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第7章 再会

うさユーチアの作戦

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 船旅が始まって早々、意図せずほかの乗客たちに着ぐるみ姿を披露してしまったユーチアは、恥ずかしさのあまり、また引きこもろうかと思った。
 しかしその後は、正装を求められる晩餐の席以外、ほぼ着ぐるみ姿で通している。
 なぜなら――主な理由は二つ。

 ひとつが、このうさぎの着ぐるみも、うさ耳ケープと同じく、色違いで三種も用意されていたからである。
 道理で衣装箱が多いはずだ……。
 この調子では、ほかの衣服もすべて色違いで用意されているのではと、ユーチアは心配になった。……まさか大量の衣装箱を運ぶために騎士団の一部隊を引き連れてきたのではと、恐ろしい考えがよぎったほどに。

「あわわ。どおちて、こんなにあるのでちゅ?」
「ピラヴュから『ユーチア様はなんでも似合うと思いますが、何色をメインにしましょうか』と訊かれたとき、『似合う色すべてで作ればいい』と言っておいた」
「ほげっ!」

 驚愕のあまり奇声を発すると、そばで聞いていたフランツも「はー」と呆れ声を洩らした。

「レオンハルト様って……本当に惚れた相手には、とことん貢ぐタイプだったのですね。いやー新鮮だ」
「ほっ! 本当に惚れた、相手……!」

 すでに求婚されたとはいえ、幼児である身には『結婚する』という現実感がまったくなく。未だ最初の頃と同じように、いちいちドキーン! と反応してしまう。
 ゆえにひとりでボッ! と赤面して、「いやでちゅよ、もう。フランチュちゃんったら」とニヤけたくなるのをこらえながらブツブツ言っていると、レオンハルトが眉根を寄せた。

「貢ぐ? このくらいでは貢ぐとは言わないだろう」
「ええっ!?」
「ひょえっ!?」

 フランツとユーチアの驚きの声が重なる。
 しかしレオンハルトは平然と、うさぎフードに縁取られたユーチアのほっぺをぷにぷにしながら、目を細めた。

「城ひとつ買うくらいじゃないとな。欲しい城はあるか? ユーチア」
「ちろーっ!? あわわ、ありまちぇん、ありまちぇん!」

 まさか本気ではあるまいが……ユーチアは、あわててブンブン首を横に振った。フランツも、「なんてこった」と天井を仰いでいる。

「なんか……夫婦喧嘩するたびどこかで凄い鉱山を見つけてきては、謝りながら所有権ごと奥方様に贈呈していた先代様に、めっちゃ似てきてません? レオンハルト様。その桁外れな貢ぎセンスが」
「俺はユーチアに泣かされていないし、家出もしていないぞ」
「泣かちぇまちぇん! いっちょう泣かちぇまちぇん!」
「一生泣かせないということは、一生一緒だと、改めて誓ってくれているのか?」

 愉快そうに言われて、ユーチアは顔から火を噴くかと思った。

「いっちょう、いっちょに、い、いまちゅ、よ……。いて、いいのでちゅ、よね……?」
「当然だ。俺の嫁ちゃんなんだろう?」
「むきゃーっ!」

 ドキドキしすぎて、思いっきりレオンハルトに飛びついた。

「レオちゃまがイケメンちゅぎて、ちゅらいーっ!」
「あっはっは」

 大木に貼りつくウサギと化してしがみついていたら、ひょいと抱き上げられた。目線が合ったので、「あの、あの」と深い青の瞳を覗き込む。

「ほんとに、おちろは、いりまちぇんからね……?」

 心配になって念を押すと、今度はフランツも一緒に笑った。
 賑やかな笑い声は船室の外まで洩れていたらしく、のちにほかの騎士たちから、「船長が『あの辺境伯閣下が、声を上げて笑っている』と驚愕していましたよ」と教えてくれた。

 そして、もうひとつの理由。
 それは、着ぐるみが思わぬ恩恵をもたらしたから。
 着ぐるみ着用のユーチアの世話をせっせと焼いてくれるレオンハルトを見た乗客たちが、レオンハルトを称賛し始めたのだ。
 客たちもクリプシナ家令息との婚姻の話は知っていて、レオンハルトが船長に『婚姻届の提出を兼ねて国王に謁見する』と話すのを誰かが聞きつけたものだから、ここでもやはりユーチアは、クリプシナ家門の子なのだろうと解釈されていた。
 そして……

「でもクリプシナ家の令息って、確か……野盗に襲われて行方不明だと、騒ぎになっていたわよね?」
「それが、実は騎士団のアーベライン子爵が助け出して、とっくに辺境伯様に保護されていたらしいのよ」
「ほんと!? 初耳だわ」

 客たちは驚いていたが、初耳なのは当たり前だ。
 フランツら騎士たちが、「好き勝手に憶測される前に、こちらから適当に濁した情報を提供しておきましょう」と流した情報なのだから。
 しかし『氷血の辺境伯』の評判を知る乗客たちは、その件よりもっと予想外で、もっと興味深い事実を知った。
 それこそが、着ぐるみ幼児を可愛がる、レオンハルトの姿である。

 どんな幼児も一発で泣かせる眼光を持つ、氷血の辺境伯。
 凶悪犯すら、彼を怒らせるくらいなら自ら牢に入ると言われる、氷血の辺境伯。
 そんなレオンハルト・イシュトファンが……

「ユーチア、おいで。魚が跳ねてるぞ」
「わあぁ、ほんとでちゅね! ちゅごいー!」

 愛くるしい幼児に懐かれて、優しい手つきでその子を抱っこし、甲板からの眺めを一緒に楽しんでいたり。

「ユーチア。寒くないか?」
「ちゃむくないでちゅ……あったかいでちゅ」

 甲板に並べられた椅子に腰を下ろして騎士たちとあれこれ打ち合わせをし、その膝に着ぐるみ幼児が座っても、退かしもしなかったり。
 それどころか幼児がそのまま、レオンハルトの胸に顔を押しつけて眠ってしまうと、慈しむように背中をポンポンしながら、仕事の話を続けたり。
 そうした光景は、人々のレオンハルトへの印象を、鮮やかに刷新した。 

「閣下が、あんなに子供好きだなんて」
「しかもあのウサちゃんの装いは、閣下がピュルピュル・ラヴュに作らせたそうよ?」
「ウサちゃんといるイシュトファン様は、表情がやわらかくて……なんだか……」
「……素敵よね」
「というか、そもそも男前なのよね」
「そうなのよ。今までは『怖い』が優勢すぎて、近寄り難かったけれど」 
「なんだかんだでクリプシナ家のユーシア様には、良い縁談だったというわけね。親戚の子をあれほど可愛がるくらいだもの、妻となればどれほど大切にされることか」
「その幸運なユーシア様は、どちらにいらっしゃるの?」
「先に王都入りしているのじゃなくて? ご実家があるのですもの」

 レオンハルトの人気が急上昇したおかげで、ユーシアについても、みな好意的に解釈してくれる。
 しかしユーチアが一番嬉しいのはやっぱり、レオンハルトが本当に優しい人であると、みんながわかってくれることだ。
 その気運をさらに高めるために。

「着ぐるみ幼児がレオちゃまの魅力を引き立てるならば、僕はいくらでも着ぐるみを着て、みんなの前に出ていきまちゅ!」

 そう心に誓ったユーチアは、せっかく色違いで用意してくれた着ぐるみを活用し・レオンハルトの評価を爆上げし・さらにピュルピュル・ラヴュのデザインの宣伝にも貢献すべく、一石三鳥を狙って、着ぐるみで船内をトコトコ歩いているのだ。

 実はそんなユーチアが一番注目を集め、みんなを和ませ笑顔にさせている――なんてことには、本人は気づいていなかったけれど。
 
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