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淡い夕焼けの茜色が、街を静かに包み込む。
ふと視線を上に向けると、徐々に夜の青が濃くなってきているのが分かった。
もうじき太陽は稜線に向かって沈み、街には本格的な夜が訪れるだろう。
「……よく、ここが分かったわね」
そう囁くように口を開いた彼女の向こう側には、俺たちの通う凪ノ宮高校の校舎が小さく見え、その周りにはいくつもの民家が立ち並び、車道を沢山の自動車が横行している。
……ここに来るまで、随分と遠回りをしてしまった。
その間、白月は一体何を考えてここからの景色を眺めていたのだろう。
俺は物憂げな瞳を向ける白月に向かって足を踏み出すと、そのまま彼女の隣へやってきて口を開いた。
「帰るぞ、白月。葉原が待ってる」
手すりに手をかけながら、静かに俯く白月を捉えて離さないようにじっと見つめる。
これは提案でも、選択でもない。強制だ。
「嫌だ」とは言わせない。
そんな想いを込めた言葉に対し白月は、しばらく沈黙を続けた後、口の端から零れ落ちるように弱々しい声をあげた。
「……無理よ。それは出来ない」
一瞬、体の芯が凍ったかのように冷たくなったのを感じた。
こいつがそう答えることは、あらかじめ分かっていた。それでも、いざその否定の言葉を耳にするとなると、針で心に無数の小さな穴を空けられるような鋭い痛みと寒さに襲われる。
「理由は、何なんだ」
平静を保ちつつ、俺は再度訊き返す。
しかし、白月から返ってきたのは、息苦しくなるほど長い沈黙だけ。
きっと普段の白月であれば、言う必要のない罵詈雑言を交えながら、意気揚々と棘の生えた言葉を返して来るだろう。
それが今はどうだ。
まるで、人が変わってしまったみたいじゃないか。
俺はそんな白月に少し腹が立った。
「お前が今、一体何を考えてんのか。何を思って、そんなことを口にしてんのかはよく分からねぇ。……俺はお前とは違う、努力でしか上を目指せねぇような『凡人』だからな。『天才』の考えなんて理解したくても出来ねぇよ」
そんな皮肉めいた言葉を投げかけるも、白月はただ真っ直ぐ足元を見つめながら口を閉ざし続ける。
ダメだ。やはり、これではまだ足りない。
こいつの考えをひっくり返すには、まだ言葉が足りていない。
俺は続ける。
「きっと、お前の考えていることは合理的で、最大多数が幸福になるような素晴らしいものなんだろう。けれど、それは正解からは程遠い。……なぁ、白月。これだけは言っておくぞ。お前が今考えていることは、ただの自己満足だ。分かったら、さっさと帰るぞ」
とにかく、俺が今言えることは全て言った。これで、こいつの考えが少しでもこちらに傾けば……。
そんなことを考えていると、ずっと閉じたままだった白月の小さな口が、ゆっくりと開き始めた。
「皇くんにどう言われようと、無理なものは無理なのよ」
「どうして……!」
思わず声が大きくなる。完全に動揺が表に出てしまった。
しかし白月は、そんな俺の動揺を確認するわけでもなく、再び口を閉ざした。
ふと視線を上に向けると、徐々に夜の青が濃くなってきているのが分かった。
もうじき太陽は稜線に向かって沈み、街には本格的な夜が訪れるだろう。
「……よく、ここが分かったわね」
そう囁くように口を開いた彼女の向こう側には、俺たちの通う凪ノ宮高校の校舎が小さく見え、その周りにはいくつもの民家が立ち並び、車道を沢山の自動車が横行している。
……ここに来るまで、随分と遠回りをしてしまった。
その間、白月は一体何を考えてここからの景色を眺めていたのだろう。
俺は物憂げな瞳を向ける白月に向かって足を踏み出すと、そのまま彼女の隣へやってきて口を開いた。
「帰るぞ、白月。葉原が待ってる」
手すりに手をかけながら、静かに俯く白月を捉えて離さないようにじっと見つめる。
これは提案でも、選択でもない。強制だ。
「嫌だ」とは言わせない。
そんな想いを込めた言葉に対し白月は、しばらく沈黙を続けた後、口の端から零れ落ちるように弱々しい声をあげた。
「……無理よ。それは出来ない」
一瞬、体の芯が凍ったかのように冷たくなったのを感じた。
こいつがそう答えることは、あらかじめ分かっていた。それでも、いざその否定の言葉を耳にするとなると、針で心に無数の小さな穴を空けられるような鋭い痛みと寒さに襲われる。
「理由は、何なんだ」
平静を保ちつつ、俺は再度訊き返す。
しかし、白月から返ってきたのは、息苦しくなるほど長い沈黙だけ。
きっと普段の白月であれば、言う必要のない罵詈雑言を交えながら、意気揚々と棘の生えた言葉を返して来るだろう。
それが今はどうだ。
まるで、人が変わってしまったみたいじゃないか。
俺はそんな白月に少し腹が立った。
「お前が今、一体何を考えてんのか。何を思って、そんなことを口にしてんのかはよく分からねぇ。……俺はお前とは違う、努力でしか上を目指せねぇような『凡人』だからな。『天才』の考えなんて理解したくても出来ねぇよ」
そんな皮肉めいた言葉を投げかけるも、白月はただ真っ直ぐ足元を見つめながら口を閉ざし続ける。
ダメだ。やはり、これではまだ足りない。
こいつの考えをひっくり返すには、まだ言葉が足りていない。
俺は続ける。
「きっと、お前の考えていることは合理的で、最大多数が幸福になるような素晴らしいものなんだろう。けれど、それは正解からは程遠い。……なぁ、白月。これだけは言っておくぞ。お前が今考えていることは、ただの自己満足だ。分かったら、さっさと帰るぞ」
とにかく、俺が今言えることは全て言った。これで、こいつの考えが少しでもこちらに傾けば……。
そんなことを考えていると、ずっと閉じたままだった白月の小さな口が、ゆっくりと開き始めた。
「皇くんにどう言われようと、無理なものは無理なのよ」
「どうして……!」
思わず声が大きくなる。完全に動揺が表に出てしまった。
しかし白月は、そんな俺の動揺を確認するわけでもなく、再び口を閉ざした。
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