173 / 186
173
しおりを挟む
そんな、明らかに普通ではない柏城の表情に思わず圧倒されてしまっていると、右腕の方に軽く負荷を感じた。
ふと視線を右腕に向けると、葉原が左手で俺の制服の袖を掴んでいる。
葉原は恐怖で瞳を揺れ動かしながらも、蒼子と柏城の方をじっと見つめ、決して怯えを口に出さないようにと下唇を強く噛み締めていた。
そんな葉原の表情と、彼女の視線の先に立つ少女の後ろ姿を見て、俺は自分自身に言い聞かせる。
……何を……何を、怯えてるんだ俺はッ!
俺たちなんかよりも、あの瞳を向けられている蒼子の方が、ずっと怖いだろうに……!
あいつは……蒼子は、俺たちのことを強く信用しているからこそ、決して恐怖に負けず、こうして柏城と対峙してるんじゃねぇか。
……それなのに、俺たちの方が恐怖に屈してどうする! 怯えている暇があるのなら、しっかりとあいつの支えになってやらなきゃ、ダメだろう!
俺は外から入り込んでくる夜の空気を肺いっぱいに取り込み、今一度2人に目を向ける。……今度は臆さず、真っ直ぐと。
すると、柏城はそれまで蒼子に向けていた視線を一瞬こちらに向けて口を開いた。
「……お前がそいつらを連れてきた時点で、まぁ、そうだろうなとは思ってたけどよォ……。お前、自分がどういう存在なのかちゃんと理解してんのか?」
「…………」
蒼子はその問いに答えることはせず、柏城の言葉の続きを静かに待っているようだった。
それを察した柏城は表情を一変させ、明らかな憎悪と怒りを蒼子に向かって勢いよく吐き出した。
「……お前はァ! 俺たちみてぇな『凡人』と一緒にいちゃいけねぇんだよッ! お前のせいで、これまで一体何人の凡人が壊れたと思ってんだ!? 死ぬ思いで努力して、自分の全てを投げ打ってまで取り組んできたのに、『才能』なんていうクソくだらねぇもののせいで、それら全てを否定される気持ちが、お前に分かんのかって聞いてんだよッ!なァ!! 」
教室内に、柏城の怒号が響き渡る。
「…………美咲だって、本当は死にたくなんてなかったはずなんだ! もっと沢山絵を描いて、笑って過ごしていたかったはずなんだ! ……あいつには才能なんて気にせずに、楽しく絵を描いていて欲しかった。『美咲の絵は綺麗だな』って、もっと、もっと、褒めてやりたかった。……それなのに、それなのに……!!」
夜風に乗って、柏城の強い感情が伝わってくる。
あの日、ふと立ち寄った絵画の展示会場でこいつを初めて目にした時、俺はこいつを同類だと思った。蒼子の作品を見る柏城の目が、『天才』を嫌悪していたあの時の俺に、そっくりだったから。
……けれど、今ならはっきりと言える。
俺とこいつは違う。
こいつは——、柏城翔太は『天才』が憎いんじゃない。ましてや、白月蒼子が憎いわけでもない。
こいつはただ、未だに自分の妹の死を受け入れられていないだけなのだ。
妹の死を認めたくなくて、現実だと思いたくなくて、心を捻じ曲げて、無理矢理誰かを犯人に仕立て上げないと、自分の心が壊れてしまいそうで怖いだけなのだ。
柏城がそうして蒼子を “悪” と認識していたように、俺たちもそんな柏城を “悪” として認識していた。
けれど、そんな柏城が発する言葉から見えてきたのは、憎悪でも怒りでも嫌悪でもなく、ただ純粋な悔しさ……後悔だった。
——そう。
結局のところ、こいつも俺たちと変わらない、 “弱さ” を抱えた1人の人間だったのだ。
ふと視線を右腕に向けると、葉原が左手で俺の制服の袖を掴んでいる。
葉原は恐怖で瞳を揺れ動かしながらも、蒼子と柏城の方をじっと見つめ、決して怯えを口に出さないようにと下唇を強く噛み締めていた。
そんな葉原の表情と、彼女の視線の先に立つ少女の後ろ姿を見て、俺は自分自身に言い聞かせる。
……何を……何を、怯えてるんだ俺はッ!
俺たちなんかよりも、あの瞳を向けられている蒼子の方が、ずっと怖いだろうに……!
あいつは……蒼子は、俺たちのことを強く信用しているからこそ、決して恐怖に負けず、こうして柏城と対峙してるんじゃねぇか。
……それなのに、俺たちの方が恐怖に屈してどうする! 怯えている暇があるのなら、しっかりとあいつの支えになってやらなきゃ、ダメだろう!
俺は外から入り込んでくる夜の空気を肺いっぱいに取り込み、今一度2人に目を向ける。……今度は臆さず、真っ直ぐと。
すると、柏城はそれまで蒼子に向けていた視線を一瞬こちらに向けて口を開いた。
「……お前がそいつらを連れてきた時点で、まぁ、そうだろうなとは思ってたけどよォ……。お前、自分がどういう存在なのかちゃんと理解してんのか?」
「…………」
蒼子はその問いに答えることはせず、柏城の言葉の続きを静かに待っているようだった。
それを察した柏城は表情を一変させ、明らかな憎悪と怒りを蒼子に向かって勢いよく吐き出した。
「……お前はァ! 俺たちみてぇな『凡人』と一緒にいちゃいけねぇんだよッ! お前のせいで、これまで一体何人の凡人が壊れたと思ってんだ!? 死ぬ思いで努力して、自分の全てを投げ打ってまで取り組んできたのに、『才能』なんていうクソくだらねぇもののせいで、それら全てを否定される気持ちが、お前に分かんのかって聞いてんだよッ!なァ!! 」
教室内に、柏城の怒号が響き渡る。
「…………美咲だって、本当は死にたくなんてなかったはずなんだ! もっと沢山絵を描いて、笑って過ごしていたかったはずなんだ! ……あいつには才能なんて気にせずに、楽しく絵を描いていて欲しかった。『美咲の絵は綺麗だな』って、もっと、もっと、褒めてやりたかった。……それなのに、それなのに……!!」
夜風に乗って、柏城の強い感情が伝わってくる。
あの日、ふと立ち寄った絵画の展示会場でこいつを初めて目にした時、俺はこいつを同類だと思った。蒼子の作品を見る柏城の目が、『天才』を嫌悪していたあの時の俺に、そっくりだったから。
……けれど、今ならはっきりと言える。
俺とこいつは違う。
こいつは——、柏城翔太は『天才』が憎いんじゃない。ましてや、白月蒼子が憎いわけでもない。
こいつはただ、未だに自分の妹の死を受け入れられていないだけなのだ。
妹の死を認めたくなくて、現実だと思いたくなくて、心を捻じ曲げて、無理矢理誰かを犯人に仕立て上げないと、自分の心が壊れてしまいそうで怖いだけなのだ。
柏城がそうして蒼子を “悪” と認識していたように、俺たちもそんな柏城を “悪” として認識していた。
けれど、そんな柏城が発する言葉から見えてきたのは、憎悪でも怒りでも嫌悪でもなく、ただ純粋な悔しさ……後悔だった。
——そう。
結局のところ、こいつも俺たちと変わらない、 “弱さ” を抱えた1人の人間だったのだ。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。

気だるげ男子のいたわりごはん
水縞しま
ライト文芸
第7回ライト文芸大賞【奨励賞】作品です。
◇◇◇◇
いつも仕事でへとへとな私、清家杏(せいけあん)には、とっておきの楽しみがある。それは週に一度、料理代行サービスを利用して、大好きなあっさり和食ごはんを食べること。疲弊した体を引きずって自宅に帰ると、そこにはいつもお世話になっている女性スタッフではなく、無愛想で見目麗しい青年、郡司祥生(ぐんじしょう)がいて……。
仕事をがんばる主人公が、おいしい手料理を食べて癒されたり元気をもらったりするお話。
郡司が飼う真っ白なもふもふ犬(ビションフリーゼ)も登場します!

子供の言い分 大人の領分
ひおむし
恋愛
第二王子は、苛立っていた。身分を超えて絆を結んだ、元平民の子爵令嬢を苛む悪辣な婚約者に。気持ちを同じくする宰相子息、騎士団長子息は、ともに正義の鉄槌をくださんと立ち上がろうーーーとしたら、何故か即効で生徒指導室に放り込まれた。
「はーい、全員揃ってるかなー」
王道婚約破棄VSダウナー系教師。
いつも学園モノの婚約破棄見るたびに『いや教師何やってんの、学校なのに』と思っていた作者の鬱憤をつめた作品です。
白薔薇園の憂鬱
岡智 みみか
ライト文芸
おじいちゃんの作品を取り戻せ! 大好きだったマイナー芸術家のおじいちゃんの作品は、全て生活費のために父に売られてしまった。独りになった今、幸せだったあの頃を取り戻したい。
ナツキス -ずっとこうしていたかった-
帆希和華
ライト文芸
紫陽花が咲き始める頃、笹井絽薫のクラスにひとりの転校生がやってきた。名前は葵百彩、一目惚れをした。
嫉妬したり、キュンキュンしたり、切なくなったり、目一杯な片思いをしていた。
ある日、百彩が同じ部活に入りたいといい、思わぬところでふたりの恋が加速していく。
大会の合宿だったり、夏祭りに、誕生日会、一緒に過ごす時間が、二人の距離を縮めていく。
そんな中、絽薫は思い出せないというか、なんだかおかしな感覚があった。フラッシュバックとでも言えばいいのか、毎回、同じような光景が突然目の前に広がる。
なんだろうと、考えれば考えるほど答えが遠くなっていく。
夏の終わりも近づいてきたある日の夕方、絽薫と百彩が二人でコンビニで買い物をした帰り道、公園へ寄ろうと入り口を通った瞬間、またフラッシュバックが起きた。
ただいつもと違うのは、その中に百彩がいた。
高校二年の夏、たしかにあった恋模様、それは現実だったのか、夢だったのか……。
17才の心に何を描いていくのだろう?
あの夏のキスのようにのリメイクです。
細かなところ修正しています。ぜひ読んでください。
選択しなくちゃいけなかったので男性向けにしてありますが、女性の方にも読んでもらいたいです。
よろしくお願いします!

その後の愛すべき不思議な家族
桐条京介
ライト文芸
血の繋がらない3人が様々な困難を乗り越え、家族としての絆を紡いだ本編【愛すべき不思議な家族】の続編となります。【小説家になろうで200万PV】
ひとつの家族となった3人に、引き続き様々な出来事や苦悩、幸せな日常が訪れ、それらを経て、より確かな家族へと至っていく過程を書いています。
少女が大人になり、大人も年齢を重ね、世代を交代していく中で変わっていくもの、変わらないものを見ていただければと思います。
※この作品は小説家になろう及び他のサイトとの重複投稿作品です。
すみません、妻です
まんまるムーン
ライト文芸
結婚した友達が言うには、結婚したら稼ぎは妻に持っていかれるし、夫に対してはお小遣いと称して月何万円かを恵んでもらうようになるらしい。そして挙句の果てには、嫁と子供と、場合によっては舅、姑、時に小姑まで、よってかかって夫の敵となり痛めつけるという。ホラーか? 俺は生涯独身でいようと心に決めていた。個人経営の司法書士事務所も、他人がいる煩わしさを避けるために従業員は雇わないようにしていた。なのに、なのに、ある日おふくろが持ってきた見合いのせいで、俺の人生の歯車は狂っていった。ああ誰か! 俺の平穏なシングルライフを取り戻してくれ~! 結婚したくない男と奇行癖を持つ女のラブコメディー。
※小説家になろうでも連載しています。
※本作はすでに最後まで書き終えているので、安心してご覧になれます。
泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
武者走走九郎or大橋むつお
ライト文芸
神楽坂高校の俺は、ある日学食に飯を食いに行こうとしたら、数学の堂本が一年の女子をいたぶっているところに出くわしてしまう。数学の堂本は俺にω(オメガ)ってあだ名を付けた意地悪教師だ。
ωってのは、俺の口が、いつもωみたいに口元が笑っているように見えるから付けたんだってさ。
いたぶられてる女子はΣ(シグマ)って堂本に呼ばれてる。顔つきっていうか、口元がΣみたいに不足そうに尖がってるかららしいが、ω同様、ひどい呼び方だ。
俺は、思わず堂本とΣの間に飛び込んでしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる