俺が白月蒼子を嫌う理由

ユウキ ヨルカ

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そうして、ひたすら街中を走って走って走りまわって、俺はようやく脚を止めた。

膝に手をつき、全身で呼吸を繰り返す。
影が伸びるアスファルトに、頬を伝って落ちた汗が静かに染み込んでいく。

周りに人の気配はなく、聴こえるのは自分の呼吸音と跳ねるような心音、それから風に吹かれて樹々の葉が擦れる音だけ。

俺は乱れた呼吸をしばらく落ち着かせたあとで、膝から手を離し、今一度辺りを見回す。


視界に映るのは、数件の民家と目の前で鬱蒼と茂る樹の群れ。

……そして、経年劣化で所々色が落ちている朱塗りの鳥居。


——ここはあの日、ゴールデンウィーク最終日に白月と最後に訪れた場所だった。


思いつく場所はもうほとんど全て周った。
そして、それもここが最後。
もし、ここに白月の姿が無ければ、俺はこれから当てもなく街を彷徨うことになる。

俺たちの住む街はそれほど大きな街ではないけれど、それでもなんの手がかりもなくその中からたった1人を見つけ出すというのは流石に無理がある。


……頼む。どうか、ここであってくれ……!


自分自身、それが何に対しての祈りなのかは分からない。強いて言うなら、奇跡を起こすことのできる何者かに対しての祈りなのだろう。

俺は一度、鳥居の前で深く呼吸をして息を整えると、暴れる心臓を落ち着かせて静かな風景に溶け込む。

そして、鳥居の奥へと続く石段の1段目に脚をかける。

未だに脚の感覚は戻っていないが、それでも1段1段ゆっくりと、しっかりと、着実に上っていく。

そうして最後の段を上り終えたところで、視界にはあの日見た朽ち果てた拝殿の姿が入って来た。俺は植物の蔦が絡みついたその拝殿を横目に、境内の脇に見える小道へと進む。

ほとんど舗装はされておらず、黄色土おうしょくどがむき出しになっている。ふと視線を足元に向けるとここまで走って来たせいもあって、もともと白かった上履きは黒く汚れていた。

これは一度家に持ち帰って洗わないといけないな。

そんなことを考えていると、あることに気がついた。


……小道の土に足跡が残っている。
俺のとは別の、違う足跡。

これは……、この足跡は……


落ち着きを取り戻したはずの心臓が再び激しく鼓動を繰り返し、俺は1歩、また1歩とその足跡を辿っていく。

すると、地面に残っている足跡は小道を抜け、さらに奥のひらけた場所へと続いていた。

そこには小さな展望台があるということを、俺は知っている。
そして、その場所が彼女にとって、どういう場所であるのかということもよく知っている。

俺は小道の終わりで小さく息を吐き出すと、心臓の鼓動に耳を澄ませながら、そこへ向かって脚を動かす。


その瞬間、顔を強い夕陽に照らされ、思わず光を手で遮った。眩しい。ヒリヒリと陽の温度が皮膚を通して伝わってくる。

その光に目が慣れるまで、3秒。

俺はゆっくりと手を退かし、光の差す方に目を向けた。


するとそこには、1つの影が佇んでいた。


影はこちらに背を向け、街を見下ろすように手すりに体を預けている。

逆光でその姿はほとんどシルエットにしか見えず、風景の中に影が貼り付いているように見えた。
それなのに、俺はその黒い影が誰なのかすぐに分かった。

何故か。

それは街を見下ろして佇むその後ろ姿が、俺のずっと捜していたあの後ろ姿そのものだったから。

夜を封じ込めたかのように黒く静かな長い髪が、秋を運ぶ風に吹かれてゆらゆらと心地好さそうに靡いている。

俺はその影に後ろからゆっくり近づくと、小さな背中に向かって静かに呼びかけた。


「白月」

その声に反応して、彼女がこちらを振り返る。そして、彼女は俺を見て少し驚いたように目を開くと、寂しげに笑って言った。


「……よく、ここが分かったわね」


その声は驚くほどに穏やかで優しく、同時に泣きそうになるほど寂しげだった。
けれどそれ以上に、俺にはその声がとても懐かしいものに思えてならなかった。
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