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傾いた陽の光が、あまり生活感を感じさせない無個性な部屋を染め上げるように窓を介して射し込んでくる。ほんの少しだけ、自分の部屋が温かみのある部屋に変わったようにも見えた。
けれど、それとは反比例的に俺の体はどんどんと冷たくなっていく。寒気がするというよりも、血の気が引くといった方が正しい。
俺は冷え切った指先を暖めようと日が当たるカーペットに手を伸ばすが、一向に温まる気配はない。それどころがますます冷たくなっていっている気がする。
その原因は、今こうして俺の部屋の真ん中で俺と向かい合いながら律儀に正座をしている相手にある。
「部屋、意外と片付いてるのね。もっと散らかってるものかと思ってたわ」
そう言って、物珍しそうに俺の部屋をぐるりと見渡す白月は、どこかこの状況を楽しんでいるようにも見える。
そもそも何故、白月が俺の部屋にいるのか。
それは、玄関先で白月が行なった奇行が原因だ。
***
「白月……」
今、一番会いたくなかった人物の姿を目にした俺は、小さく開いた口の端から零れるようにその名を口にした。
「体調不良って聞いたけど、嘘よね? 本当に具合が悪い時には『体調不良』なんて曖昧な言葉は出てこないもの」
白月はそう言うと、肩にかけた鞄からA4サイズの茶封筒を取り出し、俺に手渡した。俺はそれを乱暴に奪い取ると、濁ったような声で言葉を返す。
「お前には関係ねぇだろ……。さっさと帰れよ」
「わざわざ心配して届けに来てあげた相手に対して、その態度は何? 私にテストで負けたのがそんなに悔しかったのかしら?」
「うるせェ……! これ以上用がないならさっさと帰れっていってんだ!」
図星を突かれて、反射的に声が出る。
すると白月は、不敵な笑みを浮かべながら「用があるなら居てもいいのね」と、確認するように俺の顔に目を向けた。
「ねぇ、皇くん。少し、話せる?」
「……は?」
「ここじゃあ何だから、皇くんの部屋で話がしたいわ」
「勝手に話進めんな。俺はお前と話すことなんて何もない。そもそも、家には絶対上げねぇって、前にも言ったろ……。いいから、さっさと帰れよ」
「用がないなら帰れ」というのは、あくまで社交辞令的言い回しで、本当のところは用があろうが無かろうが、今すぐにでも白月には帰って貰いたかった。
こいつといると、『天才』と『凡人』の決して縮まらない才能の差ってやつを、まざまざと見せつけられている気がして嫌になる。
まるで、今まで積み重ねてきた努力を全否定されたように思えて、悔しさと惨めさと自分に対しての腹立たしさで頭がおかしくなりそうだ。
そんなことを考えながら、俺は濃く長く伸びる白月の真っ黒な影に視線を落として下唇を強く噛む。
すると白月は、そんな俺の耳にもしっかりと聞こえるように嘆息すると、肩に掛けていた鞄を地面に起き、自分が着ているブレザーのボタンにスッと手を伸ばした。
「それにしても暑いわね。 まだ梅雨入りもしていないっていうのに」
白月はそう言って、ボタンを全て外し終えたブレザーを脱ぐと、それを丁寧に畳んで地面に置いた鞄の上に乗せる。
突然何の話をするのかと疑問に思い、俺は玄関の扉の隙間から白月に対し奇異の目を向ける。
白月は、そんな俺の視線に気づいたのか、背筋を冷たい何かが這うようにニヤリとした嫌な笑みを浮かべると、上半身を前に倒し、そのまま細く白い腕を自分のスカートの中にスッと潜り込ませた。
俺はギョッとして目を剥く。
白月は、1人戸惑う俺を差し置いて自分が履いている黒のストッキングを扇情的にゆっくりと下ろし始めると、それまでストッキングの内に隠れていた白くハリのある素足が顔を見せた。
いや、ちょっと待て。
こいつは一体何をしているんだ? それも人の家の前で……。
「おい……」
「ん?」
「何……やってんだ?」
「何って、見ればわかるでしょ。服を脱いでるのよ」
「それは見ればわかる。俺が聞きたいのは、なんで人んちの前で服を脱ぎ出してるのかってことなんだが」
なるべく動揺を表に出さないように尋ねるが、そうしている間にも白月はストッキングをスルスルと下げ続ける。
「いえ、皇くんがなかなかお家に上げてくれないようだから、その気になるまで服を脱ぎ続けようと思って。自宅の前で女子高生が服を脱いでいるところをご近所さんになんて見られたら、明日から皇くんは『変態鬼畜野郎』を汚名を背負って生きていかなくてはならないわね」
白月は顔色一つ変えずに淡々とそう述べる。
そうしてストッキングを脱ぎ終わると、今度は首元にかかってあるリボンに手を伸ばした。
……こいつ、やっぱり頭おかしいんじゃないのか? 普通、人の家に上がりたいが為にそこまでするか? 間違いなく、頭のネジが何本か飛んでる。
けれど、確かに今この現場を誰かに見られでもしたら、例え誤解であったとしても、ご近所の方々が俺を見る目は少なからず変わってくるだろう。……もちろん悪い意味で。
それに、もうしばらくすれば仕事から母親が帰ってくるはず。もし、自分の息子が玄関先で同級生の女子に服を脱がせている(誤解)場面を目にしたら、一体どう思うだろうか?
とりあえず確かなのは、今夜は家族会議が開かれることになるということだ。
俺は目の前でワイシャツのボタンを外しかける痴女を強く睨み付けてから勢いよく外に飛び出すと、ワイシャツのボタンに伸びるその繊細でガラス細工のような腕をグッと掴み、鞄と脱ぎ捨てられた衣服を持って素早く玄関に放り込んだ。
けれど、それとは反比例的に俺の体はどんどんと冷たくなっていく。寒気がするというよりも、血の気が引くといった方が正しい。
俺は冷え切った指先を暖めようと日が当たるカーペットに手を伸ばすが、一向に温まる気配はない。それどころがますます冷たくなっていっている気がする。
その原因は、今こうして俺の部屋の真ん中で俺と向かい合いながら律儀に正座をしている相手にある。
「部屋、意外と片付いてるのね。もっと散らかってるものかと思ってたわ」
そう言って、物珍しそうに俺の部屋をぐるりと見渡す白月は、どこかこの状況を楽しんでいるようにも見える。
そもそも何故、白月が俺の部屋にいるのか。
それは、玄関先で白月が行なった奇行が原因だ。
***
「白月……」
今、一番会いたくなかった人物の姿を目にした俺は、小さく開いた口の端から零れるようにその名を口にした。
「体調不良って聞いたけど、嘘よね? 本当に具合が悪い時には『体調不良』なんて曖昧な言葉は出てこないもの」
白月はそう言うと、肩にかけた鞄からA4サイズの茶封筒を取り出し、俺に手渡した。俺はそれを乱暴に奪い取ると、濁ったような声で言葉を返す。
「お前には関係ねぇだろ……。さっさと帰れよ」
「わざわざ心配して届けに来てあげた相手に対して、その態度は何? 私にテストで負けたのがそんなに悔しかったのかしら?」
「うるせェ……! これ以上用がないならさっさと帰れっていってんだ!」
図星を突かれて、反射的に声が出る。
すると白月は、不敵な笑みを浮かべながら「用があるなら居てもいいのね」と、確認するように俺の顔に目を向けた。
「ねぇ、皇くん。少し、話せる?」
「……は?」
「ここじゃあ何だから、皇くんの部屋で話がしたいわ」
「勝手に話進めんな。俺はお前と話すことなんて何もない。そもそも、家には絶対上げねぇって、前にも言ったろ……。いいから、さっさと帰れよ」
「用がないなら帰れ」というのは、あくまで社交辞令的言い回しで、本当のところは用があろうが無かろうが、今すぐにでも白月には帰って貰いたかった。
こいつといると、『天才』と『凡人』の決して縮まらない才能の差ってやつを、まざまざと見せつけられている気がして嫌になる。
まるで、今まで積み重ねてきた努力を全否定されたように思えて、悔しさと惨めさと自分に対しての腹立たしさで頭がおかしくなりそうだ。
そんなことを考えながら、俺は濃く長く伸びる白月の真っ黒な影に視線を落として下唇を強く噛む。
すると白月は、そんな俺の耳にもしっかりと聞こえるように嘆息すると、肩に掛けていた鞄を地面に起き、自分が着ているブレザーのボタンにスッと手を伸ばした。
「それにしても暑いわね。 まだ梅雨入りもしていないっていうのに」
白月はそう言って、ボタンを全て外し終えたブレザーを脱ぐと、それを丁寧に畳んで地面に置いた鞄の上に乗せる。
突然何の話をするのかと疑問に思い、俺は玄関の扉の隙間から白月に対し奇異の目を向ける。
白月は、そんな俺の視線に気づいたのか、背筋を冷たい何かが這うようにニヤリとした嫌な笑みを浮かべると、上半身を前に倒し、そのまま細く白い腕を自分のスカートの中にスッと潜り込ませた。
俺はギョッとして目を剥く。
白月は、1人戸惑う俺を差し置いて自分が履いている黒のストッキングを扇情的にゆっくりと下ろし始めると、それまでストッキングの内に隠れていた白くハリのある素足が顔を見せた。
いや、ちょっと待て。
こいつは一体何をしているんだ? それも人の家の前で……。
「おい……」
「ん?」
「何……やってんだ?」
「何って、見ればわかるでしょ。服を脱いでるのよ」
「それは見ればわかる。俺が聞きたいのは、なんで人んちの前で服を脱ぎ出してるのかってことなんだが」
なるべく動揺を表に出さないように尋ねるが、そうしている間にも白月はストッキングをスルスルと下げ続ける。
「いえ、皇くんがなかなかお家に上げてくれないようだから、その気になるまで服を脱ぎ続けようと思って。自宅の前で女子高生が服を脱いでいるところをご近所さんになんて見られたら、明日から皇くんは『変態鬼畜野郎』を汚名を背負って生きていかなくてはならないわね」
白月は顔色一つ変えずに淡々とそう述べる。
そうしてストッキングを脱ぎ終わると、今度は首元にかかってあるリボンに手を伸ばした。
……こいつ、やっぱり頭おかしいんじゃないのか? 普通、人の家に上がりたいが為にそこまでするか? 間違いなく、頭のネジが何本か飛んでる。
けれど、確かに今この現場を誰かに見られでもしたら、例え誤解であったとしても、ご近所の方々が俺を見る目は少なからず変わってくるだろう。……もちろん悪い意味で。
それに、もうしばらくすれば仕事から母親が帰ってくるはず。もし、自分の息子が玄関先で同級生の女子に服を脱がせている(誤解)場面を目にしたら、一体どう思うだろうか?
とりあえず確かなのは、今夜は家族会議が開かれることになるということだ。
俺は目の前でワイシャツのボタンを外しかける痴女を強く睨み付けてから勢いよく外に飛び出すと、ワイシャツのボタンに伸びるその繊細でガラス細工のような腕をグッと掴み、鞄と脱ぎ捨てられた衣服を持って素早く玄関に放り込んだ。
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