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時刻はもうすぐ21時を迎える。ペルセウス座流星群が観測できる時間まで残り僅かとなった。
生まれて初めて生の流星群を観ることが出来るということで、涼しげな夜風とは対照的に体は確かな熱を発し始めた。
俺は記録用の写真を何枚か撮り終えた白月と共に、ブルーシートの上で仰向けになる葉原の隣に座ってその時を静かに待つ。
改めて空を見上げてみると、白く輝く星々が見えない線で繋がり、図鑑で調べたような星座となって俺の瞳に映り出した。
「あっ、夏の大三角見つけたー! ……ってことは、あそこにあるのが白鳥座だね」
そう言って葉原が空を指差す。
「そうね。そのすぐ下にあるのが琴座のベガ。そして、さらに下にあるのが——」
「鷲座のアルタイル……だな」
反射的にそう答えると、それまで空を見上げていた2人が顔をこちらに向けた。
「晴人くん、星の名前ちゃんと覚えたんだね! 凄いじゃん!」
「少しは天文部員らしくなってきたじゃない」
そりゃあ、昼にあれだけ図鑑を確認したんだから嫌でも覚えるだろ。
そんな風に思いながらも、ぶっきら棒に「まぁな」とだけ言葉を返す。……と、ちょうど天文部らしい星の話題が出たところで、俺は気になっていたことを2人にふと尋ねてみた。
「そういえば……」
「……なに?」
「アルナイル……とシリウスって、どんな星なんだ?」
「えっ?」
唐突な質問に一瞬疑問を浮かべると、2人はすぐ納得したように口を開いた。
「……そういうことね」
「晴人くん、あの時の話聞こえてたんだ」
体を起き上がらせて問う葉原に向かって頷くと、今度は白月が俺の問いに対して静かに答えた。
「アルナイルは鶴座 α星の固有名よ。鶴座は南天の秋の星座で、日本では限られた地域でしか見ることはできないけれどね。……ちなみにアルナイルはアラビア語で『輝くもの』を意味するわ。葉原さんにぴったりな星よね」
「輝くもの……」
白月の話を聞いて、確かに葉原を象徴するような星であると思った。葉原がこの星を好きだというのも、きっとその言葉が理由なのだろう。そんなことを考えながら葉原に目を向けると、当の本人は少し照れ臭そうに笑みを浮かべていた。
「で、シリウスの方はどんな星なんだ?」
「……シリウスは——」
「シリウスは、おおいぬ座 α星の固有名だよ」
もう1つの星について白月に説明を求めると、白月の言葉を遮って葉原がそれに答えた。
「シリウスはね、太陽を除けば地球から見える星の中で一番明るく見える星なんだよ。 青白く輝くことから、日本では『青星』なんて呼ばれ方もするんだけどね」
「そうなのか」
葉原は続ける。
「シリウスはギリシャ語で『焼き焦がすもの』を意味するんだけど、何よりシリウスの星言葉が蒼子ちゃんにぴったりなんだよ!」
「星言葉?……星言葉ってなんだ?」
これまた聞き慣れない単語が出てきた。すると、すかさず葉原が詳しい解説を施す。
「花に花言葉があるように、星にも星言葉っていうのがあるんだよ」
「ほぉ……、葉原は物知りだな」
「まぁね! ……で、そのシリウスの星言葉って言うのが……」
葉原はそう言って少しの沈黙を挟むと、真剣な表情を浮かべて再び口を開いた。
「—— “完成された精神のリアリスト” 」
「……完成された精神……」
俺は葉原の口から発せられた言葉を復唱すると、話聞きながら静かに俯く白月に目を向ける。
葉原は先程、「シリウスの星言葉が白月にぴったりだ」と言った。確かに周りから見れば、『天才 白月蒼子』の存在はその星言葉そのものに見えるだろう。無数にある星の中で誰よりも強く輝き、青白い光を放つその星は、まさに白月蒼子を象徴する星であると言える。
それに加えてその星言葉だ。
決して揺らぐことはなく、常に勝者であり続ける白月の存在は、傍から見れば “完成された精神” を持っていると映って当然だろう。
けれど、俺は知っている。
その言葉は、白月蒼子から最も遠く離れた言葉であることを——。
生まれて初めて生の流星群を観ることが出来るということで、涼しげな夜風とは対照的に体は確かな熱を発し始めた。
俺は記録用の写真を何枚か撮り終えた白月と共に、ブルーシートの上で仰向けになる葉原の隣に座ってその時を静かに待つ。
改めて空を見上げてみると、白く輝く星々が見えない線で繋がり、図鑑で調べたような星座となって俺の瞳に映り出した。
「あっ、夏の大三角見つけたー! ……ってことは、あそこにあるのが白鳥座だね」
そう言って葉原が空を指差す。
「そうね。そのすぐ下にあるのが琴座のベガ。そして、さらに下にあるのが——」
「鷲座のアルタイル……だな」
反射的にそう答えると、それまで空を見上げていた2人が顔をこちらに向けた。
「晴人くん、星の名前ちゃんと覚えたんだね! 凄いじゃん!」
「少しは天文部員らしくなってきたじゃない」
そりゃあ、昼にあれだけ図鑑を確認したんだから嫌でも覚えるだろ。
そんな風に思いながらも、ぶっきら棒に「まぁな」とだけ言葉を返す。……と、ちょうど天文部らしい星の話題が出たところで、俺は気になっていたことを2人にふと尋ねてみた。
「そういえば……」
「……なに?」
「アルナイル……とシリウスって、どんな星なんだ?」
「えっ?」
唐突な質問に一瞬疑問を浮かべると、2人はすぐ納得したように口を開いた。
「……そういうことね」
「晴人くん、あの時の話聞こえてたんだ」
体を起き上がらせて問う葉原に向かって頷くと、今度は白月が俺の問いに対して静かに答えた。
「アルナイルは鶴座 α星の固有名よ。鶴座は南天の秋の星座で、日本では限られた地域でしか見ることはできないけれどね。……ちなみにアルナイルはアラビア語で『輝くもの』を意味するわ。葉原さんにぴったりな星よね」
「輝くもの……」
白月の話を聞いて、確かに葉原を象徴するような星であると思った。葉原がこの星を好きだというのも、きっとその言葉が理由なのだろう。そんなことを考えながら葉原に目を向けると、当の本人は少し照れ臭そうに笑みを浮かべていた。
「で、シリウスの方はどんな星なんだ?」
「……シリウスは——」
「シリウスは、おおいぬ座 α星の固有名だよ」
もう1つの星について白月に説明を求めると、白月の言葉を遮って葉原がそれに答えた。
「シリウスはね、太陽を除けば地球から見える星の中で一番明るく見える星なんだよ。 青白く輝くことから、日本では『青星』なんて呼ばれ方もするんだけどね」
「そうなのか」
葉原は続ける。
「シリウスはギリシャ語で『焼き焦がすもの』を意味するんだけど、何よりシリウスの星言葉が蒼子ちゃんにぴったりなんだよ!」
「星言葉?……星言葉ってなんだ?」
これまた聞き慣れない単語が出てきた。すると、すかさず葉原が詳しい解説を施す。
「花に花言葉があるように、星にも星言葉っていうのがあるんだよ」
「ほぉ……、葉原は物知りだな」
「まぁね! ……で、そのシリウスの星言葉って言うのが……」
葉原はそう言って少しの沈黙を挟むと、真剣な表情を浮かべて再び口を開いた。
「—— “完成された精神のリアリスト” 」
「……完成された精神……」
俺は葉原の口から発せられた言葉を復唱すると、話聞きながら静かに俯く白月に目を向ける。
葉原は先程、「シリウスの星言葉が白月にぴったりだ」と言った。確かに周りから見れば、『天才 白月蒼子』の存在はその星言葉そのものに見えるだろう。無数にある星の中で誰よりも強く輝き、青白い光を放つその星は、まさに白月蒼子を象徴する星であると言える。
それに加えてその星言葉だ。
決して揺らぐことはなく、常に勝者であり続ける白月の存在は、傍から見れば “完成された精神” を持っていると映って当然だろう。
けれど、俺は知っている。
その言葉は、白月蒼子から最も遠く離れた言葉であることを——。
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