俺が白月蒼子を嫌う理由

ユウキ ヨルカ

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振替休日が開けて迎えた水曜日。
その日は、夜が終わって朝が来るように、冬が過ぎて春が来るように、いつもと何ら変わらぬ顔をして当たり前にやって来た。

輪郭のはっきりとしない太陽が街行く人々を明るく照らし、歌でも歌っているかのような雀のさえずりは、1日の始まりを告げるファンファーレにも聴こえる。

そんな清々しい朝の凪ノ宮高校正門前では、未だ完全には文化祭の余韻が抜けきらない生徒の姿が多く見受けられた。
俺はそんな生徒たちが作り出す流れに従って昇降口へ進むと、そのまま自分の教室がある東棟2階へと向かう。


窓や壁に貼り付けられていた色とりどりの装飾品は、文化祭最終日に全て綺麗に片付けられ、廊下には真っ白な日常が漂っているだけ。

……あぁ、そうだった。確かにこんな感じだったな。

俺はそこでようやく、普段の学校の雰囲気というものを思い出した。
夏休みが明けてからもしばらく文化祭の準備が続き、非日常に慣れつつあったこともあって、この真っ白な雰囲気がなんだか少し懐かしい。

そんなことを考えながら廊下を進み、2-2のプレートが貼られた教室の前でぴたりと立ち止まると、引き戸に手を掛けて扉を静かに開けた。


時刻は8時15分。

始業の鐘が鳴るまで、まだ少し時間があることもあって、教室内には元の半数程度の生徒しか見当たらない。
俺はそんな教室内を見回しながら前方の席に腰掛ける男子数名と軽く挨拶を交わし、窓側後方2番目の席へと向かう。

そうして、持っていた鞄を机脇のフックに掛け自分の席に腰掛けると、教室の中央から2人組みの男子生徒がやってきて口を開いた。


「よっ、晴人」

そう言って右手を上げ、俺の前の席に深々と腰掛ける男子生徒は天童輝彦。夏はもう終わったっていうのに、未だに夏服を着ているやつなんて、クラスでもこいつくらいだろう。……いい加減、上着持って来いよ。

そんな事を思いつつ短い挨拶を返すと、輝彦の隣に立って柔和な笑みを浮かべる少年——、霞ヶ原誠が同じように挨拶を口にした。


「おはよう、晴人」

「おう」

「晴人は振替休日、どこかに出かけたりした?」

「……あぁ、天文部全員でちょっと隣の県までな」

「へぇ、そうなんだ。何をしに行ったの?」

単純な興味本位でそう尋ねられた俺は、少し考える。


……何をしに行ったのか。

答えは簡単。

『俺たちは柏城翔太の妹、美咲の墓参りに行った』


けれど、事情を深く知らないやつにそれを言っていいものだろうか。
……いや、やっぱり不用意に話をする内容でもないだろう。

そうした結果、俺は「蒼子の古い友人に会いに行った」とだけ2人に伝えることにした。


「そうなんだ。白月さんの……」

少し驚いたような反応を示す誠。

普段、俺や葉原以外とは基本的に行動を共にしない。それがクラスの……いや、彼女を知る大半の者が想像するであろう白月蒼子の姿だ。だから、彼女と『友人』というワードが上手く結びつかないのも納得できる。

まるで氷で出来た華のように美しく、冷たく、そして近寄り難い。

それが『天才 白月蒼子』の持つイメージ。


……けれど、これからはきっと、そんなイメージも少しずつ変わっていくはずだ。

俺はそんな事を考えながら、ふと廊下側前方2番目に座る彼女にそっと目を向ける。


いくつもの夜を封じ込めたかのように、黒く静かな長い髪。

雪で出来た人形を彷彿とさせる、白く端正な横顔。

手元の開いた文庫本に向けられる、氷のように透き通った瞳と長い睫毛。


そんな、普通とは遠くかけ離れた存在にも思える少女に向かって、クラスのとある女子生徒が何やら声をかけ出した。

少しの間、緊張で強張っていた女子生徒の顔は、彼女と話を進めるうちに元の暖かみのある表情に戻っていく。


一体何を話しているのか、ここからではよく聞こえない。
けれど、そんな彼女たちの元へ1人、また1人と引かれるように女子生徒が集まっていく。


それは、少し前だったら想像も出来なかったような、奇跡にも近い光景だった。
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