134 / 186
134
しおりを挟む
再び昇降口で靴を履き替え、いくつかの部の出店が並ぶアプローチへやって来ると、ちょうどその真ん中あたりで数人の男女が何やら会話しているところを目撃した。女子グループの方に見知った顔はいないが、男子グループの方には輝彦が言っていたとおり誠の姿があった。
俺はその集団に近づくと、誠に向かって声をかける。
「誠」
「あっ、晴人。おはよう」
「おう。……交渉は済んだのか?」
誠とその正面に立つ背の高い女子生徒に目を向けながら尋ねる。
「うん。少しくらいなら分けて貰えるってさ」
「そうか。なら、良かった」
もっとギスギスした話し合いが繰り広げられているとばかり思っていたが、交渉相手が心優しい人物であったことと、交渉人の人柄が良かったということもあって、難なく目的のものは手に入れられたようだ。
これなら、わざわざ俺が来る必要も無かったな。
そんなことを思いながら、俺たちは有難くもクレープの生地を分けてくれた女子バレー部員にきちんと礼を言い、そのまま教室へと戻った。
***
教室では順調に開店の準備が進み、あとは一般参加者の入場を待つだけとなっていた。
クラスメイトの中には部活の方の手伝いをするために教室を出て行く者もおり、2-2教室には最初のシフトに入っている者と、俺や輝彦たちのような暇を持て余した連中が残るだけとなっている。
厳密にいえば、俺も部の方に顔を出さなければいけないわけだが、あいにくまだ白月が学校に登校していないため、ミーティングも始められない。
それに対し多少の焦りを感じた俺は、制服のポケットからスマホを取り出し、白月にメッセージを送る。
『登校中か? あとどれくらいで着く?」
そうメッセージを送信してから3分が経過しても、返信が返って来るどころか既読すらつかない。
ひょっとして、登校中に何かトラブルでも起こったんじゃないだろうか。
……いや、そもそも白月は今日、本当に学校に来るのだろうか。
一般参加者の入場が刻々と近づくにつれて、その焦りや不安はどんどんと大きくなっていく。
——そんな時だった。
教室前方の扉が静かに開き、喧騒に満たされた廊下から、いつもと変わらぬ表情をした白月が教室に入って来た。
今までの心配が杞憂だったことにホッと安堵しながら、俺は白月の元へと駆け寄る。
「来ないんじゃねぇかと思って正直焦った」
「……おはよう。遅れてごめんなさいね」
そう言葉を返す白月からは、何も感じられなかった。
期待も、高揚も、不安も、恐怖も。
何も感じられない。
まるで、命を持たない氷の像とでも話している気分だった。
しかし、それはあまりにも不自然で、白月が意図して『無』を演じているというのはすぐに分かった。
だから、俺は尋ねる。
「……何か、あったのか?」
それはあまりにも抽象的な質問で、思わず尋ねた俺自身が首を傾げそうになった。
当然、白月も頭上に疑問符を浮かべる。
「『何か』って?」
「……いや」
そう逆に白月から尋ねられ、返す言葉に詰まっていると、教室に設置されてあるスピーカーからノイズが聴こえてきた。
それは廊下や他の教室でも同様なようで、それまで会話に夢中になっていた生徒たちも一斉にスピーカーに目を向けた。
『おはようございます。文化祭実行委員長の長谷川です。いよいよ文化祭2日目、最終日がやってきました。今日という日が、皆さんの中で良き思い出として永遠に残り続けるよう、全員で良い1日にしていきましょう。それではここに、文化祭2日目の開幕を宣言します』
そうしてスピーカーが切れると同時に、校内のあちこちで再び喧騒が沸き起こった。
俺たち2-2教室でも同様に大きな歓声が沸き起こり、最初のシフトメンバーで円陣が組まれ出した。
「今日もクレープ売りまくるぞォォォ!」
「「「おーー!!」」」
「打ち上げで美味いもん食いまくるぞォォォ!」
「「「おーー!!」」」
中心メンバーによる意気込みと、それに答える威勢のいい掛け声によって、教室内では温かな笑いが生まれた。
こんな良い雰囲気の中で、あの話について白月に尋ねるのは流石に抵抗がある。
俺は眩しい笑顔を振りまく彼らから目を逸らすように白月に目を向けると、小さく口を開いた。
「あとで話す」
「……そう。それじゃあまず、3-3教室に向かいましょうか」
「……そうだな」
そうして、俺は輝彦や誠に声をかけることもなく、白月の後について静かに教室を後にした。
俺はその集団に近づくと、誠に向かって声をかける。
「誠」
「あっ、晴人。おはよう」
「おう。……交渉は済んだのか?」
誠とその正面に立つ背の高い女子生徒に目を向けながら尋ねる。
「うん。少しくらいなら分けて貰えるってさ」
「そうか。なら、良かった」
もっとギスギスした話し合いが繰り広げられているとばかり思っていたが、交渉相手が心優しい人物であったことと、交渉人の人柄が良かったということもあって、難なく目的のものは手に入れられたようだ。
これなら、わざわざ俺が来る必要も無かったな。
そんなことを思いながら、俺たちは有難くもクレープの生地を分けてくれた女子バレー部員にきちんと礼を言い、そのまま教室へと戻った。
***
教室では順調に開店の準備が進み、あとは一般参加者の入場を待つだけとなっていた。
クラスメイトの中には部活の方の手伝いをするために教室を出て行く者もおり、2-2教室には最初のシフトに入っている者と、俺や輝彦たちのような暇を持て余した連中が残るだけとなっている。
厳密にいえば、俺も部の方に顔を出さなければいけないわけだが、あいにくまだ白月が学校に登校していないため、ミーティングも始められない。
それに対し多少の焦りを感じた俺は、制服のポケットからスマホを取り出し、白月にメッセージを送る。
『登校中か? あとどれくらいで着く?」
そうメッセージを送信してから3分が経過しても、返信が返って来るどころか既読すらつかない。
ひょっとして、登校中に何かトラブルでも起こったんじゃないだろうか。
……いや、そもそも白月は今日、本当に学校に来るのだろうか。
一般参加者の入場が刻々と近づくにつれて、その焦りや不安はどんどんと大きくなっていく。
——そんな時だった。
教室前方の扉が静かに開き、喧騒に満たされた廊下から、いつもと変わらぬ表情をした白月が教室に入って来た。
今までの心配が杞憂だったことにホッと安堵しながら、俺は白月の元へと駆け寄る。
「来ないんじゃねぇかと思って正直焦った」
「……おはよう。遅れてごめんなさいね」
そう言葉を返す白月からは、何も感じられなかった。
期待も、高揚も、不安も、恐怖も。
何も感じられない。
まるで、命を持たない氷の像とでも話している気分だった。
しかし、それはあまりにも不自然で、白月が意図して『無』を演じているというのはすぐに分かった。
だから、俺は尋ねる。
「……何か、あったのか?」
それはあまりにも抽象的な質問で、思わず尋ねた俺自身が首を傾げそうになった。
当然、白月も頭上に疑問符を浮かべる。
「『何か』って?」
「……いや」
そう逆に白月から尋ねられ、返す言葉に詰まっていると、教室に設置されてあるスピーカーからノイズが聴こえてきた。
それは廊下や他の教室でも同様なようで、それまで会話に夢中になっていた生徒たちも一斉にスピーカーに目を向けた。
『おはようございます。文化祭実行委員長の長谷川です。いよいよ文化祭2日目、最終日がやってきました。今日という日が、皆さんの中で良き思い出として永遠に残り続けるよう、全員で良い1日にしていきましょう。それではここに、文化祭2日目の開幕を宣言します』
そうしてスピーカーが切れると同時に、校内のあちこちで再び喧騒が沸き起こった。
俺たち2-2教室でも同様に大きな歓声が沸き起こり、最初のシフトメンバーで円陣が組まれ出した。
「今日もクレープ売りまくるぞォォォ!」
「「「おーー!!」」」
「打ち上げで美味いもん食いまくるぞォォォ!」
「「「おーー!!」」」
中心メンバーによる意気込みと、それに答える威勢のいい掛け声によって、教室内では温かな笑いが生まれた。
こんな良い雰囲気の中で、あの話について白月に尋ねるのは流石に抵抗がある。
俺は眩しい笑顔を振りまく彼らから目を逸らすように白月に目を向けると、小さく口を開いた。
「あとで話す」
「……そう。それじゃあまず、3-3教室に向かいましょうか」
「……そうだな」
そうして、俺は輝彦や誠に声をかけることもなく、白月の後について静かに教室を後にした。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
伊緒さんのお嫁ご飯
三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。
伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。
子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。
ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。
「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。
「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。
再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜
長岡更紗
ライト文芸
島田颯斗はサッカー選手を目指す、普通の中学二年生。
しかし突然 病に襲われ、家族と離れて一人で入院することに。
中学二年生という多感な時期の殆どを病院で過ごした少年の、闘病の熾烈さと人との触れ合いを描いた、リアルを追求した物語です。
※闘病中の方、またその家族の方には辛い思いをさせる表現が混ざるかもしれません。了承出来ない方はブラウザバックお願いします。
※小説家になろうにて重複投稿しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです
珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。
その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。
それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。
フルーツサンド 2人の女の子に恋をした。だから、挟まりたい。
Raychell
ライト文芸
【完結しました】
ある夏の日、俺は2人の女の子に恋をした。
たぶん、ユリだと思うから、それに挟まれたい。
外道中の外道と言われても、禁断の果実はきっと甘い……はず。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる