3 / 4
#3 メランコリック・ハートビート
しおりを挟む
「え」
「すみません、遠征でしばらく不在になります。あの、何か不便があれば、ローデルヒにお申し付けください」
騎士団が遠征に行くことはよくある。国境沿いの警備体制の見直しだとか、盗賊との小競り合いを鎮圧しにいくとか、その理由は様々だ。けれど何も、騎士団長が行くほどのものなのだろうか。それほど重大な事態なのだろうか。
ここの所、急にアベルの遠征が増えていた。
「…………いつまで」
「……一週間、……いや、ひと月は掛かるかもしれません」
おかしい。
そんなに騎士団長に遠征が入るはずがない事くらい、知っている。
と言う事は、わざと遠征に行くようにしているのだ。
(これは……避けられている)
どことなく気付いていた事だった。
この間の遠征以来、アベルの距離が遠くなったことに、気付かないフリをしていた。
それはあの兵舎の前で、騎士団の隊員が言っていた、『ディアナ嬢』と話したというあの遠征以来、家にいない事が増えていることに気付かないフリをしたかった。
遠征から帰って来れば、仕事から戻れば、いつだって嬉しそうにエレノアを見つけて走って来て抱き上げていたのに、ここ最近は、そんなこともしなくなってしまった。
声を掛ければ、顔を合わせれば挨拶をするけれど、それだけだ。
ただいま戻りました、と、気まずそうな顔をして言われるそれに、エレノアが気付かない馬鹿だとでも思われているのだろうか。この距離に気付かないほどの愚か者だと思われているのだろうか、アベルの気持ちがエレノアに向かなくなっても、気が付けないほどの、鈍感だと思われているのだろうか。
「え、うわっ、エレノア様……⁈」
腹が立って仕方が無かった。
アベルだけが、アベルが唯一、エレノアを許してくれるのだと信じていた。
唯一、ずっと愛してくれて、ずっと好いてくれているのだと勘違いしていた。
例えそれが恋愛の愛情じゃなくても、
(……そんなわけがないのに)
「……黙ってて」
こんな事をしたいわけじゃない。
アベルをベッドに押し倒して、馬乗りになった。
エレノアだって、男なのでそれなりに力は強い。アベルはきっと、簡単に突き飛ばせるだろうに、戸惑っているのか柔らかくエレノアの肩を掴むだけだった。
こんなことは無意味だとわかっている。肩を触れられるのですら久しぶりで、嬉しくて泣きそうになりそうだなんて、アベルは知らないのだろう。
きっと、間違っている。間違ってるとわかっている行為を押し通すのは恐ろしくて指先が震えていた。恐ろしくて、吐き気がした。
けれど、こんな事でもしないと、アベルを繋ぎ止められる自信がない。
「エレノア様……!」
「っ……」
押し倒して、ひとつも反応していないアベルの下肢に触れて、無理矢理下着を脱がせて、力なく項垂れているペニスに触れる。びくり、とアベルが揺れた。
ようやくエレノアの意図に気が付いたのだろう。
エレノアの指先がもう一度ペニスに触れようとした途端、感じた事がないくらいの強い力で、手首を押さえつけられた。力を入れてもびくともしない。
「こんなこと、しなくていいです」
アベルはどんな顔でこちらを見ているのだろうか。
顔を合わせられるわけもない。
おかしい事をしている。間違ったことをしている。そんなのは、エレノアが賢い人間でなくともわかるようなことだった。
けれどもうエレノアにはどうしていいかわからなかった。
「エレノア様、やめてください」
聞いた事もない強い口調で言われて、頭が真っ白になった。
ゆっくりと手を引けば、アベルが寛げたトラウザーズを元に戻していく。明確な拒否だった。触れられたくないと、言われたも同然だった。
「……エレノア様、あの、」
「…………っ、もういい……!」
そのままアベルの顔も見ずに自室へと戻って扉を閉めた。鍵は閉めなかった。
アベルが追いかけたいと思えば、追いかけて来れる状態だったけれど、結局アベルはその日、エレノアの部屋を尋ねなかった。
結局は期待していたのだ。いつものように、甘やかしてもらえると、追いかけて抱き上げて貰えることを期待していた。
ぼたぼたぼたと、大粒の涙が頬を伝って床へと落ちていく。
(きっともう、嫌われてしまった)
あんなに冷たいアベルの声は聞いたことが無かった。アベルからすれば、面倒を見てやってた相手に突然、あんな事をされていい迷惑だっただろう。
せめて、せめて、性的な行為をすれば、繋ぎとめられるかもしれないと、そんな事を思ったのだ。そんなわけがないのに。
けれどもうどうしようもなかった。
何を言っても、何をやっても、きっとアベルは、エレノアの元を離れていく。
「………………どうしよう」
きっと、アベルは、遠征から戻ってきてもエレノアに今までと同じように接するだろう。そういう男だ。そうして今日のエレノアの奇行を無かったことにするに違いない。
無かった事にされて、今まで通りだ。
けれどきっと、その頃にはもう、アベルの気持ちは完全にここには無いのだろう。
(もっと、もっと早く、素直になれていたら違ったんだろうか)
「すみません、遠征でしばらく不在になります。あの、何か不便があれば、ローデルヒにお申し付けください」
騎士団が遠征に行くことはよくある。国境沿いの警備体制の見直しだとか、盗賊との小競り合いを鎮圧しにいくとか、その理由は様々だ。けれど何も、騎士団長が行くほどのものなのだろうか。それほど重大な事態なのだろうか。
ここの所、急にアベルの遠征が増えていた。
「…………いつまで」
「……一週間、……いや、ひと月は掛かるかもしれません」
おかしい。
そんなに騎士団長に遠征が入るはずがない事くらい、知っている。
と言う事は、わざと遠征に行くようにしているのだ。
(これは……避けられている)
どことなく気付いていた事だった。
この間の遠征以来、アベルの距離が遠くなったことに、気付かないフリをしていた。
それはあの兵舎の前で、騎士団の隊員が言っていた、『ディアナ嬢』と話したというあの遠征以来、家にいない事が増えていることに気付かないフリをしたかった。
遠征から帰って来れば、仕事から戻れば、いつだって嬉しそうにエレノアを見つけて走って来て抱き上げていたのに、ここ最近は、そんなこともしなくなってしまった。
声を掛ければ、顔を合わせれば挨拶をするけれど、それだけだ。
ただいま戻りました、と、気まずそうな顔をして言われるそれに、エレノアが気付かない馬鹿だとでも思われているのだろうか。この距離に気付かないほどの愚か者だと思われているのだろうか、アベルの気持ちがエレノアに向かなくなっても、気が付けないほどの、鈍感だと思われているのだろうか。
「え、うわっ、エレノア様……⁈」
腹が立って仕方が無かった。
アベルだけが、アベルが唯一、エレノアを許してくれるのだと信じていた。
唯一、ずっと愛してくれて、ずっと好いてくれているのだと勘違いしていた。
例えそれが恋愛の愛情じゃなくても、
(……そんなわけがないのに)
「……黙ってて」
こんな事をしたいわけじゃない。
アベルをベッドに押し倒して、馬乗りになった。
エレノアだって、男なのでそれなりに力は強い。アベルはきっと、簡単に突き飛ばせるだろうに、戸惑っているのか柔らかくエレノアの肩を掴むだけだった。
こんなことは無意味だとわかっている。肩を触れられるのですら久しぶりで、嬉しくて泣きそうになりそうだなんて、アベルは知らないのだろう。
きっと、間違っている。間違ってるとわかっている行為を押し通すのは恐ろしくて指先が震えていた。恐ろしくて、吐き気がした。
けれど、こんな事でもしないと、アベルを繋ぎ止められる自信がない。
「エレノア様……!」
「っ……」
押し倒して、ひとつも反応していないアベルの下肢に触れて、無理矢理下着を脱がせて、力なく項垂れているペニスに触れる。びくり、とアベルが揺れた。
ようやくエレノアの意図に気が付いたのだろう。
エレノアの指先がもう一度ペニスに触れようとした途端、感じた事がないくらいの強い力で、手首を押さえつけられた。力を入れてもびくともしない。
「こんなこと、しなくていいです」
アベルはどんな顔でこちらを見ているのだろうか。
顔を合わせられるわけもない。
おかしい事をしている。間違ったことをしている。そんなのは、エレノアが賢い人間でなくともわかるようなことだった。
けれどもうエレノアにはどうしていいかわからなかった。
「エレノア様、やめてください」
聞いた事もない強い口調で言われて、頭が真っ白になった。
ゆっくりと手を引けば、アベルが寛げたトラウザーズを元に戻していく。明確な拒否だった。触れられたくないと、言われたも同然だった。
「……エレノア様、あの、」
「…………っ、もういい……!」
