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夕食を食べた後、俺たちは部室に置いてある荷物を持って本校舎に隣接する合宿所へと移動した。
合宿所は本校舎よりも後に造られたため、比較的新し目に見える一戸建てで、正面玄関から入ってすぐ左側に真っ直ぐ食堂に繋がる廊下があり、その左右に4部屋ずつ10畳の和室が並んでいる造りとなっている。
現在この合宿所を利用しているのは俺たち天文部だけらしく、どの部屋を利用してもいいとのことだったため、俺たちは正面玄関から入って左側2つ目の部屋に荷物を置くことにした。
「わぁ……畳の匂いがする!」
白月が部屋の扉を開けると、葉原は早々に靴を脱ぎ捨てて部屋に上がりそう口にした。最近張り替えたのか、部屋の中には確かに畳独特の匂いが残っている。
「畳というか、い草の匂いね」
白月は部屋に入って脱いだ靴を丁寧に並び替えると、持ってきた荷物を壁際に置いて言った。俺も白月の後に続いて部屋に上がる。時刻はもうすぐ18時。部屋の奥の窓からは、沈みかけの柔らかな光が静かに射し込んで来る。
気がつけばミンミンジィージィーととけたたましく鳴り響いていた蝉の鳴き声は、カナカナと哀愁漂う鳴き声に変わっていて、昼の暑さが幻影のように薄れていくのを感じながら、俺も2人と同じように荷物を置く。
すると白月が、部屋の真ん中で寝転ぶ葉原に向かって口を開いた。
「それじゃあ、葉原さん。荷物も運び終えた事だし、早いところお風呂に入ってしまいましょうか」
「そーだね。さんせー!」
白月の提案に対して葉原は、仰向けの体制からスッと立ち上がると右手を挙げてそれに応える。
「それじゃあ、俺も——」
「入って来る」と言いかけたところで、白月がこちらを向いてその言葉を遮った。
「皇くんは、私たちが戻って来るまで正面玄関で見張りしておいてちょうだいね」
「……は? なんで?」
言っている意味が分からず訊き返す。
「あなたがいなくなったら、一体誰が荷物の見張りをするっていうのよ。何か盗まれたりしたら困るでしょ?」
「いや、今合宿所使ってんの俺らだけなんだから、誰も盗みになんて来ねぇだろ」
「そんなの分からないでしょ? なんて言ったって、この部には可愛い女の子が2人もいるんだから。私たちがいない間に下着とか盗まれたら嫌じゃない。それに、外部の人間が欲情して浴場を覗きに来るかもしれないし。……そういうわけだから、見張りよろしくね」
白月はそうしてつまらないギャグを言い放つと、バッグから着替えやタオルを取り出し、葉原を連れて部屋を出て行った。
「意識過剰だろ……」
無人になった部屋で一人そう呟くと、今さっき出て行ったはずの白月が再び部屋にやってきて、言い忘れたことでもあるかのように「あー、そうそう」と呟いた。
「見張りだからって、調子に乗って覗いたりしたら殺すから」
白月は感情の全くこもっていない機械音声のような声音でそう告げると、にこりと笑って静かに部屋を出て行った。
「……………………怖ぇよ」
何も映っていない空洞のように真っ黒な瞳で見つめられた俺は、消えかけの炎のような声でそう呟くと、靴を履き直してヒグラシの声が染み渡る部屋を後にし、言われた通り正面玄関へと向かった。
合宿所は本校舎よりも後に造られたため、比較的新し目に見える一戸建てで、正面玄関から入ってすぐ左側に真っ直ぐ食堂に繋がる廊下があり、その左右に4部屋ずつ10畳の和室が並んでいる造りとなっている。
現在この合宿所を利用しているのは俺たち天文部だけらしく、どの部屋を利用してもいいとのことだったため、俺たちは正面玄関から入って左側2つ目の部屋に荷物を置くことにした。
「わぁ……畳の匂いがする!」
白月が部屋の扉を開けると、葉原は早々に靴を脱ぎ捨てて部屋に上がりそう口にした。最近張り替えたのか、部屋の中には確かに畳独特の匂いが残っている。
「畳というか、い草の匂いね」
白月は部屋に入って脱いだ靴を丁寧に並び替えると、持ってきた荷物を壁際に置いて言った。俺も白月の後に続いて部屋に上がる。時刻はもうすぐ18時。部屋の奥の窓からは、沈みかけの柔らかな光が静かに射し込んで来る。
気がつけばミンミンジィージィーととけたたましく鳴り響いていた蝉の鳴き声は、カナカナと哀愁漂う鳴き声に変わっていて、昼の暑さが幻影のように薄れていくのを感じながら、俺も2人と同じように荷物を置く。
すると白月が、部屋の真ん中で寝転ぶ葉原に向かって口を開いた。
「それじゃあ、葉原さん。荷物も運び終えた事だし、早いところお風呂に入ってしまいましょうか」
「そーだね。さんせー!」
白月の提案に対して葉原は、仰向けの体制からスッと立ち上がると右手を挙げてそれに応える。
「それじゃあ、俺も——」
「入って来る」と言いかけたところで、白月がこちらを向いてその言葉を遮った。
「皇くんは、私たちが戻って来るまで正面玄関で見張りしておいてちょうだいね」
「……は? なんで?」
言っている意味が分からず訊き返す。
「あなたがいなくなったら、一体誰が荷物の見張りをするっていうのよ。何か盗まれたりしたら困るでしょ?」
「いや、今合宿所使ってんの俺らだけなんだから、誰も盗みになんて来ねぇだろ」
「そんなの分からないでしょ? なんて言ったって、この部には可愛い女の子が2人もいるんだから。私たちがいない間に下着とか盗まれたら嫌じゃない。それに、外部の人間が欲情して浴場を覗きに来るかもしれないし。……そういうわけだから、見張りよろしくね」
白月はそうしてつまらないギャグを言い放つと、バッグから着替えやタオルを取り出し、葉原を連れて部屋を出て行った。
「意識過剰だろ……」
無人になった部屋で一人そう呟くと、今さっき出て行ったはずの白月が再び部屋にやってきて、言い忘れたことでもあるかのように「あー、そうそう」と呟いた。
「見張りだからって、調子に乗って覗いたりしたら殺すから」
白月は感情の全くこもっていない機械音声のような声音でそう告げると、にこりと笑って静かに部屋を出て行った。
「……………………怖ぇよ」
何も映っていない空洞のように真っ黒な瞳で見つめられた俺は、消えかけの炎のような声でそう呟くと、靴を履き直してヒグラシの声が染み渡る部屋を後にし、言われた通り正面玄関へと向かった。
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