俺が白月蒼子を嫌う理由

ユウキ ヨルカ

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脱衣所で服を脱ぎ、洗面用具を持って大浴場に移動した私たちは、8つ並ぶうち中央にある洗い場のバスチェアに腰を下ろした。隣では葉原さんが「すごーい」だの「広ーい」だのと浴室を見回しては感嘆の声を上げ続けている。

本来は大人数での使用が普通なのだろうが、今この大浴場にいるのは私と葉原さんの2人だけ。そのせいか、確かにこの浴場は些か広すぎる気もする。

そんな少しばかりの贅沢を味わいながら、私は買っておいた自前のシャンプーを泡立てて長く伸びた髪を洗い、リンスで丁寧にケアをしてからシャワーで流す。隣に座る葉原さんも、楽しげな鼻歌を浴場に響かせながら綺麗な栗色の髪と白く艶のある肌を優しく丁寧に洗っている。そんな彼女を横目で見ながら、私も泡立ったボディタオルで体を優しく洗っていく。


「そういえば、蒼子ちゃんはさ……どうして天文部に入部しようと思ったの?」

体についた泡を流すため、温かいシャワーを肩に浴びせる葉原さんがふと尋ねてきた。


「どうして……」

私は少し考えてからそれに答える。


「そうね……元々、星が好きだったからというのが一つ。もう一つは、居場所が欲しかったから……かしらね」

「居場所?」

葉原さんはシャワーを止めてこちらを向くと、そう言って不思議そうに首を傾げる。

彼女は、今の私の教室や家でのあり方を知らない。私が教室で常に1人でいることも、家にあまり居たくない感じているということも、彼女は知らない。

それを知っているのは、この学校でただ1人。

今頃、律儀に部屋の外で見張りをしてくれているだろう彼だけ。

私は体に残った泡をシャワーで洗い流すと、シャワーを止めてその場に立ち、私の発した言葉の意味を求める彼女に「えぇ」とだけ答えて浴槽へと向かった。

浴槽に張られたぬる過ぎず熱過ぎない湯に片足ずつ潜らせていくと、後ろからペタペタと葉原さんの足音が近づいてくるのが分かった。そうしてゆっくりと腰を落とし、肩まで湯に浸かったところで一息吐き、同じく肩まで湯に浸かり、濡れた髪をタオルで巻く彼女に向かって訊き返す。


「葉原さんは、今の天文部をどう思っているの?」

すると彼女は、愛らしい顔に満面の笑みを浮かべてそれに答えた。


「私? 私はすっごく楽しい部だと思ってるよ。部の活動自体もそうだけど、何より蒼子ちゃんと晴人くんと一緒に活動できてるのが一番嬉しくて楽しい。……だからこの合宿も、参加できて本当に良かったと思ってるよ!」

「そう。私も葉原さんと一緒に活動できて、本当に良かったと思っているわ。最初に皇くんが、あなたを連れてきた時には正直かなり驚いたけれどね」

「私も、蒼子ちゃんが天文部員だって知ってすごく驚いたよぉ~」

葉原さんは初めて部にやってきた時のことを思い出したのかクスクスと小さく笑い出し、それから、

「でもそれ以上に、晴人くんも入部するって言った時の方が驚いたよね」

と付け加えて言った。

私はそれに対して「そうね」と返すと、お互いに顔を見合わせて広い大浴場に笑い声を響かせた。

そんな反響する自分の笑い声を耳にしてふと思う。

皇くんや葉原さんと共に過ごすようになってから、昔に比べてよく笑うようになったような気がする。

昔の私は、自分の持つ多くの才能に囚われ、ただみんなが望む『天才』であるために毎日を過ごしていた。何か変化を得られるかもしれないと思って入部した部でも結局1人になってしまい、楽しいことなど何も無いと思うようになっていたあの頃に比べて、今は自然に笑顔を浮かべられるようになった。

そんな自分の変化に気づくと同時に、私を変えてくれた2人に対する感謝の気持ちも込み上がってきた。

2人に出逢わなければ、今頃私はどうなっていたのだろう……。そんな『もしも』のことを考えると、少し怖くなる。

『天才』として生まれた事が一番の不運であるのなら、彼等と出逢えたことが私にとって一番の幸運であると、隣で笑みを浮かべる彼女を見てそんなことを思った。


「天体観測、楽しみましょうね」

「うん! ……流星群、見えるといいなぁ」

「見えるわよ、きっと」


素直ではないと自覚している私は、ストレートに想いを伝えることは出来ない。少なくても、今はまだ……。

だからせめて、この合宿が私たち3人の共通の思い出となることを、橙色から藍色に変わっていく夏空……その奥に輝く星々に向かって、私は願うようにそっと呟いた。
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