そのままアベルの顔も見ずに自室へと戻って扉を閉めた。鍵は閉めなかった。
アベルが追いかけたいと思えば、追いかけて来れる状態だったけれど、結局アベルはその日、エレノアの部屋を尋ねなかった。
結局は期待していたのだ。いつものように、甘やかしてもらえると、追いかけて抱き上げて貰えることを期待していた。
ぼたぼたぼたと、大粒の涙が頬を伝って床へと落ちていく。
(きっともう、嫌われてしまった)
あんなに冷たいアベルの声は聞いたことが無かった。アベルからすれば、面倒を見てやってた相手に突然、あんな事をされていい迷惑だっただろう。
せめて、せめて、性的な行為をすれば、繋ぎとめられるかもしれないと、そんな事を思ったのだ。そんなわけがないのに。
けれどもうどうしようもなかった。
何を言っても、何をやっても、きっとアベルは、エレノアの元を離れていく。
「………………どうしよう」
きっと、アベルは、遠征から戻ってきてもエレノアに今までと同じように接するだろう。そういう男だ。そうして今日のエレノアの奇行を無かったことにするに違いない。
無かった事にされて、今まで通りだ。
けれどきっと、その頃にはもう、アベルの気持ちは完全にここには無いのだろう。
(もっと、もっと早く、素直になれていたら違ったんだろうか)
73
お気に入りに追加
159
あなたにおすすめの小説
婚約破棄に異議を唱えたら、王子殿下を抱くことになった件
雲丹はち
BL
双子の姉の替え玉として婚約者である王子殿下と1年間付き合ってきたエリック。
念願の婚約破棄を言い渡され、ようやっと自由を謳歌できると思っていたら、実は王子が叔父に体を狙われていることを知り……!?
パン屋の僕の勘違い【完】
おはぎ
BL
パン屋を営むミランは、毎朝、騎士団のためのパンを取りに来る副団長に恋心を抱いていた。だが、自分が空いてにされるはずないと、その気持ちに蓋をする日々。仲良くなった騎士のキトラと祭りに行くことになり、楽しみに出掛けた先で……。
番だと言われて囲われました。
桜
BL
戦時中のある日、特攻隊として選ばれた私は友人と別れて仲間と共に敵陣へ飛び込んだ。
死を覚悟したその時、光に包み込まれ機体ごと何かに引き寄せられて、異世界に。
そこは魔力持ちも世界であり、私を番いと呼ぶ物に囲われた。
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
【完結】悪妻オメガの俺、離縁されたいんだけど旦那様が溺愛してくる
古井重箱
BL
【あらすじ】劣等感が強いオメガ、レムートは父から南域に嫁ぐよう命じられる。結婚相手はヴァイゼンなる偉丈夫。見知らぬ土地で、見知らぬ男と結婚するなんて嫌だ。悪妻になろう。そして離縁されて、修道士として生きていこう。そう決意したレムートは、悪妻になるべくワガママを口にするのだが、ヴァイゼンにかえって可愛らがれる事態に。「どうすれば悪妻になれるんだ!?」レムートの試練が始まる。【注記】海のように心が広い攻(25)×気難しい美人受(18)。ラブシーンありの回には*をつけます。オメガバースの一般的な解釈から外れたところがあったらごめんなさい。更新は気まぐれです。アルファポリスとムーンライトノベルズ、pixivに投稿。
騎士隊長が結婚間近だと聞いてしまいました【完】
おはぎ
BL
定食屋で働くナイル。よく食べに来るラインバルト騎士隊長に一目惚れし、密かに想っていた。そんな中、騎士隊長が恋人にプロポーズをするらしいと聞いてしまって…。
【完結】僕は、妹の身代わり
325号室の住人
BL
☆全3話
僕の双子の妹は、病弱な第3王子サーシュ殿下の婚約者。
でも、病でいつ儚くなってしまうかわからないサーシュ殿下よりも、未だ婚約者の居ない、健康体のサーシュ殿下の双子の兄である第2王子殿下の方が好きだと言って、今回もお見舞いに行かず、第2王子殿下のファンクラブに入っている。
妹の身代わりとして城内の殿下の部屋へ向かうのも、あと数ヶ月。
けれど、向かった先で殿下は言った。
「…………今日は、君の全てを暴きたい。
まずは…そうだな。君の本当の名前を教えて。
〜中略〜
ねぇ、君は誰?」
僕が本当は男の子だということを、殿下はとっくに気付いていたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる