58 / 186
57
しおりを挟む
葉原と天文部入部に関する話をしてから、2日が経った水曜日の放課後。俺は教室で下校の支度をする白月を連れて、西棟3階にある天文部の部室へと向かった。
中間テストが終了したことにより、校内では再び体操服やユニフォームに着替えて部活動に勤しむ生徒の姿が見られ始め、西棟3階に建ち並ぶ文化部の部室や東棟にある音楽室からも、大会やコンクールに向けての練習に取り組む部員たちの様子がひしひしと伝わってくるようになった。
そんないつも通りの日常を取り戻した校内の雰囲気を肌で感じながら、俺たちは西棟3階の一番奥に位置する天文部の部室へとやってきた。
「それにしても皇の方から話しかけてくるなんて珍しいこともあるものね。先日お家にお邪魔したことで、皇くんの中で何か変化でもあったのかしら?」
白月はここに来る途中、職員室で拝借した部室の鍵をドアノブの鍵穴に差し込みながら尋ねてくる。
「ねぇよ。強いて言うなら、お前のウザさを再認識したくらいだな」
「あら。せっかく意気消沈ネガティブモードになった皇くんを助けてあげたっていうのに感謝の言葉もないなんて、全く礼儀がなってないわね。一から躾け直さないとダメかしら」
「一からも何も、お前に躾けられた記憶はないんだが」
そんな話をしているうちに部室の扉はカチャリという音を立てて解錠し、白月は鍵を制服のポケットにしまい込むと、ドアノブをくるりと回して部室の中へと足を踏み入れた。
俺も白月に続いて部室に入るが、この部屋に来るのも久し振りだったせいか、やけに埃っぽく感じる。
けほけほと軽く咳をしながら、部屋の中央に設置されている木製テーブルの上に鞄を置くと、閉め切られたカーテンを勢いよく開いた白月が一息ついてから疑問を口にした。
「それで、私をここへ呼び出した理由は一体なんなのかしら」
俺は赤錆の目立つパイプ椅子に深く腰掛けながら、その問いに答える。
「今からここに新入部員がやって来る」
「…………は?」
「だからお前にはこれから、その新入部員の相手をしてもらう」
窓硝子に背を向けて立つ白月は、理解が追いついていないといった様子で瞳を大きく開くと、ぱちくりと数回瞬きを繰り返した。
***
時は少し遡り、俺が今朝学校に登校してきてすぐのこと。昇降口で靴を履き替え、2年2組教室へと向かうと、教室の前で不審な動きをしている生徒を発見した。スカートを校則で指定されている長さよりも少し短めに履き、ウェーブのかかった綺麗な栗色の髪をゆさゆさと揺らしながら、盗み見るように教室内の様子を眺めている。
あいにく、俺はその生徒が誰なのかよく知っていたし、どうして彼女がこの教室の前にいるのかも大体の予想がついていたため、躊躇わずに声をかけた。
「おはよう、葉原」
「うわぁ!? ……って、晴人くんかぁ。びっくりしたぁ」
「いや、驚きすぎだろ」
「急に後ろから声かけられれば、誰だって驚くよぉ!」
葉原はこちらを振り向いてそういうと、むくれたように頬を膨らませた。
俺はそんな、思わずニヤついてしまいそうになるほど可愛らしい葉原のしかめっ面を眺めながら尋ねる。
「で、俺に何か用か?」
すると葉原は本来の目的を思い出したかのように「あー、そうそう」と両手を合わせると、いつものおっとりとした朗らかな表情に戻って話し始めた。
「この前晴人くんから貰った入部届け、ちゃんと提出しておいたよ。それで、今日から正式な天文部員として活動させてもらうことになったから、放課後天文部の部室に挨拶に行くことにしたの」
葉原は続ける。
「ところで晴人くん、唯一の天文部員さんとお知り合いなんでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあさ……悪いんだけど、私が放課後挨拶に行くってこと伝えておいて貰えない? それと、出来れば晴人くんも一緒に来て欲しいんだけど、ダメ……かな?」
葉原はそう言って、捨て犬のような目をこちらに向けてくる。
確かに、誰かもよく知らない人物と狭い空間で向かい合って会話するというのは、少なからず不安を感じるだろう。ましてや、入学して間もない1年生ともなればなおさらだ。
……まぁ伝えてないだけで、お互い何度も顔を合わせて話をしている仲なんだけどな。
と、そんなことを考えながら、ただでさえ小さな体を不安でさらに縮こませる葉原に向かって答える。
「あぁ、いいよ。分かった」
すると葉原はホッと安堵の表情を浮かべて、こちらが思わず仰け反ってしまうほどに顔を前に突き出してきた。
「ありがとー! 助かるよぉ~」
「まぁ、部に誘ったのは俺の方だしな。最後まで付き合ってやるよ」
実のところ、天文部の部室には個人的に用があったため、葉原に頼まれようが頼まれまいが行く予定ではあった。しかし、ここは『嫌な顔一つせず、後輩のお願いを聞いてくれる頼れる先輩』を演じて、少しでも葉原からの好感度を上げておいた方がいいだろう……などと、先輩にあるまじき姑息な考えを巡らせつつ答えると、葉原はそんな俺から視線を逸らして柔らかく微笑み、ポツリと呟いた。
「……晴人くん、やっぱり優しいよ」
何というか、面と向かってそんなことを言われると、照れ臭さと葉原を騙しているような罪悪感に苛まれてこの場から逃げ出したくなってしまう。
だから俺は、誤魔化すように冗談めかして葉原に言葉を返す。
「まぁ…… “先輩” だからな」
そんな話を交わしているうちに、2年2組教室にも続々と生徒がやって来る時間になった。葉原は始業のチャイムが近づくにつれて徐々に騒がしくなって行く廊下に目をやると、
「それじゃあ、放課後よろしくね!」
とだけ言い残して、足早に2年2組教室の前から去って行った。
中間テストが終了したことにより、校内では再び体操服やユニフォームに着替えて部活動に勤しむ生徒の姿が見られ始め、西棟3階に建ち並ぶ文化部の部室や東棟にある音楽室からも、大会やコンクールに向けての練習に取り組む部員たちの様子がひしひしと伝わってくるようになった。
そんないつも通りの日常を取り戻した校内の雰囲気を肌で感じながら、俺たちは西棟3階の一番奥に位置する天文部の部室へとやってきた。
「それにしても皇の方から話しかけてくるなんて珍しいこともあるものね。先日お家にお邪魔したことで、皇くんの中で何か変化でもあったのかしら?」
白月はここに来る途中、職員室で拝借した部室の鍵をドアノブの鍵穴に差し込みながら尋ねてくる。
「ねぇよ。強いて言うなら、お前のウザさを再認識したくらいだな」
「あら。せっかく意気消沈ネガティブモードになった皇くんを助けてあげたっていうのに感謝の言葉もないなんて、全く礼儀がなってないわね。一から躾け直さないとダメかしら」
「一からも何も、お前に躾けられた記憶はないんだが」
そんな話をしているうちに部室の扉はカチャリという音を立てて解錠し、白月は鍵を制服のポケットにしまい込むと、ドアノブをくるりと回して部室の中へと足を踏み入れた。
俺も白月に続いて部室に入るが、この部屋に来るのも久し振りだったせいか、やけに埃っぽく感じる。
けほけほと軽く咳をしながら、部屋の中央に設置されている木製テーブルの上に鞄を置くと、閉め切られたカーテンを勢いよく開いた白月が一息ついてから疑問を口にした。
「それで、私をここへ呼び出した理由は一体なんなのかしら」
俺は赤錆の目立つパイプ椅子に深く腰掛けながら、その問いに答える。
「今からここに新入部員がやって来る」
「…………は?」
「だからお前にはこれから、その新入部員の相手をしてもらう」
窓硝子に背を向けて立つ白月は、理解が追いついていないといった様子で瞳を大きく開くと、ぱちくりと数回瞬きを繰り返した。
***
時は少し遡り、俺が今朝学校に登校してきてすぐのこと。昇降口で靴を履き替え、2年2組教室へと向かうと、教室の前で不審な動きをしている生徒を発見した。スカートを校則で指定されている長さよりも少し短めに履き、ウェーブのかかった綺麗な栗色の髪をゆさゆさと揺らしながら、盗み見るように教室内の様子を眺めている。
あいにく、俺はその生徒が誰なのかよく知っていたし、どうして彼女がこの教室の前にいるのかも大体の予想がついていたため、躊躇わずに声をかけた。
「おはよう、葉原」
「うわぁ!? ……って、晴人くんかぁ。びっくりしたぁ」
「いや、驚きすぎだろ」
「急に後ろから声かけられれば、誰だって驚くよぉ!」
葉原はこちらを振り向いてそういうと、むくれたように頬を膨らませた。
俺はそんな、思わずニヤついてしまいそうになるほど可愛らしい葉原のしかめっ面を眺めながら尋ねる。
「で、俺に何か用か?」
