強欲な俺から、無欲な君へ贈る

おしゃべりマドレーヌ

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4.欲しい物

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「それで? お前は一体いつまで待たせたいんだ」
「……あと少し」
「はぁ……まぁ、いい。多少は融通してやるが、そろそろ皇女殿下もしびれを切らす頃だぞ」
「はい」
 あれから、国境警備の仕事を数日して家に戻ると、ライオネルは普段通りだった。そのおかげで謝罪もできずにいる。
 ライオネルの『欲しい物』は未だ見つかっていなかった。タイムリミットが近づいている。離縁のお詫びとして、伴侶の欲しがる物を見つけて贈ってやりたいのだと説明すれば、王太子も、皇女殿下も納得はしてくれた。当初予定していた半年を過ぎても、ライオネルの欲しい物が見つからなかったので結婚の時期が少し伸ばされた。
 数カ月が経って、もう理由がなくともライオネルは街中へ付き添うようになっていた。
 今はもうグレンが誘導しなくても、好きな物を好きだと言えるようになっている。
 食べ物で言うなら好きなのは甘すぎないもの、柑橘系が好きらしい。それから魚よりも肉が好きだと言う。本も、今までは仕事に使う本しか読んでいなかったが、いくつかグレンが贈った本を読んで、ミステリー小説を好むようになっていた。推理をするのが好きだと言う。ここ数カ月で、随分とライオネルの『好き』はこの世に増えたのに、一向に『欲しい物』は出てこない。
 異国の珍しい宝石を取り扱う宝石商を呼び寄せても、半年並ぶと言われる菓子店の菓子を用意しても、そのどれもをライオネルは欲しがらない。
 けれど、以前と違うのは、グレンが「欲しい物は見つかったか」と聞くと、明確に「いいえ」と返って来るようになった。
 困った素振りもない。欲しい物が選べないわけではなさそうだった。この半年で好きな物を、好きと言う事を知って、嫌いな物を嫌いだと言えるようになった。後は好きな物の中から、手に入れたい物を強請るだけだ。どんな高価な物でも良いと言ってある。手に入らないような物でも、言ってみろと言っているのに、そのどれもにライオネルは首を横に振る。
 まるで欲しい物が『無い』事を、決めているかのようだった。
(もう時間が無い……)
 いつまでも、ライオネルに付き合ってやれるわけじゃない。
 このままではいずれ、ライオネルの欲しい物が決まったら買ってやってくれとでも執事に言い残してこの国を去る事になってしまう。結論としては同じだ。ライオネルが欲しい物を手に入れて、それを手に入れる。けれど、ライオネルが欲しい物を手にした瞬間を、この目で見られないのは嫌だった。
「ライオネル」
「はい」
 ここ数カ月で随分と表情が明るくなった気がする。
 いつも古びた暗い色の服ばかりを身にまとっていたのに、グレンが買ってやった服を着るようになって妙に華やかに見えるようになった。元より見目の良い男だった。背筋がぴんと伸びて、爪の先まできれいに整えられた、仕草の洗練された姿は美しい。グレンが話しかけた事に応じるように、持っていたシルバーのカトラリーをテーブルに置いて、ゆっくりとこちらを見上げた。
「…………王太子殿下に呼び出されて、そろそろ、隣国へ行く日が近いと言われた。だから……」
「『欲しい物』、ですよね」
「……ああ、そうだ。欲しい物があれば、遠慮なく……」
「では、琥珀のペンダントをください」
 驚いて視線を合わせる。少し下にあるライオネルの表情は、見た事のない物だった。
「ほら、以前、当家に呼んで頂いた宝石商の方が持ち合わせていたでしょう。アレが欲しいです」
「え」
「なんでも下さるって言いましたよね」
 欲しい、と言われたペンダントには覚えがある。珍しく、じっくりとライオネルが見ていた物だ。
 あの日、「欲しいのか?」と尋ねたはずだがその時は「いえ」とそれだけしか返事がなかった。少し前のことでも覚えていたという事は、やはり気に入っていたのか。
「……わかった、取り寄せよう。少し前に持ってきていた物だったから、もう無いかもしれないが」
「あれが欲しいです」
 お願いしますね、と言ったライオネルは、そのまま視線をテーブルへと戻した。
 そっとナイフとフォークを手に取って、食事を続けるライオネルとはもう視線が交わらない。
(…………お前が欲しい物は、本当にそれか?)
 まるで用意されていたかのような返答だった。ひとつの迷いも無い。
 グレンは自分が酷くショックを受けている事に気が付いた。あれほど何も欲しくないと言っていたライオネルが、人生で初めて欲しいと口にするものは、きっともっと想像が出来ないほどいい物だろうと思っていたのだ。それは勝手なグレンの思い込みだ。何を欲しがろうとライオネルの自由だ。グレンだって、ライオネルが何を欲しがれば自分が納得できるのかわからないのだ。
 けれど、なんとなく、それじゃない、という気持ちがある。
「なぁ、ライオネルはあのペンダントの何が気に入ったんだ」
「……っ、……」
 それは何となくの問いかけだった。会話としても自然だっただろう。
 それなのに、目の前のライオネルは不可解なほどに動揺していた。動揺して手元にあったフォークを側のグラスに当ててしまって、慌ててグラスを抑えている。
「…………あの、ペンダントが、本当に欲しい物なんだな?」
 それはある種の確信だった。
「……そうです」

(ライオネルは嘘をついている)
 今日の仕事は王太子殿下の市街地見回りへの同行だった。
 普段からよく市街地へ顔を出しているおかげで、市民も皆気さくに話しかけてくる。特別に厳重な警備はするなと言われているから、グレンも出来る限り軽装で側についている。
 この辺りはよくライオネルを連れて歩いた場所だった。本屋も菓子屋も、昔からある雑貨屋も、ひとつひとつ連れて歩いたおかげで随分とこの街に詳しくなった。最初の頃はグレンの後ろに隠れるようにして歩いていたのに、近頃はライオネルがあれを見てみたい、これを見てみたいと言うようになっていた。
 興味が出てきたのは良い事だ。けれどライオネルはどちらかと言うと物に興味を示しているより、どうしてそれがそこにあるのかに興味があるようだった。
 ここの所若い女の子に人気だから、雑貨屋にこれが置いてある、逆に若い女の子のいきそうな店に、若い男が好みそうな物を置いておくことでデートスポットになるという、人間の動きの原理が面白いのだと、それを想像するのが楽しいと言っていた。
 嘘だとしても、じゃあなんでペンダントが欲しい等と言ったのだろうか。
 宝石商を家に呼んだ時もそれほど強く興味を示していたわけでもなかった。
 グレンの周りは強欲な人間が多い。貴族社会と言う事もあるが、それ以上に、特に家の人間を見ていると『欲しがる』人間の様子はよく目にする事がある。アレが欲しい、これが欲しい、と口にする人間の瞳は、言葉以上に雄弁だ。そういう人間と比べると、やはりライオネルの反応は違和感がある。
「グレン、お前ぶつかるぞ」
「うわっ……」
 顔をあげると目の前に壁があった。どうやらぼんやりしすぎていたらしい。同僚に小突かれて、考えることを一旦やめる。
(『本当に欲しい物』を贈ってやりたいだけなのに)
 たぶん、これは贖罪だと言いながら、グレンはライオネルに喜ばれたいのだ。
 これが欲しかった、嬉しい、と言わせたい。
 離縁しようと言ったのは自分のくせに、そんな事を心の奥底で願ってる。

