俺が白月蒼子を嫌う理由

ユウキ ヨルカ

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「私にとって『絵を描く』という行為は、何よりの楽しみであり、私が生きる理由そのものでした。

小さい頃からずっと絵を描くのが好きだった私は、気がつけば自分の手で自分だけの世界を創ることに夢中になっていました。

こんなにも楽しい世界がこの世にあったんだと、感動すら覚えました。

この喜びを、感動を、より多くの人にも知ってもらいたい。絵を描くことの素晴らしさを、誰かと共有したい。

だから私は、彼女と一緒に絵を描けることを本当に幸せに思っていました。


けれど、絵を描き始めて1ヶ月もしない彼女がコンクールで最優秀賞を受賞した時、私の心の中には嬉しさと感動の他にもう一つ、別の感情が生まれました。

それはまるで、紙に滲んだ真っ黒なインクのようにじわじわと辺りに広がっていきました。


私は、彼女の才能に嫉妬したのです。


私も、彼女のようにもっと上手く描きたい。もっといい絵を描きたい。

もっと、もっと、もっと、もっと……。


それから何度も、彼女と一緒に同じコンクールに作品を応募し続ける中で、彼女はいくつもの賞を獲得するようになり、瞬く間に絵の世界でも名前が知られるようになりました。

もともと、彼女に類いまれなる才能があることは分かっていました。だからこそ、私は彼女がどんな絵を描くのかを見てみたくて、この世界に誘ったのです。

現に、彼女は見るもの全てを魅了するような、独特の迫力と美しさを兼ね揃えた素晴らしい作品をいくつも生み出していきました。

けれど、彼女はそんな才能を持ち合わせながらも、画家として絵を描き続けることはしないんだろうと、私はなんとなくわかっていました。

だからこそ、私は彼女に絵を描き続けて欲しかった。……いつか私が、彼女と肩を並べられるような作品を描けるまで。

そんなことを思って、この5年間ひたすらに絵を描き続けてきました。


そんな生活を続ける中で私は、絵を描くことが次第に苦痛に感じるようになっていきました。

あれだけ魅了されたはずの絵を世界に、恐怖すら感じるようになってしまったのです。

私は展覧会で彼女の描いた絵が最優秀作品に選ばれるたび、彼女との間にある圧倒的な差に絶望しました。

私の描いた絵はただの自己満足で、他の誰も幸せにすることはないけれど、彼女の描いた絵は見る者全てを魅了し、溢れるほど沢山の感情を分け与える。

この先、いくら努力したところで、彼女に追いつくことは無いと、私は理解してしまったのです。


私には、絵を描く才能がありませんでした。


絵を描くことに意味を失った私にはもう、生きる理由は残っていません。周りのみんなはきっと『早計だ』と、私の考えを馬鹿だと思うでしょうね。

けれど、私はもういいのです。

これから先、何も考えずただ長い人生を謳歌するくらいならいっそ、全てをリセットして1からやり直す方が私にとっては救いなのです。

これは彼女の才能に嫉妬し、自分の才能の無さに絶望した私が勝手に決めたことです。

悪いのは、あの才能を目の当たりにした上で、折れることなく自分の夢を貫き通せなかった私自身です。

ごめんなさい。ごめんなさい。

さようなら。さようなら。」


***


その “遺書” を読み終えた後、それまでどこにもぶつけようのなかった怒りが、明確な狙いを見つけてぶつかっていった。


「……あいつの……あいつのせいで……美咲はッ!!」

憎しみや怒りといった暴力的な感情に全身が支配され、美しく見えていたはずの景色や思い出は黒く汚く錆びていった。


それから俺はこの感情を決して忘れないために、美咲が死んだことを知らずにのうのうと生き続けるあいつの作品が展示されている会場に足を運び続けた。

展覧会で初めて目にしたあいつの絵は、暴力的な感情に支配されていた俺ですら、思わず感動してしまうほどのものだった。

これは確かに、常人や凡人には一生かかっても描くことのできない作品であると、俺は静かに理解した。



そうして、高校に進学して初めて迎えた夏。

俺は6年振りにあの天才——、白月蒼子と再会した。
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