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第7章 再会

とろけそう

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「のおぉぉぉ……!」

 柔らかな日の出の光を感じて目ざめたユーシアは、起きて早々、頭を抱えていた。
 またも眠っているあいだにユーシアにもどっていたという驚きはもちろんのこと、近くの椅子に掛けられたウサギの着ぐるみの一部が、無残に裂けているのを見たからである。
 そしてさらに、長椅子で窮屈そうに寝ているレオンハルトに、気づいたからである。

 つまり……夜中に元にもどり、無意識に着ぐるみを脱ぎ捨て、裸で眠りこけているユーシアを目にした紳士なレオンハルトは、ベッドをユーシアに譲って自分は長椅子で寝ている……ということだろう。
 ちなみに下着も掛布の中で見つかったので、しっかり脱いでいたらしい。
 それはそうだ。子供用の下着など穿いていられない。
 つまり正真正銘のすっぽんぽん。

 ……日中、人が大勢いる中でいきなり変身したなんてことにならず済んだのは、幸いだったが……。

「お仕事でお疲れのレオンハルト様を椅子で寝かせて、自分はのびのびベッドで寝ていたなんて……万死に値する」

 しかし、このまま頭を抱えているわけにもいかない。

「とりあえず何か着ないと」

 衣装箱の中には、ユーシア用の衣服もたっぷり入っているはず。
 ……箱がたくさんありすぎて、どこに何が入っているのかわからないのだが……とにかく探してみよう。
 そう決めたユーシアは、レオンハルトの様子を気にしながら、そろりとベッドからおりようとした。
 が、よく眠っていると思ったレオンハルトの目が、いきなりパチッとひらいた。

「ひゃっ!」

 ユーシアは亀のごとくスポッと掛布の中に戻った。
 しかし隠れていても仕方ない……。
 おそるおそる顔を出すと、「うーん」と伸びをするレオンハルトと目が合った。
 途端、レオンハルトの表情がほころぶ。精悍な印象を与える顔に、とろけそうなほど甘い笑みが浮かんだ。

「おはよう、ユーシア」
「お、おはよう、ございます……レオンハルト様」

 ユーシアは、早鐘を打つ胸を持て余しながら見つめ返した。
 レオンハルトはいつ見ても格好いい。寝起きで髭が伸びていても格好いい。髪の乱れ方すら格好いい。
 それに比べて……。

 裂けた着ぐるみに目をやったユーシアは、「ううー」と再び頭まで掛布をかぶった。
 レオンハルトの「何してるんだ?」というのんびりした声が飛んでくる。ユーシアは、目元だけ覗かせてそちらを見た。

「……レオンハルト様。見ましたか?」
「何をだ?」
「僕がユーシアになったところを……です」
「ん? ああ、それは」
「見ちゃったのですか!?」

 ユーシアはボッ! と顔を熱くして、悲痛な声を上げた。

「僕はおそらく、せっかくレオンハルト様とピルピルさんが用意してくれた着ぐるみを、大きくなった躰でパーン! と破いてしまったのですよね!?」
「いや、えーと」
「もしくは窮屈だからとウホウホ言いながら乱暴に脱いで、ビリッビリに引き裂いてしまったのでしょう!?」
「ウホウホは言わんだろう……」
「ああっ、ごめんなさい……! せっかくレオンハルト様が贈ってくれた、たいせつな着ぐるみなのに」

 あまりのいたたまれなさに、涙目でペコッと頭を下げると、レオンハルトが着ぐるみを手に取り、「ほら」と広げて見せてくれた。

「言うほど裂けてないぞ? ユーシアは行儀がいいから、寝ながらでも気をつけて脱いだんだろう」
「うぅ……」
「このくらい、ゲルダに頼めばすぐ直してくれる。そんなに気に入ってるなら、また同じものを何着か買おうか」
「いえいえいえいえ、新しいのはけっこうです!」

 これ以上、着ぐるみコレクションを増やされては困る。
 あわてて両手を振った拍子に、はらりと掛布が落ちて、胸が露わになった。

「あ……」

 ユーシアはポッと頬を火照らせ、掛布を引き寄せた。
 男の胸がポロリしたところで、レオンハルトは何も感じないだろうけれど。

(ひとりで恥ずかしがって、自意識過剰だ)

 そんな自分が恥ずかしい。羞恥心を笑ってごまかそうと笑顔を向けると――予想に反して、レオンハルトは目を丸くしてユーシアを見ていている。心なしか、頬が赤い……ような。
 ユーシアが小首をかしげると、レオンハルトはハッと我に返った様子で、寝室の隅に積まれた衣装箱へとすっ飛んでいった。
 そして凄い勢いで、ユーチア用の衣装箱の下になっていたユーシア用の衣装箱を次々取り出すと、「何を着たい!?」と訊いてきた。

「早く着ないと、フランツの奴が来たら大変だ!」
「えっ。で、でも、まだだいぶ早いですよ?」
「いいや、あいつはユーシアを見たいと騒いでいたから、なぜか気がついて起きてくるかもしれん」
「そんなまさか」

 レオンハルトの言い方がおかしくてクスクス笑ったら、彼は「心配にもなる」と眉根を寄せた。

「そんな綺麗な姿を、誰にも見せたくないからな」
「え」

 ユーシアがドキッと固まっているあいだに、レオンハルトは「これでいいかな」と手際よく服を取り出すと、ほかの箱からも次々と下着や靴などを選んだ。
 彼やフランツは、騎士の制服かそれに準じたものを着ている。そしてそれらには共通して、バイルシュミット地方に古くから伝わる刺繍が入っていた。バイルシュミット文様と言われるものだ。
 今レオンハルトが選んでくれた襟衣シャツにも、胸元とふんわり膨らんだ袖に、精緻でありながら軽やかな文様が施されている。

「刺繍だけでも芸術作品のようです」
「バイルシュミット文様には、ひとつひとつに意味があることは聞いたな?」
「はい。まだ詳しくは知らないのですが」
「そうか。この袖に入っている文様は、『厄除け』のまじない。胸の刺繍の文様は、幸福を祈るときに使われる」
「厄除けと幸福! そんな文様が入った服を着られるなんて、嬉しいです」

 レオンハルトが広げてくれた文様を見て、ユーシアはうっとりと呟いた。服自体も上品かつ華があって、着心地がよさそうだ。さすが大人気デザイナーピュルピュル・ラヴュである。

「ピルピルさんは、バイルシュミットの生まれではないですよね?」
「ああ。別荘はあるが」
「なのによく、文様の意味までご存知ですね」
「文様は俺が選んだ」
「えっ! レオンハルト様が?」

 驚いて目を瞠ると、優しい笑顔が「ああ」とうなずく。

「両親はよく、互いの衣服を仕立てさせるとき、相手への想いを込めて文様を選び、刺繍させていた。だから俺も今回、いくつかのユーシアとユーチアの服に文様を入れるよう、頼んでおいたのだ」
「レオンハルト様……!」

 胸がジーンと熱くなる。
 知らないところで、そんな嬉しすぎる気遣いをしてくれていたなんて。

 喜びのあまり、ユーシアは思いっきりレオンハルトに抱きつきたくなった。ユーチアならばとっくに飛びついていただろう。
 が、素っ裸ということもあり、おとなしく目を潤ませて見つめていたら、レオンハルトが「こら」と顔をしかめた。

「そんな可愛い顔をしてはダメだ」
「か、可愛くなんて、ないです……」
「何を言ってるんだか。ユーシアより可愛い者などこの世にいないだろう」
「ええっ!?」
「ユーチアなら、同じくらい可愛いが」
「うぅ、レオンハルト様ぁ……」

 こんなとき、なんて返せばいいのだろう。
 嬉しくて恥ずかしくて、翻弄されるばかりで。気の利いた返しなど、まるで思いつかない。
 頬を火照らせ見つめていたら、大きな手で顔をつつまれた。
 レオンハルトの顔が近づいてくる。

(これ、は、もしかして……口づけ、される……!?)

 反射的にギュッと目をつぶって待ちかまえた。
 その鼻の頭に、チュッと唇の感触。
 戸惑いながら目をあけると、ユーシアの前髪を掻き上げながら、レオンハルトが囁いた。

「口づけたいが、止まらなくなりそうだから……これ以上俺を刺激しないで、早く服を着てくれ」
「きゃー……」

 ユーシアは、恥ずかしくて、躰中熱くなって、このまま溶けてしまうのではないかと思った。
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