91 / 186
90
しおりを挟む
そうして昨夜の出来事を振り返った後で、俺は白月に顔を洗いに行くことを伝え、そのまま男子用の脱衣所へ向かおうと足を動かす。すると、思い出したように白月が俺を呼び止めた。
「あぁ、そうだ。皇くん」
「なんだよ」
後ろを振り返り、言葉を返す。
「準備が整い次第、食堂に来てもらえる?」
「……あぁ、分かった」
理由は聞かずにそう答えると白月は薄っすらと笑みを浮かべ、「よろしくね」とだけ残して部屋へ帰っていった。
去って行く白月の後ろ姿と、未だ鼻の奥に残り続ける甘い香り。
それらを意識しながら、俺は再び脱衣所へ向かって足を動かした。
***
顔を洗うついでに寝癖を整え部屋に戻ると、まだ眠っている葉原を起こさないよう服を着替え、白月に言われた通り食堂へと向かう。
入り口にかけられた暖簾をくぐり中に入ると、広々としたダイニングに10人掛けのテーブル席が3つ並んでいるのが確認できた。
ふと視線を右にやると、そこには電子レンジや冷蔵庫が並び、調理台に向かって長い髪を後ろで一本に縛って何やら作業を行う白月の姿があった。
「葉原さんは?」
白月はこちらに目を向けずに尋ねてくる。
「まだ寝てる。……あいつも昨夜、かなり混乱してたように見えたけど全然だったな」
「そうみたいね。皇くんも葉原さんを見習った方がいいんじゃない? あなた、少し神経質なところがあるから」
「お前は俺の母親かよ。……でもまぁ、確かに少しは見習った方がいいかもな」
葉原が持つあの明るさや積極性は、彼女が生まれ持った才能だろう。
真似しようとして出来るものではないけれど、それでも俺はあのポジティブさを少しは見習う必要がある。
そんなことを考えながら、先程から続けている作業について白月に尋ねる。
「で、お前は何やってんの?」
「見ればわかるでしょ?」
「ここからじゃ見えねぇよ」
「なら、こっちに来なさい」
「…………」
命令口調が少し気に食わなかったが、とりあえず言われた通りダイニングと調理場を分ける仕切りを超えて白月の元へと向かうと、ようやく白月が先程から何をしていたのかを理解した。
「それ、お前が作ったのか?」
「えぇ」
白月が先程から行なっていたのは、おそらく今朝の朝食として準備する予定のおにぎり作りだった。袖をまくり、ラップの上に白い湯気が立つ艶やかな白米を乗せ、丁寧に形作っては皿に並べていく。
そんな、普段女王風を吹かせてばかりいる白月が、自ら朝食を作っているという姿を物珍しく眺めていると、あからさまに嫌そうな目を向けられた。
「何突っ立ているのよ。あなたも早く手伝いなさい。そのために呼んだんだから」
まるで、使えないバイトに指示を出す店長の如くそう告げると、白月は再び炊飯器からしゃもじで白米を掬い、それをラップの上に乗せた。
別に朝食作りを手伝うことに関して文句はないが、白月の態度がいまいち気に食わない。
それでも嫌な上司に仕える平社員の如く、大人しく言われた通りに朝食作りを手伝うことにした。
「ってか、いつの間に米炊いてたんだよ」
「あぁ、それね。昨夜、皇くんがお風呂に行ってる間に気を利かせて準備しておいたの。『朝からコンビニ飯』なんて、悲しい事態を免れたのも私のお陰ね。さぁ、遠慮せずに感謝しなさい」
「たかが米炊いたくらいで、調子に乗りすぎだろ……」
「あらそう。なら皇くんだけ、今日もコンビニ飯ね」
「分かったって……。どうもありがとうございましたぁ」
そう言って朝から面倒臭さMAXな白月の機嫌を取りつつ、俺は白月の作ったものに比べてやや不格好なおにぎりをひたすら皿に並べていった。
「あぁ、そうだ。皇くん」
「なんだよ」
後ろを振り返り、言葉を返す。
「準備が整い次第、食堂に来てもらえる?」
「……あぁ、分かった」
理由は聞かずにそう答えると白月は薄っすらと笑みを浮かべ、「よろしくね」とだけ残して部屋へ帰っていった。
去って行く白月の後ろ姿と、未だ鼻の奥に残り続ける甘い香り。
それらを意識しながら、俺は再び脱衣所へ向かって足を動かした。
***
顔を洗うついでに寝癖を整え部屋に戻ると、まだ眠っている葉原を起こさないよう服を着替え、白月に言われた通り食堂へと向かう。
入り口にかけられた暖簾をくぐり中に入ると、広々としたダイニングに10人掛けのテーブル席が3つ並んでいるのが確認できた。
ふと視線を右にやると、そこには電子レンジや冷蔵庫が並び、調理台に向かって長い髪を後ろで一本に縛って何やら作業を行う白月の姿があった。
「葉原さんは?」
白月はこちらに目を向けずに尋ねてくる。
「まだ寝てる。……あいつも昨夜、かなり混乱してたように見えたけど全然だったな」
「そうみたいね。皇くんも葉原さんを見習った方がいいんじゃない? あなた、少し神経質なところがあるから」
「お前は俺の母親かよ。……でもまぁ、確かに少しは見習った方がいいかもな」
葉原が持つあの明るさや積極性は、彼女が生まれ持った才能だろう。
真似しようとして出来るものではないけれど、それでも俺はあのポジティブさを少しは見習う必要がある。
