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第1章 ちびヨメ爆誕

おヨメちゃんの決意

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 当たり前のことだが、当初フランツは、おちびになってしまったユーシアが「僕は本当にユーチア・クリプチナなのでちゅ」とどれほど主張しても、まったく信じてくれなかった。

 けれどクリプシナ家の系譜を五代前の先祖から暗唱したり、父と継母の特徴や、屋敷の使用人の名前、出入りしていた貴族の名などを挙げてみせると、フランツの表情が変わっていった。
 憐れな子供を見る目から、困惑と驚愕、そして探求者の目へと。

「クリプシナ家の家系図を調べさせてもらったよ。きみが挙げた名前はひと文字も間違っていなかった。クリプシナ伯爵夫妻の特徴も、俺が知る情報の範囲にはなるが一致している。よく出入りしているという貴族たちの名も、クリプシナ伯爵と親しい貴族派の者ばかりで信憑性が高い。そもそもきみのような小さな子が、こうした情報を齟齬そごなくスラスラと話せるというだけでも、捨て置くわけにはいかない事態だし」

 とりあえず目の前のちびっ子が、クリプシナ家の関係者であることは間違いあるまいと納得したフランツは、「じゃあ、クリプシナ家に送っていこうか?」と提案してきた。
 それも当然の流れだったろう。
 滞在中の宿から辺境伯領に向かうより、クリプシナ家に戻るほうがずっと近いのだから。だが……

「む、向かいまちぇん!」

 ちびユーシアは断固拒否した。
 なんなら拒否するあまり宿から飛び出そうとして、勇ましく駆け出した。しかし三歩で捕まり、「落ち着いて」と小脇に抱えられたけども。
 手脚をぱたぱたさせながら、懸命に訴えた。

「僕、僕は、おヨメちゃ……おヨメちゃんに、なるんでちゅから!」

 すでにあの屋敷に自分の居場所はないし、得体の知れない子供が詳細に伯爵家の事情を知っているとなれば、あの両親がどんな反応を示すことか。想像するだけで恐ろしい。
 それに何より、あの鳥籠のような場所には戻りたくない。

 外の世界は想像の何万倍も恐ろしいと、文字通り痛感した。
 けれど、死の間際に、『もっと勇気を出して行動すればよかった』と涙が出るほど後悔したことも、絶対に忘れない。
 広い世界が見たい。
 屋敷を出てからたった五日間の旅の最中にも、発見がたくさんあった。初めて見るもの、知ることだらけだった。

 それに……自分に同行してくれたばかりに災難に遭った、騎士や下僕たち。
 打ち解けて話せるようになってからは、草花の名前や、旅程で食べられる各地の名物料理、そして辺境伯領バイルシュミットについてなど、いろんなことを教えてくれた。
 辺境伯の人柄についても。


 ――妙な噂もありますが、あの方を直接知る騎士仲間たちから聞いたのは、『勇猛果敢で尊敬できる方だ』という話ばかりでしたよ――

 ――ですから、きっと大丈夫。ユーシア様はお幸せになれます。そのためにも、頑張って旅を続けましょう!――


 慣れない馬車の旅で、吐き気や躰の痛みと戦っていたユーシアを励ましてくれた。
 彼らの遺体や、入院中だという下僕については、フランツが各所に手配し手厚く対処してくれたけれど。
 ユーシアにできることは、あまりに少ない。
 だからせめて、彼らとの約束を守ると心に決めた。

 足がすくむほど恐ろしくても、泣きたくなるほど胸が痛んでも。
 もしもやり直せるなら、もう最初から諦めて自分を抑え込んだりしないと。そう渇望したあの瞬間を、骨に刻んで。
 頑張って旅を続ける。
 そして、イシュトファン辺境伯にも会うのだ。

「僕は、辺きょ伯ちゃまに、おヨメ入りちゅるために来まちた! だからクリプチナ家には戻りまちぇん、バイルチュミットに行きまちゅ!」

 すっかりちっちゃくなってしまった両こぶしを握って、泣きたくなるのをこらえながらそう訴えると、フランツは目を瞠ってしばし黙り込んでいたけれど……やがてフッと微笑んで、「わかった」とうなずいてくれた。

「ではこの俺、騎士フランツ・アーベラインが、バイルシュミットの主のもとまで、責任を持って花嫁を送りとどけよう」

 彼はその後も「念のため」と襲撃現場近辺にユーシアの捜索隊を残したり――やはりまだ、ユーシアの言葉を信じ切れてはいなかったのだろう――役所に届けを出したりして、あれこれ手配していたようだが。
 ユーシアは、ちびっ子になってしまった自分に慣れることで精いっぱいだった。
 それでも、打って変わって乗り心地の良い馬車での移動や、初めての船旅の中で、さらにいろんなことを話すうち、フランツはこう言ってくれるようになった。

「きみが本物のユーシア・クリプシナ様ではないと決めつけるより、本当にちびっ子になってしまったのだと思うほうが、無理がない気がしてきたよ」

 それはちびユーシアにとって、ぱあっと視界が明るくなったように感じられるほど嬉しい言葉だったけれど、それでも心配は尽きなかった。
 ゆったりと大河を下る大型船。
 その甲板に二人で並んで、キラキラ輝く水面を見ていると、心地良い風が前髪を掻き上げて、ちびユーシアの丸いおでこを全開にしていく。

「あの、フランチュちゃ、ちゃ、ん」
「『さん』が言えないんだね? ちゃんでいいよ」

 くすくす笑う彼は、本当に気遣い上手で優しい人だ。
 すでに何度も助けてくれたことに対する感謝の気持ちを伝えているが、そのたび、「お礼ならレオンハルト様に。あの方の指示がなければ、きみを迎えに行くこともなかったからね」と返ってくる。
 そんな彼のお言葉に甘えて、改めて「フランチュちゃん」と呼ばせてもらった。

「辺、きょー伯、ちゃまは、僕がユーチアだって、ちんじてくれるでちょうか」
「うーん……すぐには信じないだろうなあ」
「僕、ちんじてもらえるまで頑張りまちゅ!」
「うん、頑張れ! ……あ、でもその前に、レオンハルト様に関する注意事項があります」
「注意……?」

 急に教師のように改まったフランツに小首をかしげると、「なんだか子ウサギを見てるようだ」とフランツの顔がほころんだ。

「レオンハルト様は、愛らしいユーシア様と真逆で、見た目がとても怖いんだ」
「見た目……でちゅか?」
「正確には、目つきが怖い。飢えた猛獣並みと言っても過言ではない。いや、俺たちみたいに見慣れていれば気にならないし、普通に格好いい人だと思うんだよ? でも初めて見る子供はまず間違いなくギャン泣きするから……」
「だいじょぶでちゅ! 僕は子供ではありまちぇんから!」

 ちびユーシアは、ぽふんと薄い胸を叩いた。

「辺きょ伯ちゃまは命の恩人でちゅ! 恩人のおめめがこわいくらいで、泣いたりちまちぇんよ! だいじょぶでちゅ!」


✦ ✦ ✦


 ――そして、現在。

「なるほど。では本当にきみは、ユーシアくんなわけだね? ユーチアくん」
「は、い。ゆ、ユーチアな僕なわけでちゅ……」

 話し終えたユーチアをじーっと見つめるレオンハルトを前に、ユーチアの瞳に浮かんだ涙は決壊寸前だった。
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