俺が白月蒼子を嫌う理由

ユウキ ヨルカ

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「……終わっ……た…………」


今年度最初の定期テストが滞りなく終了し、少し早めの帰宅をしている最中のこと。隣を歩く輝彦が、空いた口から魂が抜け出るようにポツリと呟いた。


「あぁ、終わったな」

「終わったね」

輝彦の独り言に対し、俺と誠は適当に相槌を打つ。


「いや……まぁ、確かに終わったんだけどさ。そうじゃなくて、なんていうか、こう……何もかもが終わってしまったっていうかなんていうか…………はぁ……………」

そう言って重苦しいため息を長々と吐く輝彦の視線は、青々とした空よりもずっと向こう——、決して戻ることはできない過去の自分へ向いているように見える。


「……なんで、テスト前日に部屋の片付けとかしちゃったんだろうな……俺」

「……次、頑張ろう」

「まぁ、とりあえず涙拭けよ」

後悔の念からか、輝彦の頬を一筋の涙が静かに伝う。そんな輝彦を見て、誠はそっと肩に手を置き、励ましの言葉をかける。俺もポケットからティッシュを取り出し、輝彦に差し出した。


「2人ともサンキューな……。俺、次こそは必ず試験勉強することにする。二度と同じ過ちは犯さねぇ。……ってか、2人はテストどうだったんだよ」

輝彦は俺が差し出したポケットティッシュからティッシュを2・3枚取り出し、涙を拭うついでに勢いよく鼻をかむと、何故か俺のポケットティッシュを自分のポケットにしまいながら、俺と誠に向けて尋ねてきた。


「僕はまぁ、いつも通りかな。赤点回避できればいいやって感じ。強いて言うなら、数学がちょっと不安かな」

「誠! 赤点取ったら、一緒に補習受けような!」

「残念だけど、赤点取るほど酷いわけじゃないから。補習は1人で受けなよ」

仲間を見つけた喜びで一瞬瞳に光が戻ったかと思えば、誠からの拒絶を受けて、再び輝彦の瞳は黒く濁り出した。
そして、輝彦はそんな淀んだ瞳を今度は俺へと向ける。


「それで? 晴人はどうなんだよ」

「今回は全教科100点満点取るつもりでやった」

「……変態がいる。……ここに変態がいるぞォ!」

「おい、あんま大きい声で叫ぶな! 変な目で見られるだろうが!」

理解不能といった様子で発狂する輝彦は、なんというかとても不憫に思えた。


「でも、珍しいね。晴人が優秀なのは知ってたけど、そんなに高い目標設定するなんて。何かあったの?」


誠の言う『何か』——。

それは、『天才』の白月に『凡人』の努力で勝利するという目的のため。ただそれだけ。それ以外には意味なんてない。

けれど、これはあくまで俺と白月の間でのみ交わされた勝負。わざわざ他の誰かに話すことでもないだろう。そう考えて、俺は誠に「まぁな」とだけ言葉を返す。

すると、そんな俺の顔をまじまじと見つめる輝彦が口を開いた。


「それにしてもすげぇよな、晴人は。毎日毎日、家帰ってからもしっかり勉強しててよ。……まぁ、『当たり前のこと』って言われればそうなんだろうけどよ。俺たちみたいな凡人には、その『当たり前のこと』すら思うようにできねぇんだから、ほんと素直に尊敬するぜ」

続けて誠も口を開く。

「僕もそう思う。晴人は努力家で、いろんなことに真剣に向き合ってる。それって、晴人の長所だよね? 胸張っていいと思うよ」

そう言う2人の瞳には、他のクラスメイトが白月に向けるのと同じような、憧れや尊敬といった感情が宿っていた。
俺は、そんな2人から向けられる視線から逃げるように俯いて答える。


「……別に、褒められるようなことでもねぇだろ……」


—— そう。

これは別に褒められるようなことではないし、俺だって輝彦や誠と同じ『凡人』であることに変わりはない。

ただ、周りより少し背伸びをして頑張ってるように見せてるだけ。


本当に優秀な奴っていうのは、努力を努力とも思わずにそれを毎日毎日続けているもんだ。

俺がやっているのは、あくまで『天才』の真似事に過ぎない。いくら努力を続けたところで天才にはなれないし、なりたいとも思わない。

20世紀最大の画家と称された、サルバトール・ダリは「天才を演じ続ければ、天才になれる」なんて言葉を残しているが、そんなものはまやかしでしかない。

どんなに努力をしたところで、結局凡人は一生凡人のまま。


けれど、瞬間的になら『凡人』の努力は『天才』をも凌駕する力を引き出せるのではないか——。

そんな、ほとんど奇跡に近いような可能性に賭けて、俺はこの1週間……いや、白月と出会ってからの6年間、毎日毎日努力を続けてきたのだ。


だからきっと、この勝負に勝つことさえ出来れば、俺はもう今後、身の丈に合わない頑張りをすることもなくなるだろう。

そんなことを考えながら、俺は俯かせた顔をぐっと上げる。


「それに、喜んだり悲観したりするのは、明日からのテスト返却が全て終わってからでも遅くねぇだろ」

「晴人の言う通りだね。だから輝彦もそんなに落ち込んでないで、前向きに明るい未来のことを考えて生きようよ」

そう言う誠に促され、輝彦が小さく頷く。


「そうだよな。いつまでもうじうじしてても仕方ねぇしな! そんじゃ、そういうわけだから今からゲーセンでも寄ってくかァ!」

「どういうわけかは全く分からないけど、まぁいいよ。晴人も来るよね?」

「あぁ」

短くそう答えると、完全にいつもの調子を取り戻したらしい輝彦は、学校近くのゲームセンターに向かって勢いよく走り出す。

置き去りにされた俺と誠は互いに顔を見合わせ、小さくため息を吐くと、夏の到来を予感させる陽光を一身に浴びながら、前方を行く輝彦の元へ向かってアスファルトの上を駆け出した。

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