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第3章 初デートにて

ちょっぴりお披露目

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 レオンハルトとフランツの二人がかりで、『なぜかユーシアが幼児化してユーチアになりました』と騎士たちに納得させ――
 正しくは、納得するには無理があるけれども、主君レオンハルトがこんな荒唐無稽な嘘や冗談を言う性格ではないとよくわかっている上に、もれなく子供をギャン泣きさせてきた主君に、愛らしい幼児が懐きまくっているという尋常でない事態に興味を惹かれ、ひとまず従うことにしたというのが正解のようだが――
 一行は、バイルシュミットの城下街へとやって来た。

 湖上に佇むアイレンベルク城は、背後を急峻な山と森に守られ、三方に湖を見渡す。街はその湖の河口付近から広がり、城から徒歩で行けないことはないが、かなり離れているので、馬か舟で移動するものらしい。
 
 本日は騎馬での移動だ。
 実はユーチアは、乗馬は初体験である。
 貴族なら普通は乗馬を嗜んでいるものだけれど、ユーシアにはその経験を積む機会が与えられなかった。嫁入りの旅もずっと馬車移動だったので、レオンハルトに抱き上げられ馬に乗せられたとき、最初はちょっと怖かった。

 けれどレオンハルトの腕の中にすっぽりおさまってみれば、怖さなどどこかへ吹き飛んだ。
 馬上から見る景色は見晴らしがよくて、アーチのように枝を広げる木々の葉も、いつもよりずっと近くに見える。梢を飛び交う小鳥たちとも目が合った。

 レオンハルトの完璧な手綱さばきと、パッカパッカと穏やかな足運びに揺られて、広い胸に背を預ける心地よさ。自然、ウトウト眠くなる。

「眠いか? 魔素研究所に着いたら起こしてやるから、寝ててもいいぞ」
「はっ!」

 ユーチアは目を開け、ぷるぷると顔を振った。

「いえ、寝てちまったら起こちてくだちゃい! レオちゃまとの初めてのデートで寝落ちなんて……ちぬまで泣いて後悔ちまちゅから」
「そんな大げさな。すでにあんだけ泣いたから疲れてるんだろう」

 図星だ。
 号泣というものは、なかなかに体力を消耗するのだ。

「うぅ……幼児めー」

 その声が聞こえたのか、フランツを含む騎士たちがクスクス笑う。
 ユーチアは恥ずかしくなり、ボッ! と頬を熱くしてうつむいた。が、レオンハルトに気にした様子はなく。

「じゃあ魔素研究所に着いたら、まずは元に戻る方法がないか訊いてみるか?」
「もちろんでちゅ!」

 ユーチアは小さなこぶしを握って、精いっぱい力強くうなずいた。
 このまま元に戻れなかったら……と考えるだけでも怖くて、不安でたまらない。
 それに小さいままでは、みんなに迷惑をかけてばかりだ。レオンハルトには変質者疑惑までかけている。
 何より、この姿のままでは、レオンハルトの妻にはなれない。
 優しい人だから約束を守って結婚してくれたとしても、いつかはやっぱり、大人の伴侶を望むだろう。

「うう……い、いちゅか、『やっぱり幼児なんてヨメにできっか!』と、気ぢゅいてはいけないちんじちゅに気ぢゅいたレオちゃまが、べちゅの人を『俺のヨメちゃん』て呼ぶところなんて……み、見たくないぃ」

 想像しただけで涙目になり、馬上で躰をねじってレオンハルトを見上げると、「へ?」と目をぱちくりさせている。

「張り切ってたのに、なぜ一瞬で落ち込んでるんだ?」
「ぼ、僕にもわかりまちぇん……もちやこれも、恋ゆえに?」
「どうなんだろう」

 首をかしげる仕草が格好よくて、「ちゅてき」と呟いたら、今まで胸を占めていた悲しみがトキメキに早変わりした。
 コロコロ変わる幼児の興味も、ときには役立つ。
 ユーチアはおとなしく前を向く姿勢に戻り、手綱を持つレオンハルトの右手に両手を乗せた。大好きな人に触れていられることが改めて嬉しくて、「えへへ」とひとりでニコニコする。
 そうこうする間にも、街の景色がどんどん近づいてきた。

 フランツに連れられて初めてこの地を訪れた際も、馬車の中から街を見てはいたけれど……こうしてレオンハルトと一緒に馬上から眺める光景は、ユーチアの目には何倍も輝いて見えた。

 何かを焼く香ばしい匂い。活気に満ちた店主と客の声。
 目抜き通りに並ぶ建物は、王都を出てくるとき目にしたものよりカラフルだ。赤や黄色や、青の石壁。それらもバイルシュミット特産の石らしい。
 道端にはまだ積雪が残っているけれど、道沿いにスイセンやクロッカスが咲き乱れ、街路樹のコブシの花がほころんでいた。
 
 ユーチアは目にしたことのないものばかりで、わくわくが止まらなくて、「あれはなんでちゅか?」と何度も何度も尋ねても、レオンハルトは嫌な顔ひとつせず、丁寧にひとつひとつ教えてくれた。
 そうこうしているうちに、レオンハルト一行に気づいた領民たちが、笑顔で集まってくる。

「レオンハルト様、ようこそ! ご視察ですか? ……って、あれ?」

 さりげなく騎士たちにガードされ、いつもと様子の違うことに気づいたらしき民たちが、さらに、レオンハルトの腕の中に子供がいることにも気づいた。
 彼らから見ても、レオンハルトが子供を同行しているのは、かなり珍しい光景なのだろう。

「あらあら、仔ウサギを抱っこされてるかと思いましたよ!」
「愛らしいご子息……ではないですよね?」

 興味津々、もの問いたげに口をひらく者も多かったが、レオンハルトがよく通る低い声で「すまん、急いでいるので後日また皆の店に寄ろう」と告げると、笑顔で道をあけてくれた。
 彼らの反応には、領主の辺境伯に対する敬意と親しみが見てとれた。レオンハルトは領民にも慕われているらしい。

 ユーチアは、レオンハルト大好き仲間である(と認定した)彼らにも挨拶したくて、でもまた余計なことを言いそうだしと迷い、そわそわとレオンハルトを見上げていたが……
 すぐにまた馬が歩き始めたので、こちらを見つめる人々に馬上からペコッと頭を下げた。

「ちゃ、ちゃよなら」

 舌足らずで恥ずかしいけれど、それだけ言って、にこにこ笑顔で手を振った。
 すると。
 少し間を置いて、「「「きゃーっ!」」」という興奮したような声が、背後で上がった。

「かかか可愛いーっ! 何あれ、何あれーっ!」
「やられた……一瞬にして魂レベルで癒された」
「やべえ。閃いた。俺あの子の饅頭作って売り出すわ。これは間違いなく大ヒット商品になる……!」

 ユーチアにはよく聞こえなかったが、レオンハルトがぽつりと「ユーチア饅頭」と呟くと、フランツたちがブフォッ! と同時に吹き出した。
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