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第6章 変わりたいと願った

カエルのお姫さま

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 ある国に、ゲオルギーネという、賢く優しく美しい姫がいました。
 姫の父のヒエロニムス王は暴君で、三人いる兄王子たちも、父の性質を受け継いだ乱暴者ばかりです。
 姫だけが民の味方でした。ですから、民からも慕われています。
 王と王子たちはそれを妬み、なんと悪い魔女に頼んで、ゲオルギーネ姫をカエルにしてしまいました。

 醜いカエルの姿で城を追われた姫は、国境まで彷徨いボロボロになったところを、隣国の賢く優しく美しい、イェレミアス王子に拾われました。
 姫の事情を知ったイェレミアス王子は、姫を守ることにしました。
 王子もまた、陰湿な異母弟王子と継母に何度も命を狙われておりましたから、家族に苦労する者同士、意気投合したのです。

 姫は、優しい王子に恋をしました。でも自分はカエル。叶わぬ恋です。
 けれども、自分を救ってくれた王子に、せめて恩返しがしたい。
 そう強く願っていたとき、カエルの自分は魚たちと話せることに気づきました。
 するとなんと魚たちは、イェレミアス王子の暗殺計画を教えてくれたのです。

 姫はその計画を王子に伝え、彼の命を救いました。
 おかげで異母弟と継母を追放できた王子は、お礼に、姫に呪いをかけた魔女を捕まえました。
 王子は魔女に、姫にかけられた呪いの解き方を白状させました。
 こうして姫は、めでたく人の姿に戻ることができたのです。

 さらにイェレミアス王子は魔女に、姫の父であるヒエロニムス王と兄王子たちをイボガエルにするよう命じました。
 さらに魔女自身にも、ガマガエルになる呪いをかけさせました。

 イボガエルになった王と王子たちは、もう誰にもいばれません。うっかりしていると踏み潰されます。
 おかげで周囲と協力することを学んだ王と王子たちは、善政を施すようになりました。
 そののち、ゲオルギーネ姫とイェレミアス王子は結婚して――

「ちゅえ長く、ちあわちぇに暮らちまちたとちゃ。めでたち、めでたち。――と、いうおはなちでちゅ」

 就寝前に物語を聞く子供たちのように、黙ってユーチアの話に耳を傾けていた三人だが、最後まで聞き終えると深く考え込む表情になった。

「周囲の者たちは、イボガエルになった王に協力してやったのか……暴君のくせに人材に恵まれていたのだな」
「しかし姫君以外は人間に戻った様子がありませんから、子供向けのわりに容赦ないですよ?」
「ふむふむ、なるほど」

 レオンハルトとフランツは感想を言い合っているが、クレールはさらに夢中になってメモを取っている。
 ユーチアは小首をかしげて、そんな彼に訊いてみた。

「あのう、絵本の内容、何かのちゃんこうになりまちたか?」
「はい! 大変参考になりましたとも!」
「お、おお……」

 若干引くほど興奮気味に返されて、ユーチアはちょっとビクッとした。
 絵本について語っていたレオンハルトたちも目を丸くしているが、それすらクレールの眼中には無いようで。いつもの穏やかで理知的な印象はどこへやら、何かブツブツ呟いては「素晴らしい!」などと叫んでいる。
 それからようやく、大好物のおやつをもらう寸前の犬くらい目を輝かせて、ユーチアに視線を戻した。

「大変失礼いたしました。長く特殊魔法の研究をしてきましたが、故人の話を人づてに聞くか、すでに引退した職人の現役時代の想い出を伺うという事例ばかりでしたので……こうして今、現在! 特殊魔法の使い手を目の前にしてお話をさせていただいているのだと思うと、もう……感動で震えが止まりません!」
「そのわりにしっかりペンを持ってメモ取ってるじゃない」

 フランツの指摘に、「いえいえ、ほら」とクレールが見せた筆記帳には、確かに手が震えたらしく、虫が這ったような解読不能文字が走り書きされている。
 しかしペラリとページをめくったフランツが、「けど前のほうも全部おんなじ文字だよね」と呟き、ユーチアら三人は、それが彼の標準文字なのでは? という目でクレールを見た。が、彼はもう、そんなことにはかまっていられないようだった。

「では、ユーチア様から伺ったお話から考えられる、私の推測を聞いていただけますか?」
「「もちろん!」」
「お願いちまちゅ!」

 クレールの文字に気をとられていた三人も、一気に彼の話に釣られた。

「まずは絵本です。まさに『変身』が題材の内容です。私が推測しますに、おそらくリフテト子爵家には過去にも、ユーチア様のように躰が変わる魔法を使われた方が、いらしたのではないでしょうか」
「僕以外にもでちゅか!?」
「はい。そうでもなければ、資産家として名を馳せた子爵家のご当主でありながら、ご息女の忘れ形見に残したものが絵本だけというのは、あまりに不自然です」
「だが」

 レオンハルトが顔をしかめた。

「もしかすると、ほかにも贈りものはあったのに、金目のものは伯爵夫妻が横取りしてしまったということも考えられるのでは?」
「そうですね。嫁入りの支度金も、ユーシア様のためには使われませんでしたし」

 フランツも同意している。
 確かにそれはあり得るかもしれない。だがユーチアは、「でも」と二人を見た。

「お祖父ちゃまがハンナとレーネに、『必ず孫に渡ちてくれ』ってちゅたえたものは、あの絵本だけなのでちゅ」

 フランツがレオンハルトを見た。

「ご祖父様も幼児化して『渡ちてくれ』って言ってるとこ想像したら、可愛いですね」

 フランツの額を、レオンハルトが指で弾いた。
「いだっ!」と声が上がったが、クレールはかまわず話し続ける。

「私がこれまで調査した中で知った特異な魔法の持ち主は、平民の方ばかりでした。しかし貴族の中にもいないとは言い切れません。なんなら魔素具なしで魔法を行使できるレオンハルト様も、充分特異と言えましょう」
「うんうん」

 おでこを押さえながらフランツがうなずく。
 ユーチアもうっとりとレオンハルトを見上げた。

「レオちゃまは本当にかっこいいでちゅ」
「ユーチアの魔法のほうが、ずっとすごいじゃないか」
「……ダンゴムチ魔法がでちゅか?」
「ダンゴムシ魔法?」

 首をかしげたクレールに、「伸びたり縮んだりちゅるから、ダンゴムチ魔法でちゅ」と説明すると、「なるほど!」とさらに目を輝かせた。

「わかりやすさと遊び心を兼ね備えた、素晴らしい名称ですね!」
「えへへー。ちょれほどでもぉ」

 ユーチアは照れて鼻の頭を掻いたが、レオンハルトとフランツは「素晴らしいか?」「称賛する人もいるんですね」と眉をひそめている。
 クレールはそれも意に介さず、「例えばですが」と続けた。

「リヒテト家のご先祖様に、貴族なのに魔素を持たないと、神殿で判断された方がいらしたとします」
「僕みたいにでちゅね?」
「ええ、そうです。さらにユーシア様のように、そのご先祖様も、外聞が悪いという理由で世間から隠されていたと仮定しましょう。しかしその方も実は魔素がないわけではなく、強い衝撃を受けることで後天的に発動する魔素の持ち主だったと」
「そしてその魔法が、……えーと」

 言葉に詰まったレオンハルトに代わって、ユーチアがキリリと繋いだ。

「ダンゴムチ魔法だったと、仮定ちゅるのでちゅね!」
 
 クレールがにっこり笑った。
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