すると葉原は本来の目的を思い出したかのように「あー、そうそう」と両手を合わせると、いつものおっとりとした朗らかな表情に戻って話し始めた。
「この前晴人くんから貰った入部届け、ちゃんと提出しておいたよ。それで、今日から正式な天文部員として活動させてもらうことになったから、放課後天文部の部室に挨拶に行くことにしたの」
葉原は続ける。
「ところで晴人くん、唯一の天文部員さんとお知り合いなんでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあさ……悪いんだけど、私が放課後挨拶に行くってこと伝えておいて貰えない? それと、出来れば晴人くんも一緒に来て欲しいんだけど、ダメ……かな?」
葉原はそう言って、捨て犬のような目をこちらに向けてくる。
確かに、誰かもよく知らない人物と狭い空間で向かい合って会話するというのは、少なからず不安を感じるだろう。ましてや、入学して間もない1年生ともなればなおさらだ。
……まぁ伝えてないだけで、お互い何度も顔を合わせて話をしている仲なんだけどな。
と、そんなことを考えながら、ただでさえ小さな体を不安でさらに縮こませる葉原に向かって答える。
「あぁ、いいよ。分かった」
すると葉原はホッと安堵の表情を浮かべて、こちらが思わず仰け反ってしまうほどに顔を前に突き出してきた。
「ありがとー! 助かるよぉ~」
「まぁ、部に誘ったのは俺の方だしな。最後まで付き合ってやるよ」
実のところ、天文部の部室には個人的に用があったため、葉原に頼まれようが頼まれまいが行く予定ではあった。しかし、ここは『嫌な顔一つせず、後輩のお願いを聞いてくれる頼れる先輩』を演じて、少しでも葉原からの好感度を上げておいた方がいいだろう……などと、先輩にあるまじき姑息な考えを巡らせつつ答えると、葉原はそんな俺から視線を逸らして柔らかく微笑み、ポツリと呟いた。
「……晴人くん、やっぱり優しいよ」
何というか、面と向かってそんなことを言われると、照れ臭さと葉原を騙しているような罪悪感に苛まれてこの場から逃げ出したくなってしまう。
だから俺は、誤魔化すように冗談めかして葉原に言葉を返す。
「まぁ…… “先輩” だからな」
そんな話を交わしているうちに、2年2組教室にも続々と生徒がやって来る時間になった。葉原は始業のチャイムが近づくにつれて徐々に騒がしくなって行く廊下に目をやると、
「それじゃあ、放課後よろしくね!」
とだけ言い残して、足早に2年2組教室の前から去って行った。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

子供の言い分 大人の領分
ひおむし
恋愛
第二王子は、苛立っていた。身分を超えて絆を結んだ、元平民の子爵令嬢を苛む悪辣な婚約者に。気持ちを同じくする宰相子息、騎士団長子息は、ともに正義の鉄槌をくださんと立ち上がろうーーーとしたら、何故か即効で生徒指導室に放り込まれた。
「はーい、全員揃ってるかなー」
王道婚約破棄VSダウナー系教師。
いつも学園モノの婚約破棄見るたびに『いや教師何やってんの、学校なのに』と思っていた作者の鬱憤をつめた作品です。

7つの顔をもつレインボーエンジェル
101の水輪
青春
人は色んな顔をもっている。オフィシャルな顔、プライベートな顔で時と場に応じ使い分けている。そのもつ顔が多いほど、多様な生活を送れてるといえよう。そんな中でも知られたくない、触れられたくない顔をもつのも、やはり人である。久瑠美には中学生としてなどいくつもの顔があり、それぞれを楽しんでいる姿は幸せそうだ。101の水輪、第26話。なおこの作品の他に何を読むかは、101の水輪トリセツ(第77話と78話の間に掲載)でお探しください。
夢の国警備員~殺気が駄々洩れだけどやっぱりメルヘンがお似合い~
鏡野ゆう
ライト文芸
日本のどこかにあるテーマパークの警備スタッフを中心とした日常。
イメージ的には、あそことあそことあそことあそこを足して、4で割らない感じの何でもありなテーマパークです(笑)
※第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます♪※
カクヨムでも公開中です。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?
ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

婚約者の恋人
クマ三郎@書籍発売中
恋愛
王家の血を引くアルヴィア公爵家の娘シルフィーラ。
何不自由ない生活。家族からの溢れる愛に包まれながら、彼女は社交界の華として美しく成長した。
そんな彼女の元に縁談が持ち上がった。相手は北の辺境伯フェリクス・ベルクール。今までシルフィーラを手放したがらなかった家族もこの縁談に賛成をした。
いつかは誰かの元へ嫁がなければならない身。それならば家族の祝福してくれる方の元へ嫁ごう。シルフィーラはやがて訪れるであろう幸せに満ちた日々を想像しながらベルクール辺境伯領へと向かったのだった。
しかしそこで彼女を待っていたのは自分に無関心なフェリクスと、病弱な身体故に静養と称し彼の元に身を寄せる従兄妹のローゼリアだった……

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!
雪那 由多
ライト文芸
恋人に振られて独立を決心!
尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!
庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。
さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!
そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!
古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。
見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!
見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート!
****************************************************************
第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました!
沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました!
****************************************************************
白薔薇園の憂鬱
岡智 みみか
ライト文芸
おじいちゃんの作品を取り戻せ! 大好きだったマイナー芸術家のおじいちゃんの作品は、全て生活費のために父に売られてしまった。独りになった今、幸せだったあの頃を取り戻したい。
ナツキス -ずっとこうしていたかった-
帆希和華
ライト文芸
紫陽花が咲き始める頃、笹井絽薫のクラスにひとりの転校生がやってきた。名前は葵百彩、一目惚れをした。
嫉妬したり、キュンキュンしたり、切なくなったり、目一杯な片思いをしていた。
ある日、百彩が同じ部活に入りたいといい、思わぬところでふたりの恋が加速していく。
大会の合宿だったり、夏祭りに、誕生日会、一緒に過ごす時間が、二人の距離を縮めていく。
そんな中、絽薫は思い出せないというか、なんだかおかしな感覚があった。フラッシュバックとでも言えばいいのか、毎回、同じような光景が突然目の前に広がる。
なんだろうと、考えれば考えるほど答えが遠くなっていく。
夏の終わりも近づいてきたある日の夕方、絽薫と百彩が二人でコンビニで買い物をした帰り道、公園へ寄ろうと入り口を通った瞬間、またフラッシュバックが起きた。
ただいつもと違うのは、その中に百彩がいた。
高校二年の夏、たしかにあった恋模様、それは現実だったのか、夢だったのか……。
17才の心に何を描いていくのだろう?
あの夏のキスのようにのリメイクです。
細かなところ修正しています。ぜひ読んでください。
選択しなくちゃいけなかったので男性向けにしてありますが、女性の方にも読んでもらいたいです。
よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる