55 / 186
54
しおりを挟む
気がつけばとっくに手足の震えは止まっていて、肩に入った力も抜けていた。
「ようやく、いつもの皇くんに戻ったみたいね。あー、良かった良かった。全く手のかかる子だこと。今回は借りがあったから少し優しくしてあげたけれど、今後はあまり私の手を煩わせないでちょうだいね」
そう言って、したり顔を向けてくる白月のウザさと言ったら普段の比じゃない。
俺はそんな白月に向かって口を開く。
「今後一切、お前の手を借りることなんてねぇから安心しとけ。ってか、そのドヤ顔ムカつくからやめろ」
「はいはい、分かった分かった」
白月はそう言って俺の言葉をサラリと受け流すと、「そういえば……」と続けて話を切り出した。
「……例の約束はどうするの?」
「約束?」
「ほら、勝った方の言うことを1つだけ聞くっていう……」
「あぁ……」
そんな約束もしてたな……そう言えば。
こいつのことだから、無理難題を提示してきそうな予感もするが勝負は勝負、約束は約束だ。ここは大人しく引き受けておこう。
「聞いてやるよ。なんでも1つだけ」
そう言うと白月は、今まで膝の上に置いていた手を急にそわそわと動かし始めた。
「そう……えっと、それじゃあ言うけれど……」
一体何をお願いされるのか。
漠然とした不安感と緊張が静かに押し寄せる。
すると白月は、口を小さく開いてぼそぼそと何かを呟いた。
「………………ほしい」
「は?」
「………が………ほしい……」
声が小さすぎて何を言ってるのか全く聞き取れない。さっきまでの威勢は一体どこへ行ったんだ。
「全然聞こえねぇよ。もっとハキハキ喋れ」
「っ……! だから……!!」
白月は若干腹を立てた様子で声のボリュームを上げる。
そして——
「…………部員が……欲しい……」
白月は蚊の鳴くような声で確かにそう呟いた。
「……は? 部員? 天文部の?」
確認のため聞き返すと、白月は俯いたまま小さく首を縦に振る。
すると、垂れ下がった長い黒髪の間から、まるで鉄を熱したかのように紅く染まる白月の耳が見えた。
もしかしてこいつ、恥ずかしがってんのか?
人んちの前で平然と服を脱ぎ出すような奴が、どうしてこんなことで恥ずかしがっているのか疑問に思っていると、先日白月と交わした話をふと思い出した。
***
『なぁ、部員集めたりしないのか?』
『……少なくても、自発的に誰かを部に誘おうとは思わないわね。——それに、本当に部の活動に興味があるなら、そのうち向こうからやってくるはずよ』
『そういうもんか?』
『そういうもんよ』
***
「あぁ……なるほど」
俺は白月が恥ずかしさのあまり、耳を真っ赤に染めてしまう理由をなんとなく理解することができた。
「まぁ確かに、あれだけ澄ました顔であんなセリフを言っておいて、『やっぱり部員欲しいです』なんて言えないよな。俺なら恥ずかしさで死ねる」
さっきの仕返しの意味も込めて、俺は俯いたまま肩を震わせる白月にそんな言葉をかける。
「最初っから強がらずに『部員集め手伝ってください。お願いします』くらい言えばいいのによ」
「……皇くん、調子に乗りすぎじゃない? 女子の前でみっともなく洟水垂らしながら泣くような凡人の分際で、あまりいい気にならないでもらえる? 」
「は? 泣いてねぇし。適当なこと言ってんな」
「泣いてたわよ。声だってぷるぷる震えてたもの」
