俺が白月蒼子を嫌う理由

ユウキ ヨルカ

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街にはあかが溶け始めている。

立ち並ぶ建物の外壁に、街を走る自動車に、歩道を歩く人々の横顔に、夕陽の朱が染み込んで綺麗に染まっている。


きっともう、文化祭も終わる頃だろう。

葉原の方は大丈夫だろうか。
しっかりと、見に来てくれた客の案内が出来ただろうか。

連絡が来ないあたり、どうにか上手くやり遂げられたのだろう。
それならば、あとは白月を連れて帰るだけだ。それで全てに決着がつく。

そう意気込んで、俺は街を駆ける。


街一番の大型書店。
シックなアンティークショップ。
若者が集まるカフェチェーン店。
電子音が鳴り響くゲームセンター。
美術展が行われたテナントビル。

そうして思い当たる場所をしらみつぶしに周っていく。

……あの美しくて真っ直ぐで、けれど春に残された雪のような冷たい孤独と寂しさを内に秘めた後ろ姿を捜して——。


白月、白月、白月、白月、白月……!


心の中で繰り返し彼女の名を叫び、夏と秋が混ざり合ったような空気を何度も何度も体の中で循環させ、口の中にはじわりと鉄の味が広がっていく。
酷使された脚の感覚はもうほとんどなく、自分が今、本当に走っているのかすら分からなくなっている。

それでも、俺は必死に自分の体を動かす。
頭を、目を、口を、肩を、腕を、胸を、脚を。

ここで立ち止まるわけにはいかない。

ここで進むことをやめてしまえば、きっと俺の知る白月蒼子はもう、戻ってきてはくれないだろう。


あれだけ『天才』を嫌っていた俺が、いつもしつこく付き纏ってくる白月蒼子を嫌っていたこの俺が、それを強く拒否している。
駄々をこねる子供のように、それは嫌だと心が強く叫んでいる。

全く、人の心というのは面白い。まるで空のようだとつくづく思う。

空が季節や天候で色や見え方が変わるのと同じように、人の心も些細なことで塗られた色がガラリと変わる。

今まで興味のなかったものが突然特別に見えたり、くだらないと思っていたものがかけがえのないものに見えたり、ずっと相入れないと嫌っていたはずのものが、どうしようもなく好きになったり。

俺は今、自分でそれを体験している。

非常に陳腐な言い回しだが、「失って初めてその大切さが分かる」という言葉の意味を、俺は17年の人生で初めて実感しているのだ。


だから俺は走る。

この込み上がる感情を、あいつに伝えるために……。
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