そんなことを考えながら、先程から続けている作業について白月に尋ねる。
「で、お前は何やってんの?」
「見ればわかるでしょ?」
「ここからじゃ見えねぇよ」
「なら、こっちに来なさい」
「…………」
命令口調が少し気に食わなかったが、とりあえず言われた通りダイニングと調理場を分ける仕切りを超えて白月の元へと向かうと、ようやく白月が先程から何をしていたのかを理解した。
「それ、お前が作ったのか?」
「えぇ」
白月が先程から行なっていたのは、おそらく今朝の朝食として準備する予定のおにぎり作りだった。袖をまくり、ラップの上に白い湯気が立つ艶やかな白米を乗せ、丁寧に形作っては皿に並べていく。
そんな、普段女王風を吹かせてばかりいる白月が、自ら朝食を作っているという姿を物珍しく眺めていると、あからさまに嫌そうな目を向けられた。
「何突っ立ているのよ。あなたも早く手伝いなさい。そのために呼んだんだから」
まるで、使えないバイトに指示を出す店長の如くそう告げると、白月は再び炊飯器からしゃもじで白米を掬い、それをラップの上に乗せた。
別に朝食作りを手伝うことに関して文句はないが、白月の態度がいまいち気に食わない。
それでも嫌な上司に仕える平社員の如く、大人しく言われた通りに朝食作りを手伝うことにした。
「ってか、いつの間に米炊いてたんだよ」
「あぁ、それね。昨夜、皇くんがお風呂に行ってる間に気を利かせて準備しておいたの。『朝からコンビニ飯』なんて、悲しい事態を免れたのも私のお陰ね。さぁ、遠慮せずに感謝しなさい」
「たかが米炊いたくらいで、調子に乗りすぎだろ……」
「あらそう。なら皇くんだけ、今日もコンビニ飯ね」
「分かったって……。どうもありがとうございましたぁ」
そう言って朝から面倒臭さMAXな白月の機嫌を取りつつ、俺は白月の作ったものに比べてやや不格好なおにぎりをひたすら皿に並べていった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜
長岡更紗
ライト文芸
島田颯斗はサッカー選手を目指す、普通の中学二年生。
しかし突然 病に襲われ、家族と離れて一人で入院することに。
中学二年生という多感な時期の殆どを病院で過ごした少年の、闘病の熾烈さと人との触れ合いを描いた、リアルを追求した物語です。
※闘病中の方、またその家族の方には辛い思いをさせる表現が混ざるかもしれません。了承出来ない方はブラウザバックお願いします。
※小説家になろうにて重複投稿しています。
フルーツサンド 2人の女の子に恋をした。だから、挟まりたい。
Raychell
ライト文芸
【完結しました】
ある夏の日、俺は2人の女の子に恋をした。
たぶん、ユリだと思うから、それに挟まれたい。
外道中の外道と言われても、禁断の果実はきっと甘い……はず。
伊緒さんのお嫁ご飯
三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。
伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。
子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。
ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。
「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。
「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!
透明の「扉」を開けて
美黎
ライト文芸
先祖が作った家の人形神が改築によりうっかり放置されたままで、気付いた時には家は没落寸前。
ピンチを救うべく普通の中学2年生、依る(ヨル)が不思議な扉の中へ人形神の相方、姫様を探しに旅立つ。
自分の家を救う為に旅立った筈なのに、古の予言に巻き込まれ翻弄されていく依る。旅の相方、家猫の朝(アサ)と不思議な喋る石の付いた腕輪と共に扉を巡り旅をするうちに沢山の人と出会っていく。
知ったからには許せない、しかし価値観が違う世界で、正解などあるのだろうか。
特別な能力なんて、持ってない。持っているのは「強い想い」と「想像力」のみ。
悩みながらも「本当のこと」を探し前に進む、ヨルの恋と冒険、目醒めの成長物語。
この物語を見つけ、読んでくれる全ての人に、愛と感謝を。
ありがとう
今日も矛盾の中で生きる
全ての人々に。
光を。
石達と、自然界に 最大限の感謝を。

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです
珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。
その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。
それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる