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ここに来るまでの間に、空の色は茜色から藍色に変わり始めた。太陽はもうじき、1日の役目を終えて稜線の向こうへと沈んでいく。
世界の支配権が太陽から月に移り変わる時間。
黄昏時、逢魔が時。
俺は1日の中で、この時間帯が1番好きだ。
朝でもなく、昼でもなく、夜でもない。
中途半端ではっきりとしない『境目』の時間。
そんな、世界が最も美しく見えるこの時間に互いを嫌い合う俺たちが、こうして共にこの場にいるという現実はなんとも言えない違和感がある。
白月はしばらく沈黙を挟んだのち、風に靡く長い髪を左手でそっと押さえると、静かにゆっくりと口を開いた。
「別に皇くんを連れてきたくて、ここに来たわけじゃないから」
「じゃあ何でだよ」
「……私が来たかったから来たの」
白月はそう言って、周りを囲む手すりに向かってゆっくりと足を進める。そして、手すりに体を預けるようにもたれかかると再び口を開いた。
「昔、ここら辺に住んでたことがあったの」
「昔って、お前がこっちに転校して来た時のことか?」
白月は展望台からの景色を眺めながら小さく頷くと、こちらを振り向いて「こっちに来い」と手招きして来た。
特に文句を言うこともなく、俺は白月の隣に移動する。
「この場所はその時に見つけたの。……見ての通り、ここにはあまり人は来ないし、何か嫌なことがあった時とか、なんとなく家に居たくないと感じる時にはよくここに来て、こうして日が暮れるまでぼーっと景色を眺めたりしてたわ」
そう言って話す白月の視線の向こうには、次第に灯りが増えていく街の様子が見て取れる。遠くに見える山の稜線では、赤と紫と藍が綺麗なグラデーションを醸し出している。
「その言い方だと、今日も何か嫌なことがあったように聞こえるぞ」
「あら、もしかして傷ついた?」
せっかくの連休最終日を潰してまで一緒に行動してやったってのに、「嫌な1日だった」なんて思われれば、そりゃ誰だって傷付く。
「別に」
だがしかし、こいつに弱っているところを見せるのも癪なため、あえて気にしていないフリをする。
すると、白月はそんな俺を見て肩を震わせる。
「何笑ってんだコラ」
「ごめんなさいね。全然『別に』って顔をしてなかったもんだから、つい……。でもまぁ正直に言うと、今日は割と楽しい1日だったわよ」
「それは良かった。もし本気で『つまらなかった』なんて言うもんなら、俺はお前を容赦なく殴ってたところだ」
「あら、それは惜しいことをしたわね。もし殴られていたら、明日学校でみんなに『皇くんに無理やり乱暴された』って言いふらすところだったのに。命拾いしたわね」
「お前の仕返しはいちいち陰湿なんだよなぁ……」
そんな美しい景色に似合わない会話を繰り広げている間にも、世界はどんどん夜に近づいていく。
ここには街灯もないため、完全に辺りが暗くなると帰りが危ない。そろそろ街灯のあるところまで戻った方がいいだろう。
けれどその前にもう1つだけ、白月に聞いておかなければならないことがあった。
「なぁ」
「何?」
相変わらず目を見て話そうとしない白月に向かって尋ねる。
「なんで今日、俺を誘ったんだ?」
すると、白月は手すりから体を離し、俯いて口を開く。
「なんでってそれは……」
それから白月はたっぷり5秒、間を置たのち、イタズラな笑みを浮かべてこう言った。
「もちろん、『なんとなく』よ」
世界の支配権が太陽から月に移り変わる時間。
黄昏時、逢魔が時。
俺は1日の中で、この時間帯が1番好きだ。
朝でもなく、昼でもなく、夜でもない。
中途半端ではっきりとしない『境目』の時間。
そんな、世界が最も美しく見えるこの時間に互いを嫌い合う俺たちが、こうして共にこの場にいるという現実はなんとも言えない違和感がある。
白月はしばらく沈黙を挟んだのち、風に靡く長い髪を左手でそっと押さえると、静かにゆっくりと口を開いた。
「別に皇くんを連れてきたくて、ここに来たわけじゃないから」
「じゃあ何でだよ」
「……私が来たかったから来たの」
白月はそう言って、周りを囲む手すりに向かってゆっくりと足を進める。そして、手すりに体を預けるようにもたれかかると再び口を開いた。
「昔、ここら辺に住んでたことがあったの」
「昔って、お前がこっちに転校して来た時のことか?」
白月は展望台からの景色を眺めながら小さく頷くと、こちらを振り向いて「こっちに来い」と手招きして来た。
特に文句を言うこともなく、俺は白月の隣に移動する。
「この場所はその時に見つけたの。……見ての通り、ここにはあまり人は来ないし、何か嫌なことがあった時とか、なんとなく家に居たくないと感じる時にはよくここに来て、こうして日が暮れるまでぼーっと景色を眺めたりしてたわ」
そう言って話す白月の視線の向こうには、次第に灯りが増えていく街の様子が見て取れる。遠くに見える山の稜線では、赤と紫と藍が綺麗なグラデーションを醸し出している。
「その言い方だと、今日も何か嫌なことがあったように聞こえるぞ」
「あら、もしかして傷ついた?」
せっかくの連休最終日を潰してまで一緒に行動してやったってのに、「嫌な1日だった」なんて思われれば、そりゃ誰だって傷付く。
「別に」
だがしかし、こいつに弱っているところを見せるのも癪なため、あえて気にしていないフリをする。
すると、白月はそんな俺を見て肩を震わせる。
「何笑ってんだコラ」
「ごめんなさいね。全然『別に』って顔をしてなかったもんだから、つい……。でもまぁ正直に言うと、今日は割と楽しい1日だったわよ」
「それは良かった。もし本気で『つまらなかった』なんて言うもんなら、俺はお前を容赦なく殴ってたところだ」
「あら、それは惜しいことをしたわね。もし殴られていたら、明日学校でみんなに『皇くんに無理やり乱暴された』って言いふらすところだったのに。命拾いしたわね」
「お前の仕返しはいちいち陰湿なんだよなぁ……」
そんな美しい景色に似合わない会話を繰り広げている間にも、世界はどんどん夜に近づいていく。
ここには街灯もないため、完全に辺りが暗くなると帰りが危ない。そろそろ街灯のあるところまで戻った方がいいだろう。
けれどその前にもう1つだけ、白月に聞いておかなければならないことがあった。
「なぁ」
「何?」
相変わらず目を見て話そうとしない白月に向かって尋ねる。
「なんで今日、俺を誘ったんだ?」
すると、白月は手すりから体を離し、俯いて口を開く。
「なんでってそれは……」
それから白月はたっぷり5秒、間を置たのち、イタズラな笑みを浮かべてこう言った。
「もちろん、『なんとなく』よ」
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