俺が白月蒼子を嫌う理由

ユウキ ヨルカ

文字の大きさ
上 下
80 / 186

79

しおりを挟む
夕食を食べた後、俺たちは部室に置いてある荷物を持って本校舎に隣接する合宿所へと移動した。

合宿所は本校舎よりも後に造られたため、比較的新し目に見える一戸建てで、正面玄関から入ってすぐ左側に真っ直ぐ食堂に繋がる廊下があり、その左右に4部屋ずつ10畳の和室が並んでいる造りとなっている。
現在この合宿所を利用しているのは俺たち天文部だけらしく、どの部屋を利用してもいいとのことだったため、俺たちは正面玄関から入って左側2つ目の部屋に荷物を置くことにした。


「わぁ……畳の匂いがする!」

白月が部屋の扉を開けると、葉原は早々に靴を脱ぎ捨てて部屋に上がりそう口にした。最近張り替えたのか、部屋の中には確かに畳独特の匂いが残っている。


「畳というか、い草の匂いね」

白月は部屋に入って脱いだ靴を丁寧に並び替えると、持ってきた荷物を壁際に置いて言った。俺も白月の後に続いて部屋に上がる。時刻はもうすぐ18時。部屋の奥の窓からは、沈みかけの柔らかな光が静かに射し込んで来る。

気がつけばミンミンジィージィーととけたたましく鳴り響いていた蝉の鳴き声は、カナカナと哀愁漂う鳴き声に変わっていて、昼の暑さが幻影のように薄れていくのを感じながら、俺も2人と同じように荷物を置く。

すると白月が、部屋の真ん中で寝転ぶ葉原に向かって口を開いた。


「それじゃあ、葉原さん。荷物も運び終えた事だし、早いところお風呂に入ってしまいましょうか」

「そーだね。さんせー!」

白月の提案に対して葉原は、仰向けの体制からスッと立ち上がると右手を挙げてそれに応える。


「それじゃあ、俺も——」

「入って来る」と言いかけたところで、白月がこちらを向いてその言葉を遮った。


「皇くんは、私たちが戻って来るまで正面玄関で見張りしておいてちょうだいね」

「……は? なんで?」

言っている意味が分からず訊き返す。


「あなたがいなくなったら、一体誰が荷物の見張りをするっていうのよ。何か盗まれたりしたら困るでしょ?」

「いや、今合宿所使ってんの俺らだけなんだから、誰も盗みになんて来ねぇだろ」

「そんなの分からないでしょ? なんて言ったって、この部には可愛い女の子が2人もいるんだから。私たちがいない間に下着とか盗まれたら嫌じゃない。それに、外部の人間が欲情して浴場を覗きに来るかもしれないし。……そういうわけだから、見張りよろしくね」

白月はそうしてつまらないギャグを言い放つと、バッグから着替えやタオルを取り出し、葉原を連れて部屋を出て行った。


「意識過剰だろ……」

無人になった部屋で一人そう呟くと、今さっき出て行ったはずの白月が再び部屋にやってきて、言い忘れたことでもあるかのように「あー、そうそう」と呟いた。


「見張りだからって、調子に乗って覗いたりしたら殺すから」


白月は感情の全くこもっていない機械音声のような声音でそう告げると、にこりと笑って静かに部屋を出て行った。


「……………………怖ぇよ」

何も映っていない空洞のように真っ黒な瞳で見つめられた俺は、消えかけの炎のような声でそう呟くと、靴を履き直してヒグラシの声が染み渡る部屋を後にし、言われた通り正面玄関へと向かった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

恋もバイトも24時間営業?

鏡野ゆう
ライト文芸
とある事情で、今までとは違うコンビニでバイトを始めることになった、あや。 そのお店があるのは、ちょっと変わった人達がいる場所でした。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中です※ ※第3回ほっこり・じんわり大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※ ※第6回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※

愛しくて悲しい僕ら

寺音
ライト文芸
第6回ライト文芸大賞 奨励賞をいただきました。ありがとうございます。 それは、どこかで聞いたことのある歌だった。 まだひと気のない商店街のアーケード。大学一年生中山三月はそこで歌を歌う一人の青年、神崎優太と出会う。 彼女は彼が紡ぐそのメロディを、つい先程まで聴いていた事に気づく。 それは、今朝彼女が見た「夢」の中での事。 その夢は事故に遭い亡くなった愛猫が出てくる不思議な、それでいて優しく彼女の悲しみを癒してくれた不思議な夢だった。 後日、大学で再会した二人。柔らかな雰囲気を持つ優太に三月は次第に惹かれていく。 しかし、彼の知り合いだと言う宮本真志に「アイツには近づかない方が良い」と警告される。 やがて三月は優太の持つ不思議な「力」について知ることとなる。 ※第一話から主人公の猫が事故で亡くなっております。描写はぼかしてありますがご注意下さい。 ※時代設定は平成後期、まだスマートフォンが主流でなかった時代です。その為、主人公の持ち物が現在と異なります。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ボタニカルショップ ウィルオウィスプ

景崎 周
ライト文芸
特に趣味もなく、色恋沙汰にも疎く、突如声と職を失った笹森すみれ24歳。 ないない尽くしのすみれは、失意のまま田舎で愛猫と暮らす祖母の元に転がり込む。 そしてある晩のこと。 声を奪う呪いを解き、植物店での仕事までもを紹介くれたのは、祖母の愛猫こと猫又のあけび様だった―― 好青年が営む植物店を舞台に、植物素人の奮闘が始まる。 ふてぶてしくも憎めない猫又、あけび様。 ぞっとするほど美形な店主、月隠千秋。 店を訪れる様々な馴染みのお客さん。 一風変わった植物たちが、人々の心を結び付けていく。

フルーツサンド 2人の女の子に恋をした。だから、挟まりたい。

Raychell
ライト文芸
【完結しました】  ある夏の日、俺は2人の女の子に恋をした。  たぶん、ユリだと思うから、それに挟まれたい。  外道中の外道と言われても、禁断の果実はきっと甘い……はず。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

処理中です...