきよ』と母が言ってくれた結果、ここにある。

(本当に、良い異母兄を持ったわ。……でも)

 飲み物を取りに行ったアルバートに手を振りながら、少々考え込んでいると、両親がやってくるのが見えた。顔見知りと挨拶しながらこちらへ来る。
 ケイトリンも二人のもとへ歩み寄った。

「ケイトリン。アルバートはどうした?」
「飲み物を取りに行ったわ。……モートンおじ様は、どうだった?」

 二人は体調の悪さを押して出てきたモートンの様子を見ていたのだ。
 なぜ無理をするのかとアルバートは呆れていたし、ケイトリンも同じ気持ちだが、モートンはひどく気難しく些細なことで怒り出すので、うかつに声もかけられない。
「別室で休んでいるわ」と肩をすくめた母の手を握り、「大変ね」と声をかけた。

「モートンおじ様、昔はあんなに怒りっぽくなかったわよね? なんだかますます酷いにおいがするし」

 ケイトリンの言葉に、両親が一瞬、不自然に目を逸らしたが、そんなことよりケイトリンには今、二人に訊きたいことがあった。

「ねえ、お父様、お母様。ユーシアは死んだわよね?」
「なんだいきなり」

 マティスが顔をしかめたが、キーラは「そりゃそうでしょ」と鼻で嗤った。

「ダミアンが言っていたじゃない、ユーシアは首を切られて大量に出血していたと。助かるわけがないわ。見つからないのは、死体を犬か狼に食われたからに決まってる」
「おい、聞かれるぞ」
 
 ダミアンというのは、ユーシアに随行した従僕のひとりだ。
 彼ひとりが無事に逃げ帰ってきたのだが、両親はなぜかダミアンの生存を王宮に報告せず、金をやって暇を出した。
 ……その件についても、ケイトリンは何も訊いていないし、両親も何も言わないが……

 ユーシアが野盗に襲われたのは、おそらく偶然ではない。
 両親は、イシュトファン辺境伯から贈られた支度金を、まったく使わず懐に入れた。そしてユーシアが嫁ぐことは絶望的と思われて以降も、返金する様子もない。
 それはつまり、辺境伯に『充分な支度をして送り出したが、野盗の襲撃に遭ってしまった』と言えば済む。そう考えていたからではないか。

 イシュトファン辺境伯の騎士たちがユーシアを迎えに来ていたのを、両親は知らなかった。
 その騎士から襲撃の報告がクリプシナ家にもたらされたとき、両親は焦った様子でコソコソと、「早すぎる」「辺境伯が迎えを寄越すなんて、聞いてなかった」と話していた。「そのせいでダミアンは、ユーシアの死体を確認できなかった」と。

 それからは落ち着かない様子だったが、しばらくたっても逃げた野盗が捕まらないとわかると、「それなら大丈夫だ」と高価なワインで乾杯するほど喜んでいた。
 それもつまり、野盗がユーシアの嫁入り支度をすべて奪っていったと言えば、辺境伯側も調べようがない――そういうことなのではないか?

 すべて推測に過ぎないが、もしもそれが真実だとしても、ケイトリンはなんとも思わない。
 ユーシアなど、誰からも必要とされていない、文字通りの厄介者だ。
 彼が消えることでクリプシナ家の役に立ち、こうして極上の宝石やドレスを得ることができた。初めて役に立ったのだ。
 どんなに美しかろうが、悲惨な死に方をしたのでは意味がない。
 子供の頃の屈辱も鬱憤も、綺麗に晴れようというもの。

「なぜ急にユーシアのことなど言い出したの?」

 キーラに訊かれて、ケイトリンは「だって」と首飾りをいじった。

「この祝宴は戦功褒賞の場でもあるのでしょ? ということは、イシュトファン辺境伯も来るってことじゃないの?」
「いや、それはない」

 マティスがフンと忌々しげに口髭を掻く。

「先日、それとなく陛下に確認したが、任務のため不参加だとさ」
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