俺が白月蒼子を嫌う理由

ユウキ ヨルカ

文字の大きさ
上 下
22 / 186

21

しおりを挟む
辺りにバチンッと乾いた音が鳴り響く。

その音が耳から抜けるまで約5秒。

そんな、実際の時間の2倍にも3倍にも感じられるような息苦しい沈黙を断ち切ったのは、左頬を真っ赤に染めた白月だった。

「ごめんなさい……お父さん」

頬を勢いよく叩かれた白月の口から発せられたその声は、今まで一度も聞いたことのないようなとても弱々しく、細々としたものだった。

そんな衝撃的な状況を目の当たりにした俺は、ただただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

すると、少しばかり落ち着きを取り戻したらしい男性——、もとい白月の父親が門の前で立ち竦む俺に気がつき、バチリと目が合った。

「お前か!蒼子を唆したやつはッ!」

一度は治まりかけた怒りが、今度は矛先を俺に変えてやってくる。

「あっ、いや、俺は……」

混乱してなかなか思うように言葉が出てこない。

するとそんな俺を見た白月が、俺を庇うかのように口を開いた。

「お父さん! 彼は関係ない! 私が無理矢理付き合わせてしまったの!」

しかし、そんな白月の弁護が火に油を注いでしまったのか、白月の父親は再び怒鳴り声を上げた。

「黙れッ!!! 勉強も水泳もピアノも、書道も華道も水彩画も! 稽古を放棄して呑気に遊び呆けてるとは何事だ! お前は、周りの期待に応え続けなければならないというのに……! もっと自覚を持て!!」

再び、白月の父親の視線がこちらに向く。

「おいッ! そこのお前!」

「……っ!」

背中から嫌な汗が滲み出る。

「今後一切、蒼子に関わるな。蒼子はな、お前たちとは違うんだ! 天から授かった才能がいくつもあるんだ! その才能を、お前たちに関わったことで枯らすわけにはいかない! 分かったらとっとと去れ!!!」


正直、彼から発せられたその言葉の意味が俺には理解ができなかった。

それだけ、俺は動揺していたのだ。


あの白月蒼子が——

いつも自信満々で、常に余裕を保っていて、事あるごとに俺のことを楽しげに罵倒してくるあの白月蒼子が……俺の目の前で弱々しく俯いている。


理解出来なかった。

理解したくなかった。


それから俺は、逃げるかのようにその場から立ち去った。

彼女の父親から向けられた、憎悪と苛立ちと軽蔑を含んだその眼差しに耐えることができなかった。

そして何より、その場を去る直前にこちらを振り向いた白月の表情が、信じられないくらいに穏やかで、彼女が怒鳴られることにも、叩かれることにもすっかり慣れてしまっていることに気がついてしまったということが、何より辛く、そして悲しかったのだ。

俺は得体の知れない『何か』に心臓を強く締め付けられているようなそんな不快感を感じながら、ただひたすらに仄暗い夜道を走り続けた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】人前で話せない陰キャな僕がVtuberを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件

中島健一
ライト文芸
織原朔真16歳は人前で話せない。息が詰まり、頭が真っ白になる。そんな悩みを抱えていたある日、妹の織原萌にVチューバーになって喋る練習をしたらどうかと持ち掛けられた。 織原朔真の扮するキャラクター、エドヴァルド・ブレインは次第に人気を博していく。そんな中、チャンネル登録者数が1桁の時から応援してくれていた視聴者が、織原朔真と同じ高校に通う国民的アイドル、椎名町45に属する音咲華多莉だったことに気が付く。 彼女に自分がエドヴァルドだとバレたら落胆させてしまうかもしれない。彼女には勿論、学校の生徒達や視聴者達に自分の正体がバレないよう、Vチューバー活動をするのだが、織原朔真は自分の中に異変を感じる。 ネットの中だけの人格であるエドヴァルドが現実世界にも顔を覗かせ始めたのだ。 学校とアルバイトだけの生活から一変、視聴者や同じVチューバー達との交流、eスポーツを経て変わっていく自分の心情や価値観。 これは織原朔真や彼に関わる者達が成長していく物語である。 カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。

【完結】いい子にしてたら、絶対幸せになれますか?

ここ
ファンタジー
ナティアンヌは侯爵家の長女だが、不器量で両親に嫌わられていた。 8歳のある日、とうとうナティアンヌは娼館に売り払われてしまった。 書いてる言語とかは無茶苦茶です。 ゆるゆる設定お許しください。

良心的AI搭載 人生ナビゲーションシステム

まんまるムーン
ライト文芸
 人生の岐路に立たされた時、どん詰まり時、正しい方向へナビゲーションしてもらいたいと思ったことはありませんか? このナビゲーションは最新式AIシステムで、間違った選択をし続けているあなたを本来の道へと軌道修正してくれる夢のような商品となっております。多少手荒な指示もあろうかと思いますが、全てはあなたの未来の為、ご理解とご協力をお願い申し上げます。では、あなたの人生が素晴らしいドライブになりますように! ※本作はオムニバスとなっており、一章ごとに話が独立していて完結しています。どの章から読んでも大丈夫です! ※この作品は、小説家になろうでも連載しています。

透明の「扉」を開けて

美黎
ライト文芸
先祖が作った家の人形神が改築によりうっかり放置されたままで、気付いた時には家は没落寸前。 ピンチを救うべく普通の中学2年生、依る(ヨル)が不思議な扉の中へ人形神の相方、姫様を探しに旅立つ。 自分の家を救う為に旅立った筈なのに、古の予言に巻き込まれ翻弄されていく依る。旅の相方、家猫の朝(アサ)と不思議な喋る石の付いた腕輪と共に扉を巡り旅をするうちに沢山の人と出会っていく。 知ったからには許せない、しかし価値観が違う世界で、正解などあるのだろうか。 特別な能力なんて、持ってない。持っているのは「強い想い」と「想像力」のみ。 悩みながらも「本当のこと」を探し前に進む、ヨルの恋と冒険、目醒めの成長物語。 この物語を見つけ、読んでくれる全ての人に、愛と感謝を。 ありがとう 今日も矛盾の中で生きる 全ての人々に。 光を。 石達と、自然界に 最大限の感謝を。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

"わたし"が死んで、"私"が生まれた日。

青花美来
ライト文芸
目が覚めたら、病院のベッドの上だった。 大怪我を負っていた私は、その時全ての記憶を失っていた。 私はどうしてこんな怪我をしているのだろう。 私は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。 忘れたままなんて、怖いから。 それがどんなに辛い記憶だったとしても、全てを思い出したい。 第5回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。ありがとうございました。

10分で読める『不穏な空気』短編集

成木沢 遥
ライト文芸
各ストーリーにつき7ページ前後です。 それぞれ約10分ほどでお楽しみいただけます。 不穏な空気漂うショートストーリーを、短編集にしてお届けしてまいります。 男女関係のもつれ、職場でのいざこざ、不思議な出会い……。 日常の中にある非日常を、ぜひご覧ください。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...