俺が白月蒼子を嫌う理由

ユウキ ヨルカ

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グラウンドや体育館から聞こえる威勢のいい運動部の掛け声が。

音楽室から鳴り響く吹奏楽部の迫力ある演奏が。

それらに負けじとけたたましい大合唱を繰り広げる蝉の鳴き声が——、8月の蒼い空にすっと溶けていく。

***

8月12日。天気は晴れ。

惜しくも甲子園出場の切符を手にすることが出来なかった凪ノ宮高校野球部は、次の大会に向けて今日も炎天下のグラウンドで練習に励んでいる。
ピッチングマシンから放たれたボールが部員の振る金属バットに当たり、快音と共にグラウンドの奥の奥までまで伸びていく様子を眺めながら、俺は正門から続くアプローチを通って昇降口へと入った。そして、靴を履き替えると、目的の場所へ向かうために俺は廊下に出た。

夏休み真っ只中ということで、やはり廊下を歩き 彷徨うろつく生徒の姿は見当たらない。辺りを見回しながら東棟1階の廊下を進むと、無人の1年生教室の前を通りがかった。普段は人がいて当たり前の空間に人が誰もいないというのはなんだか不思議な感覚で、まるで別の世界に紛れ込んでしまったような、そんな錯覚に陥った。
中学でも部活動には参加していなかったため、このように長期休暇中の学校に入るということが、俺にはなんだか特別なようなことのように思えた。

そんな少年時代に戻ったような高揚感を抱きつつ、俺は西棟3階にある目的の場所へ向かって階段を上っていく。

***

今日は夏休み前から計画していた、天文部の天体観測合宿1日目。今日から3日間、今いる本校舎に隣接する合宿所で、初めての部活動合宿が行われる。
寝泊まりはその合宿所の部屋を借りて行うわけだが、合宿時の主な活動は部室で行う。
そのため、まずはいつも通り天文部の部室へ向かわなければならない。

俺は階段を上って3年生教室のある東棟3階まで来ると、渡り廊下を通って反対側の西棟へとやってきた。ここには天文部の他にも、いくつかの文化部の部室が並んでいる。
俺はそれらの部室の前を通って、一番奥に存在する部屋の前で立ち止まると、目の前の扉を軽く二度ノックする。


「開いてるわよ」

扉の向こうから声が聞こえてきたの確認すると、俺は銀のドアノブを回して中へと入った。


「おう」

「えぇ」

部屋の中央にあるテーブル席に腰掛けながら、文庫本に目を落とす白月と短い挨拶を交わすと、俺はテーブルの上に持ってきた荷物を置き、ドアから一番近くにあるパイプ椅子を引いてゆっくりと腰掛けた。静閑な部室にギシギシと音が鳴り響く。

部屋の奥にある窓は開け放たれ、外から心地のいい風が入って来る。白月は時折、風に靡く長い髪を片手で押さえながら、本のページを器用に捲っていく。

黙ってさえいれば、その光景は映画のワンシーンとして使用されるほど洗練された美しい場面なんだがな……などと考えながら、俺は黙々と読書に励む白月に尋ねる。


「葉原は? まだ来てないのか?」

「えぇ。でも、もうすぐ来るはずよ」

すると白月の予言通り、俺が今しがた入ってきた後方のドアがバンッと勢いよく開き、大きなボストンバッグを脇に抱えた葉原が息を切らせた様子でやってきた。


「ご、ごめん……! はぁ……はぁ……ま、待った……?」

「いや、俺も今来たところだから。……ってかなんだよその大荷物。2泊3日だぞ? 1週間分くらいないか? それ……」

そう言って俺は葉原の抱えるボストンバッグに目を向ける。すると葉原は目を逸らすように視線を斜め上に向け、苦笑しながらそれに答えた。


「い、いやぁ~……いろいろ詰め込んでたらこんな感じになっちゃってさぁ……」

「いろいろって……何持って来たんだよ」

「えーっとねぇ……着替えと洗面用具とタオルと……あとはトランプとか、ま、漫画とか?」

「後半絶対いらねぇだろ」

「そんなことないよぉ! 夜にみんなでババ抜きとかするんだから! それに漫画も、蒼子ちゃんと貸し借りするために持って来たんだし」

俺はそう抗議する葉原から、何食わぬ顔で静かに文庫本を読み耽る白月に視線を移す。


……こいつ、この合宿を漫画交換の場と勘違いしてるんじゃないか? 俺も人のことは言えないが、普段こういうイベントごとに参加する機会がないからって、浮かれすぎている気がする。

今だって「全然合宿なんかに興味はありません」みたいな澄ました顔をしているが、きっと本の内容なんてほとんど頭に入ってこないくらいに心を躍らせているんだろう。

楽しみにしてるなら、もっと表情に出せよ。

そんなことを思いながら、相も変わらず文庫本に目を落とす白月を眺めていると、白月は突然読んでいた本をぱたりと閉じ、席を立ち上がった。そしてそのまま開け放たれた窓の方へゆっくり進むと、窓枠から頭を出し、夏の陽光で満たされる中庭に向かってポツリと呟いた。


「天気がいいわね」

その小さな呟きは、遠くから聞こえて来る運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏に乗って、吸い込まれるように空へと消えていく。

そうしてしばらく窓の外を眺めたあとで、白月は自分の長い黒髪を靡かせながら、くるりとこちらを振り返った。


「皇くん、葉原さん」

突然、透き通るような声で名を呼ばれた俺と葉原は、続く白月の言葉に注目する。


「……今回は天文部初の合宿に参加してくれてありがとう。こうして、現在部が活動できているのも2人のお陰よ。……今日から3日間、思い出に残るいい合宿にしましょうね」

僅かに笑みを浮かべる白月の言葉に、俺と葉原はお互い顔を見合わせる。



季節は夏。

見上げる空はどこまでも蒼く広がり、白く輝く太陽を遮るものは何もない。


部屋に染み込む蝉の鳴き声が。

涼風に運ばれてやって来る、青々とした草木の匂いが。

硝子のように透き通った、白月の透明な微笑みが——


これから始まる合宿を良いものに仕立て上げようとしている……。
そんな予感を感じながら、俺たちはそれに静かに頷いて応えた。
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