「ビブラート効かせてただけだっつーの。変な勘違いすんな」
と、そんな高校生にあるまじき子供の口喧嘩のような真似を繰り広げる中、白月が確認するように尋ねる。
「それで……、どうしてくれるの?」
もちろん、俺の中で答えはすでに決まっている。けれど、普段は決して人には見せない白月の羞恥の表情が滑稽に思えて、出来るだけ長い時間それを見ていたくて、敢えて悩むフリをする。
そうしてたっぷり白月の表情を堪能してから、俺はゆっくりと口を開き、白月の問いに答えた。
「分かった。約束は約束だしな。なんとかしてやるよ」
「……本当に、協力してくれるの?」
白月は若干疑うように確認してくる。
「あぁ。任せろ」
事実、新しい天文部員として白月と共に活動してくれそうな人物には心当たりがある。
……彼女ならきっと、以前所属していた部員たちのように白月を残して退部するなんてこともないだろう。だから、俺は自信を持ってそう答えることができる。
すると白月は、それまで強張っていた顔に安堵の表情を浮かべると、まるで小さな蕾が花開くかのようにポツリと呟いた。
「そう。……良かった」
それは、今まで白月の顔を覆っていた硝子のように美しく、そして氷のように冷ややかな仮面をそっと剥がし、白月が持つ本来の表情を露わにさせるような、そんな温かみのある優しさに満ち溢れた、いい笑顔だった。
「ようやく、いつもの皇くんに戻ったみたいね。あー、良かった良かった。全く手のかかる子だこと。今回は借りがあったから少し優しくしてあげたけれど、今後はあまり私の手を煩わせないでちょうだいね」
そう言って、したり顔を向けてくる白月のウザさと言ったら普段の比じゃない。
俺はそんな白月に向かって口を開く。
「今後一切、お前の手を借りることなんてねぇから安心しとけ。ってか、そのドヤ顔ムカつくからやめろ」
「はいはい、分かった分かった」
白月はそう言って俺の言葉をサラリと受け流すと、「そういえば……」と続けて話を切り出した。
「……例の約束はどうするの?」
「約束?」
「ほら、勝った方の言うことを1つだけ聞くっていう……」
「あぁ……」
そんな約束もしてたな……そう言えば。
こいつのことだから、無理難題を提示してきそうな予感もするが勝負は勝負、約束は約束だ。ここは大人しく引き受けておこう。
「聞いてやるよ。なんでも1つだけ」
そう言うと白月は、今まで膝の上に置いていた手を急にそわそわと動かし始めた。
「そう……えっと、それじゃあ言うけれど……」
一体何をお願いされるのか。
漠然とした不安感と緊張が静かに押し寄せる。
すると白月は、口を小さく開いてぼそぼそと何かを呟いた。
「………………ほしい」
「は?」
「………が………ほしい……」
声が小さすぎて何を言ってるのか全く聞き取れない。さっきまでの威勢は一体どこへ行ったんだ。
「全然聞こえねぇよ。もっとハキハキ喋れ」
「っ……! だから……!!」
白月は若干腹を立てた様子で声のボリュームを上げる。
そして——
「…………部員が……欲しい……」
白月は蚊の鳴くような声で確かにそう呟いた。
「……は? 部員? 天文部の?」
確認のため聞き返すと、白月は俯いたまま小さく首を縦に振る。
すると、垂れ下がった長い黒髪の間から、まるで鉄を熱したかのように紅く染まる白月の耳が見えた。
もしかしてこいつ、恥ずかしがってんのか?
人んちの前で平然と服を脱ぎ出すような奴が、どうしてこんなことで恥ずかしがっているのか疑問に思っていると、先日白月と交わした話をふと思い出した。
***
『なぁ、部員集めたりしないのか?』
『……少なくても、自発的に誰かを部に誘おうとは思わないわね。——それに、本当に部の活動に興味があるなら、そのうち向こうからやってくるはずよ』
『そういうもんか?』
『そういうもんよ』
***
「あぁ……なるほど」
俺は白月が恥ずかしさのあまり、耳を真っ赤に染めてしまう理由をなんとなく理解することができた。
「まぁ確かに、あれだけ澄ました顔であんなセリフを言っておいて、『やっぱり部員欲しいです』なんて言えないよな。俺なら恥ずかしさで死ねる」
さっきの仕返しの意味も込めて、俺は俯いたまま肩を震わせる白月にそんな言葉をかける。
「最初っから強がらずに『部員集め手伝ってください。お願いします』くらい言えばいいのによ」
「……皇くん、調子に乗りすぎじゃない? 女子の前でみっともなく洟水垂らしながら泣くような凡人の分際で、あまりいい気にならないでもらえる? 」
「は? 泣いてねぇし。適当なこと言ってんな」
「泣いてたわよ。声だってぷるぷる震えてたもの」
「ビブラート効かせてただけだっつーの。変な勘違いすんな」
と、そんな高校生にあるまじき子供の口喧嘩のような真似を繰り広げる中、白月が確認するように尋ねる。
「それで……、どうしてくれるの?」
もちろん、俺の中で答えはすでに決まっている。けれど、普段は決して人には見せない白月の羞恥の表情が滑稽に思えて、出来るだけ長い時間それを見ていたくて、敢えて悩むフリをする。
そうしてたっぷり白月の表情を堪能してから、俺はゆっくりと口を開き、白月の問いに答えた。
「分かった。約束は約束だしな。なんとかしてやるよ」
「……本当に、協力してくれるの?」
白月は若干疑うように確認してくる。
「あぁ。任せろ」
事実、新しい天文部員として白月と共に活動してくれそうな人物には心当たりがある。
……彼女ならきっと、以前所属していた部員たちのように白月を残して退部するなんてこともないだろう。だから、俺は自信を持ってそう答えることができる。
すると白月は、それまで強張っていた顔に安堵の表情を浮かべると、まるで小さな蕾が花開くかのようにポツリと呟いた。
「そう。……良かった」
それは、今まで白月の顔を覆っていた硝子のように美しく、そして氷のように冷ややかな仮面をそっと剥がし、白月が持つ本来の表情を露わにさせるような、そんな温かみのある優しさに満ち溢れた、いい笑顔だった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです
珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。
その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。
それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。
パパLOVE
卯月青澄
ライト文芸
高校1年生の西島香澄。
小学2年生の時に両親が突然離婚し、父は姿を消してしまった。
香澄は母を少しでも楽をさせてあげたくて部活はせずにバイトをして家計を助けていた。
香澄はパパが大好きでずっと会いたかった。
パパがいなくなってからずっとパパを探していた。
9年間ずっとパパを探していた。
そんな香澄の前に、突然現れる父親。
そして香澄の生活は一変する。
全ての謎が解けた時…きっとあなたは涙する。
☆わたしの作品に目を留めてくださり、誠にありがとうございます。
この作品は登場人物それぞれがみんな主役で全てが繋がることにより話が完成すると思っています。
最後まで読んで頂けたなら、この言葉の意味をわかってもらえるんじゃないかと感じております。
1ページ目から読んで頂く楽しみ方があるのはもちろんですが、私的には「三枝快斗」篇から読んでもらえると、また違った楽しみ方が出来ると思います。
よろしければ最後までお付き合い頂けたら幸いです。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。
フルーツサンド 2人の女の子に恋をした。だから、挟まりたい。
Raychell
ライト文芸
【完結しました】
ある夏の日、俺は2人の女の子に恋をした。
たぶん、ユリだと思うから、それに挟まれたい。
外道中の外道と言われても、禁断の果実はきっと甘い……はず。
伊緒さんのお嫁ご飯
三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。
伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。
子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。
ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。
「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。
「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!
再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜
長岡更紗
ライト文芸
島田颯斗はサッカー選手を目指す、普通の中学二年生。
しかし突然 病に襲われ、家族と離れて一人で入院することに。
中学二年生という多感な時期の殆どを病院で過ごした少年の、闘病の熾烈さと人との触れ合いを描いた、リアルを追求した物語です。
※闘病中の方、またその家族の方には辛い思いをさせる表現が混ざるかもしれません。了承出来ない方はブラウザバックお願いします。
※小説家になろうにて重複投稿しています。
10分で読める『不穏な空気』短編集
成木沢 遥
ライト文芸
各ストーリーにつき7ページ前後です。
それぞれ約10分ほどでお楽しみいただけます。
不穏な空気漂うショートストーリーを、短編集にしてお届けしてまいります。
男女関係のもつれ、職場でのいざこざ、不思議な出会い……。
日常の中にある非日常を、ぜひご覧ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる