俺が白月蒼子を嫌う理由

ユウキ ヨルカ

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「晴人くん、蒼子ちゃん! 今回は本当にありがとー! 助かったよぉ~」


期末テストが終了してから1週間後の水曜日。
天文部の部室に、返却されたテスト用紙を手に持った葉原が息を切らせてやってきた。

通常教科に家庭科と保健体育を合わせた、計12教科のテスト用紙を全て返却された葉原は、その全てが平均点を上回っていたらしく、部室に着くなり感涙に咽び泣きながら俺と白月に礼を言ってきた。


「この私がしっかり監督していたんだもの。当然の結果よ」

「なんでさも自分のお陰みたいに言ってんだ。お前は見てただけだろうが」

人の功績を横から奪い取ろうとする白月を訝しんだ目で見る。


「というか、今回の結果は葉原の努力の成果が出たってだけで、俺たちに礼を言う必要はねぇよ。頑張ったな」

試験勉強の手伝いをしたと言っても、実際にテストを受けたのは葉原本人であり、葉原自身の努力がなければいくら教えたところで結果は伴わなかっただろう。

『努力に応じた結果を出す』というのは、俺たちが思っているよりもずっと難しいことだということを、俺は身を以て知っている。

だから、こうして望んだ結果を出すことが出来たということは、それだけ葉原が必死になって勉強したという証明なのだ。


「うん。でも、やっぱりありがと。2人に見てもらってなかったら私、きっとこんなに頑張れなかったよ。……ところで、2人はテストどうだったの?」

謙虚で礼儀正しい葉原は改めて礼を口にすると、今度は俺たちにテストの是非を尋ねてきた。


「私はいつも通りね」

「俺もそこそこだな。平均80点行ったか行かないかくらいだったと思う」

白月の言う「いつも通り」とは、いつも通りオール100点ということだろう。相変わらず学力の次元が違いすぎる。

けれど、こいつはこいつ。俺は俺だ。
もう張り合うことはしない。俺はあくまで、俺自身のために勉強するだけ。
そう考えて今回のテストに望んだ。

その結果、前回の中間テストよりは合計点数が下がったものの学年上位には食い込めるような点を取ることができた。いつもなら、いろんなものが磨り減りそうになる定期試験も、今回は比較的安定して受けることができた。きっとこれも、心の成長というやつのお陰だろう。

そんな風に考えていると、葉原は感嘆の息を洩らしながら輝かしい瞳をこちらに向けてきた。


「すごいなぁ……2人とも。昔から全然変わってない。私ももっと頑張らなくちゃ」

俺はそう言って意気込む葉原に、自分の二の舞にはなって欲しくなくて、静かに諭す。


「そんなに気負う必要はないからな。自分のペースでゆっくり進んでいけばいい。……あと、間違ってもこいつみたいになろうとは思うなよ? こいつの頭の作りは俺たちとはまるで違うんだから、真似しようとしても無駄だぞ」

「わかってるよぉ、そんなこと。……ただ、もう少し、今の自分に自信を持ちたくて……。だから、少しずつ努力してく。 2人に迷惑をかけずに済むくらいまで」

「『迷惑をかけている』なんていうのは、自意識過剰だぜ。お前は俺たちの後輩なんだから、気にせずもっと頼っていいんだ」

たった1つしか歳が違わないといっても、俺たちが『先輩』で葉原が『後輩』という事実に変わりはない。下級生を導くのは上級生の義務みたいなもんだ。だから、葉原がそんなことを考える必要はどこにも無い。


「皇くんの言う通り、あなたはもっと人を頼ってもいいのよ。誰か頼れる相手が存在するということは、それはそれは素晴らしいことなのだから」

そう語る白月の言葉には、確かな重みやはっきりとした形があるように思えた。

こいつは——、白月は、俺たち『凡人』とは違う『天才』だからこそ、どれだけ人に頼ることが難しいのかをよく知っている。


……人に “自分の弱さ” を曝け出すことがどれほど大変で勇気のいることなのかを、こいつはよく知っているのだ。


そんな白月の言葉を受けて、葉原は「うん」と強く頷いた。そして、顔をグッと上げると、幼い顔に悪戯っぽい表情浮かべて無邪気に笑ってみせた。


「2人がそこまで言うなら、もう少しだけ頼ってみようかな。 ……そういうわけで! これからいっぱい迷惑かけるからよろしくね! 先輩!」


季節はもうすっかり夏。窓から見える蒼穹には、燦々と輝く白い太陽が「待ってました」と言わんばかりの強い存在感を放って浮かんでいる。

明日は終業式。1学期最後の登校日だ。
それが終われば、凪ノ宮高校にも待ちに待った夏休みがやってくる。いい形で夏休みのスタートを切るためにも、気を抜かず、最後の1日をしっかりと過ごそうと、俺は目の前に立って笑う葉原を見ながらそんなことを考えるのだった。
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