「なぁ、ライオネル」
「はい」
 もう恒例となった夜のサロンでの休憩時間も、今では随分と話が弾むようになった。今日は庭師と庭の手入れをしたのだと教えてくれるライオネルの口調は穏やかだ。今なら教えてくれるだろうか、と、もう一度、祈るような気持ちで尋ねてみる。
「……お前の、本当に欲しい物を教えてくれ」
 手に持っていたカップを、そっと側のローテーブルに置いて、ライオネルは視線を外す。
「言ったじゃないですか」
「ペンダントも、持ってこさせる。欲しいなら用意しよう。でも、お前、本当はもっと欲しい物があるんじゃないのか」
 それは祈りで、願いでもあった。
(例えば、俺が隣国に行く日を遅らせなくていいように、とか)
 仕事のできる男だ。それによく細かい事に気が付く男だった。
 たった四年、しかもそのうちの殆どは話をした事もない相手だったのに、このところ一緒にいる機会が増えて、知らなかった事を知った。グレンが名前を呼べば嬉しそうにする事も、心を許した相手になら、たまに笑うところも、以外とぬけていて、自分で自分のした事に驚いているところも、何もかも最近知ったことだ。きっともっと過ごす時間が長ければ、更にライオネルの魅力に気づくに違いない。
 可愛いと思っている。
 幸せになって欲しいと思っている。
 いずれ、グレン以外の誰かと一緒になる。そうしようと、自分がしている。もうおおよそ、ライオネルの新しい相手の目星はつけていた。爵位はそれほど高くないが優しそうな年下の男や、深窓の御令嬢、グレンよりも年上の男。選んだ基準は、ライオネルの話をじっくり聞いてくれそうな相手かどうかだ。
 どうか怯えずに、欲しい物を欲しいと言って過ごせるようにしてやりたい。
 どうか、次の相手は、グレンのようにライオネルを放置せず、最初から優しくしてくれる相手がいい。それに、欲しいと言った物を、笑わずに一緒に欲しがってくれるような相手がいい。そんな事ばかり言っていたら、『お前、娘を嫁に出す父親のようだな』とアルベルトに言われてしまった。
 そのくらい大切に想っている。そのくらい大切になってしまった。
 だからこそ、初めてライオネルが本当に欲しい物を贈るのは、自分がいいと思っている。
(喜ばせたい)
 ライオネルの為だったはずが、いつの間にか、自分の都合になってしまっていた。
 もしかしたら、ライオネルにとっては迷惑な事なのかもしれない。
 
「……言っても、手に入らないので」
 
 静かな声で言われた言葉に、一瞬時が止まったかのような静寂さが訪れた。
「…………欲しい物があるのか」
「はい」
「それは、俺には教えられない?」
「……はい」
 しっかりとグレンの瞳を見据えて、今度こそはっきりと頷いた。
 その目を見て、そこに嘘は無いのだと思い知らされる。
「…………お前には、どうでもいい事かもしれないが、……自分勝手な事だとは思うが、俺は、お前が本当に欲しがる物を最後に贈りたい」
「ふ、すみません」
 言葉にすれば、思った以上に悔しそうな声が出てしまった。それを聞いてライオネルが笑う。
「どうしても、教えてくれないのか」
「ええ」
「……手に入れたいんだろう? 俺なら手伝える」
 悪戯が成功したかのように笑う姿を初めて見た。
(知りたい)
 何を彼が求めたのか、何を求めて、何を諦めようとしているのか。
 大抵の欲しい物は手に入れてきた人生だ。手伝えると言ったのだって嘘じゃない。本気でそう思っている。
「…………いいんです、手に入らないので」
「いいから、言ってみろ。何とかしてやる、絶対に」
「……絶対に?」
 そう言ったライオネルの瞳は、まだ信じていないようだった。
 けれど、これはもうグレンの意地だ。男の矜持と言ってもいい。ここまで焦らされれば、何がなんでも手に入れて贈ってやろうと、そう言う気になる。実際、それができるだけの人脈も、ツテも、金も持っている。大抵の物は手に入れられるだろう。
「絶対、だ」
 そう言い切ると、目の前に座るライオネルは少しだけ考えるそぶりをして、それからため息をついた。
 それからゆっくりと立ち上がって、グレンの前に立つ。グレンも立ち上がったほうが良いのかと、つられて立ち上がろうとしたら、肩に手を置かれて、そのままで、と言われた。
 一体何が、と顔をあげた所で、柔らかい物が唇に触れた。

「……っ、欲しいものが、『貴方』だとしても、くれますか?」

 
 


 


 
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