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そうして階段状になっている通路を上り、色とりどりの花や菓子が供えられた墓石の前をいくつか通り過ぎると、どこからか漂ってきた線香の香りが微かに俺の鼻腔をくすぐった。
どうやら俺たちが来る少し前に、誰かがこの場所を訪れたらしい。
すると、それまで両手で抱えるように花を持ち先頭を歩いていた蒼子が、とある墓石の前でぴたりと足を止めた。それに続いて、葉原と俺も足を止める。
「ここよ」
そう言って蒼子が向ける瞳の先には、まるで俺たちが来るのを待っていたかのように黒色の墓石がひっそりと佇んでいた。
竿石には「柏城家之墓」の文字が丁寧に彫刻され、そのすぐ隣の墓誌には「柏城美咲」の名前と享年が記されてある。
「ここが……」
そう声が溢れる。
……柏城美咲。
俺は彼女がどんな風に笑うのか、どんな声で話すのか、どんな仕草で感情を表に出すのか、よく知らない。
唯一俺が知っているのは、彼女が絵を愛していたということだけ。
だから、こうして彼女の墓前に立っても、何か大きな感情に心が支配されるということはなかった。それはきっと、葉原も同じだろう。
けれど、蒼子は……蒼子だけは、生前の彼女を知っている。
今もこうして落ち着いた表情をしているが、俺や葉原にはいくら考えても分からないような、沢山の感情が胸の中で渦巻いているはずだ。
「……蒼子ちゃん」
「えぇ」
蒼子は葉原の声にそう返事を返すと、持っていた花を彼女の墓石の花立にそっと供え、それから3人で、持ってきた線香に火をつけて香炉に立てた。秋晴れの空の下を吹く風が、線香の香りを辺りに運ぶ。
俺たちはそんな線香の煙に包まれながら、彼女の墓前で手を合わせ静かに目を閉じる。
すると、隣に立つ蒼子は足を1歩前に出し、墓石と目線を合わせるかのように腰を屈めたかと思うと、まるで彼女に向かって語りかけるかのように静かに話を始めた。
「——久し振りね、美咲さん」
旧友との再会を懐かしむように目を細め、彼女の名を呼ぶ蒼子。
俺と葉原はそんな蒼子の背後に移動し、静かに彼女たちの会話に耳を傾ける。
「来るのが遅くなってしまって、ごめんなさい。本当なら、もっと早くに来るべきだったはずなのに……本当に、ごめんなさい」
花立に供えられた仏花が、秋風に吹かれて小さく揺れる。
「ずっと、考えていたの。ここで、あなたに何を話したらいいのか。
……けれど、どれだけ深く考えても悩んでも、正しい言葉なんて思いつかなかった。言葉よりも、後悔が先に溢れてしまいそうで、怖かった。……今だって、正直何を話していいのか分からないのよ」
蒼子はそう言って、困ったように笑いかけると、
「——でも、伝えたいことは沢山あるの」
そう言って、ちらりと後ろの俺たちに顔を向けた。
「あれから私には、大切な人が2人も出来たの。あなたに似てとても優しい女の子と、口調は乱暴だけど、誰よりも私を気にかけてくれる優しい男の子。……2人のお陰で私は今、こうしてあなたの前に立って話をすることが出来ている。きっと、昔の私が今の私を見たら驚くでしょうね。
……あぁそれと、高校に入学してから部活動にも所属するようになったの。天文部っていう星や月を観測したりする部よ。美術部とも迷ったのだけれどね。決して絵をやめたわけではないわよ? 今もちゃんと絵は描き続けているわ」
それから蒼子は、俺たちと出会ってからの思い出を一つ一つ楽しそうに彼女に話していった。
初めてハンバーガーを食べた日のこと。
初めて友達とショッピングに出かけた日のこと。
初めて仲間と共に天体観測をした日のこと。
そうして、昨日の文化祭までの出来事を話し終えたところで、蒼子は彼女の方を真っ直ぐ見つめ直した。
どうやら俺たちが来る少し前に、誰かがこの場所を訪れたらしい。
すると、それまで両手で抱えるように花を持ち先頭を歩いていた蒼子が、とある墓石の前でぴたりと足を止めた。それに続いて、葉原と俺も足を止める。
「ここよ」
そう言って蒼子が向ける瞳の先には、まるで俺たちが来るのを待っていたかのように黒色の墓石がひっそりと佇んでいた。
竿石には「柏城家之墓」の文字が丁寧に彫刻され、そのすぐ隣の墓誌には「柏城美咲」の名前と享年が記されてある。
「ここが……」
そう声が溢れる。
……柏城美咲。
俺は彼女がどんな風に笑うのか、どんな声で話すのか、どんな仕草で感情を表に出すのか、よく知らない。
唯一俺が知っているのは、彼女が絵を愛していたということだけ。
だから、こうして彼女の墓前に立っても、何か大きな感情に心が支配されるということはなかった。それはきっと、葉原も同じだろう。
けれど、蒼子は……蒼子だけは、生前の彼女を知っている。
今もこうして落ち着いた表情をしているが、俺や葉原にはいくら考えても分からないような、沢山の感情が胸の中で渦巻いているはずだ。
「……蒼子ちゃん」
「えぇ」
蒼子は葉原の声にそう返事を返すと、持っていた花を彼女の墓石の花立にそっと供え、それから3人で、持ってきた線香に火をつけて香炉に立てた。秋晴れの空の下を吹く風が、線香の香りを辺りに運ぶ。
俺たちはそんな線香の煙に包まれながら、彼女の墓前で手を合わせ静かに目を閉じる。
すると、隣に立つ蒼子は足を1歩前に出し、墓石と目線を合わせるかのように腰を屈めたかと思うと、まるで彼女に向かって語りかけるかのように静かに話を始めた。
「——久し振りね、美咲さん」
旧友との再会を懐かしむように目を細め、彼女の名を呼ぶ蒼子。
俺と葉原はそんな蒼子の背後に移動し、静かに彼女たちの会話に耳を傾ける。
「来るのが遅くなってしまって、ごめんなさい。本当なら、もっと早くに来るべきだったはずなのに……本当に、ごめんなさい」
花立に供えられた仏花が、秋風に吹かれて小さく揺れる。
「ずっと、考えていたの。ここで、あなたに何を話したらいいのか。
……けれど、どれだけ深く考えても悩んでも、正しい言葉なんて思いつかなかった。言葉よりも、後悔が先に溢れてしまいそうで、怖かった。……今だって、正直何を話していいのか分からないのよ」
蒼子はそう言って、困ったように笑いかけると、
「——でも、伝えたいことは沢山あるの」
そう言って、ちらりと後ろの俺たちに顔を向けた。
「あれから私には、大切な人が2人も出来たの。あなたに似てとても優しい女の子と、口調は乱暴だけど、誰よりも私を気にかけてくれる優しい男の子。……2人のお陰で私は今、こうしてあなたの前に立って話をすることが出来ている。きっと、昔の私が今の私を見たら驚くでしょうね。
……あぁそれと、高校に入学してから部活動にも所属するようになったの。天文部っていう星や月を観測したりする部よ。美術部とも迷ったのだけれどね。決して絵をやめたわけではないわよ? 今もちゃんと絵は描き続けているわ」
それから蒼子は、俺たちと出会ってからの思い出を一つ一つ楽しそうに彼女に話していった。
初めてハンバーガーを食べた日のこと。
初めて友達とショッピングに出かけた日のこと。
初めて仲間と共に天体観測をした日のこと。
そうして、昨日の文化祭までの出来事を話し終えたところで、蒼子は彼女の方を真っ直ぐ見つめ直した。
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