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第6章 変わりたいと願った

きっかけ

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 ユーシアに戻ったのも束の間、すぐにまた幼児に逆戻りしたユーチアだが、今回はそれほど驚きはなかった。また幼児になるかもしれないと、心の準備はしていたからだ。
 ……ようやくレオンハルトと夫婦らしくなってきたところなので、正直、幼児に戻ったと気づいた朝は、ベッドの中で「くぅっ!」と唇を噛んでうなだれたが……。

 だがなんとなく、理屈抜きで、またそのうちユーシアに戻れるだろうという確信があった。
 この躰の変化が本当に魔法によるものだとしたら、魔法を使えることを躰がおぼえた、と言えるかもしれない。意識して変化しているわけではないので、自在にとはいかないが。
 ただし、クレールは言っていた。

『ある程度の期間は、魔素具がなくても魔法を使えるのかもしれません。ですが……ユーチア様の魔素と魔法を安定させるためにも、その魔素具絵本は絶対に手元にあるほうが良いと思いますよ』

 つまり、魔素具なしで発動する特殊魔法には限りがあるということだろう。
 今ユーシアになったりユーチアになったりしているのは、クレールが言うところの『ある程度の期間』で、魔法切れまでの猶予期間。
 それ以降は魔素具が必要で、ユーチアにとっての魔素具とは、おそらく母方の祖父から贈られた絵本。
 それがなければ……

 ユーチアは自室の中でレモンタルト号に跨って、レオンハルトが迎えに来るのを待つあいだも考え続けていた。

「もちかちたら、大人にもどれなくなって、ユーチアのままで、止まってちまうかも」

 魔法で幼児になった身が、普通に成長できるのかもわからないし……
 もし成長できるとしても、せっかくレオンハルトの妻になれるというのに、正式に婚姻の届け出もするというのに、式も挙げてくれるというのに、今から十五年ほどをかけて成人するのを待つなんて、そんな悠長なことはしていられない。

 そんなにレオンハルトを待たせるわけにはいかないし。
 レオンハルトだって待ちくたびれて、その間にユーチアよりずっと素晴らしい人を見つけてしまうかもしれない。
 そうなったとしても、ユーチアには文句を言う資格はない。

 思考が悲しい方向に発展して、想像しただけでジワッと涙が浮かぶ。
 しかし、キッ! と顔を上げ、ハンドルを凛々しく握って、涙がこぼれる前に踏ん張った。

「泣いてる場合じゃないでちゅよ、ユーチア!」

 今日はこのあと、レオンハルトの仕事がひと段落つき次第、魔素研究所へ行く予定だ。クレールに、ユーシア化したことと、今後の方針を相談するために。
 それに王都に行けば……父や継母たちと顔を合わせることになるかもしれない。というか絵本を取り戻したければ、そうするしかないだろう。
 
 とうに家族の情など諦めていた。だが、いくら父マティスたちの裏商売を知ってしまったからといって、命まで狙われるとは思わなかった。
 あの凶行の日を思えば、マティスや継母キーラの残酷さに、身がすくみそうになるけれど。
 でも、もう以前の、鳥籠の中の自分とは違う。
 レオンハルトがいる。フランツやゲルダたちも応援してくれている。
 支えてくれる人たちのためにも、まずは自分でしっかり立たなければいけない。

「がんばれユーチア! はい、がんばりまちゅ!」

 自分で自分を励まし、レモンタルト号の上でこぶしを突き上げていたら、背中に視線を感じた。
 ギクシャクと振り返ると……
 いつのまにやら扉がひらいて、レオンハルトとフランツが、ぽかんと口をあけてユーチアを見ていた。


✦ ✦ ✦


「悪かった。謝る。今度から、もっと大きな音でノックするから。だから機嫌を直してくれ」

 前回と同じようにレオンハルトの馬に乗せてもらい、フランツら数人の騎士と共に魔素研究所に到着し、レオンハルトに抱っこして降ろしてもらって、副所長室でクレールを待つ今に至るまで、レオンハルトは何度も謝ってきた。
 そのたびユーチアも、うつむいたままプルプルと首を振って、「レオちゃまは悪くないでちゅ、レオちゃまに怒っているわけではありまちぇん」と言っているのだけど。

「僕は、僕はただ、自分が恥じゅかちいのでちゅ!」
「ちっとも恥ずかしくないじゃないか。自分を鼓舞していたのだろう? 大事なことだぞ」
「……本当に? じゃあ、じゃあ、レオちゃまも、同じようにちゅることがありまちゅか? ひとりで『がんばれレモンタルト! はい、がんばりまちゅ!』って、こぶちをちゅき上げたり、ちまちゅ?」
「……」
「ちょれをフランチュちゃんに見られても、恥じゅかちくないでちゅか?」
「……」

 目を逸らし、無言で額を押さえているのが、何よりの答えだ。
 ユーチアの目がうるうる滲んだ。

「わあぁん! やっぱり僕は恥かきっ子でちゅー!」
「恥ずかしくないって! 元気でよいことじゃないか!」
「うあぁん、恥かきっ子世にはばかるうぅぅ」
「それを言うなら憎まれっ子世に憚るだろう?」
「うあぁぁぁ」
「ほんとに恥ずかしくないぞ? むしろ可愛いと思ったのに」
「うああぁ……? か、可愛い……?」
「ああ、可愛い。何やっても可愛い」
「レ、レオちゃまぁ……ちゅきっ!」

 ガバッと胸に飛び込んだところへ、出入り口からクスッと笑い声が聞こえた。
 涙に濡れた顔をそちらへ向けると、クレールが「今日も仲良しさんですね」とニコニコ笑っている。彼の背後には、明らかに笑いをこらえているフランツも立っていた。
 ユーチアは、「がーん」と恥ずかしさのあまり硬直したまま呟いた。

「……これこちょ、恥の上塗り」
「違うだろう? 可愛いの上塗り」
「レオちゃまぁ」
「はいはい、切りがないからそこまでにしてください?」

 四人分の茶を運んできたフランツが、ユーチアたちが座る長椅子の向かいに座ったクレールの隣に、腰を下ろした。今日は彼も同席するらしい。
 ユーチアもきちんと座り直して、ぺこりと頭を下げた。

「ちちゅれい致ちまちた。クレールちゃん、お時間ちゃいていただき、まことにありがとおごじゃいまちゅ。今日もよろちくお願いいたちまちゅ」
「こちらこそ。あれから二度も元に戻られたそうですね。やはりユーチア様は、特殊魔法の持ち主なのでしょう。素晴らしいです!」
「しかしまたすぐに幼児に戻っている。ユーチアの躰に負担はないのだろうか」

 レオンハルトの問いに、クレールは申しわけなさげに頭を掻いた。

「特殊魔法であれば個人に合わせて発動するはずですから、問題ないのではと思われますが……なにせ前例がありませんので、なんとも」
「そうだな」
 
 レオンハルトはうなずき、今日の本題に入った。

「実はじきに、ユーチアと王都に行く」
「王都に。それは長旅ですね」
「ああ。船での移動を増やしたので、かなり短縮できるはずだが。その間、いつ元の姿に戻るかわからないというのが不安要素ではある」
「そうですね……」

 クレールは「うーん」と眉根を寄せ、黙って会話を聴いているユーチアに視線を移した。

「ユーチア様。これまでお姿が変わったときのことを、改めてよく思い出してみてください。何か共通して取った行動だとか、きっかけとなりそうなことは、ありませんでしたか?」
「共ちゅうの……」
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