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第1話
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『——まもなく、一番線より東京行き山形新幹線つばさ号が発車いたします。自由席は16号車から17号車です』
抑揚のない駅員のアナウンスが閑散とした駅のホームに鳴り響く。時刻はちょうど午後二時を回ったところで、周りには自分以外の利用客の姿がほとんど見当たらない。それもそのはず。今日は三月の一日。一応日曜日ではあるけれど、こんな時期のこんな時間に新幹線を利用する人はあまりいないだろう。
僕はほっと白い息を一つ吐き出して、足元に置かれたキャリーバッグとスクールバッグを手に持つと、そのまま白とコバルトブルーを基調とするその車体に乗り込んだ。
***
今日は高校の卒業式当日だった。
卒業生のほとんどは式が終わるなり、苦楽を共にした友人たちと教室で三年間の思い出を語り合ったり、自分たちを卒業まで導いてくれた保護者や多くの先生方に感謝の意を述べ、自分たちがこれまで過ごしてきた校舎に向かって名残惜しそうに別れを告げていた。
『僕』こと佐久間七海もその卒業生の内の一人であり、少なからず高校生活の終焉に対して物寂しさを感じたりもしたけれど、あいにく思い出を語り合うような友人も、自分の進むべき道を示してくれた教師も、心から卒業を祝ってくれるような家族もその場にはいなかったので、いつもと何ら変わらぬ足取りで早々に校舎を後にした。
春になれば僕たちは、それぞれが自分自身で選択し、進むと決めた道を歩んでいく事になる。
華々しい学生生活に憧れて大学へと進学する者。
自分自身のスキルを高めるため専門学校へと進む者。
周りより一足早く社会に出て、一足先に大人になる者——。
みんな、何かしらの理由を持って新しい生活を送っていく。
そんな僕も、春からは地元の町役場で働くことが既に決まっている。もちろん、大学や専門学校に通って、新しい環境でより深い学問を学ぶことに興味がなかったわけじゃない。
……ただ、出来るだけ早く自立して大人になりたかった。だから、卒業後の進路は進学ではなく就職を選んだのだ。
僕は物心ついた時から自然と『大人』に憧れていた。自分であらゆる物事を選択・決断し、誰に左右されるわけでもなく自分の生きたいように人生を歩むことが出来るそんな大人に憧れていた。
けれど、歳を重ねて次第に大人に近づいていくごとに、少年の頃憧れていた『大人』がそれほど立派な存在でも、何物にも縛られない自由な存在でもないことに段々と気が付いていった。
だけどそれでも、「早く大人になりたい」という想いが変わることはなかった。
きっと僕は、最初から大人に憧れていたのではなく、子供であることに嫌気が差していたんだ。
……誰かの支えがなければ生きていく事さえままならない、飼い犬のような子供に——。
そんな想いがあって、高校卒業後は地元の町役場で事務職員として働くことになった。
けれどどういうわけか、僕は一生、生まれ育ったあの町から出ることなく生涯を終えるのだろうなと感じていた。正直、都会の荒波に呑まれながらの生活を送るより、田舎の落ち着いた雰囲気の中で生活を続ける方が自分に合っていると思うし、何より僕自身がそれを望んでいる。
……それでも、自分が完全な大人になってしまう前に、出来るだけいろんなものをこの目で見て周りたいと、そう思った。
大人には大人しか分からない世界があるように、子供にも子供にしか分からない世界が存在する。僕は自分がまだ子供であるうちに、子供の価値観で自分を取り巻く世界を見てみたい。
だから僕は周りが卒業を惜しみ、高校生活三年間の思い出に浸っている中、通学用の自転車に跨ってそそくさと最寄り駅までやって来ると、あらかじめ駅のコインロッカーにしまい込んでおいたキャリーバッグを取り出して、そのまま新幹線に飛び乗ったのだ。
***
車内は予想していたとおり僕以外の乗客はおらず、入り口からほど近い通路右側の自由席に陣取ると、キャリーバッグを頭上の網棚に乗せ、窓側の席にそっと腰を下ろした。
それから五分としないうちに発車を告げるアナウンスが車内に流れ、新幹線つばさ号はその車体をゆっくりと加速させながら東京駅へと向かって走り出す。
『次は、かみのやま温泉に停まります』
そんな車内アナウンスと同時に、次の停車駅を示す文字が正面の電光掲示板に表示されると、僕はスクールバッグからイヤホンを取り出し、それを上着のポケットに入っていたスマホ繋げて耳に挿し込んだ。イヤホンからは「真夏の太陽」だの「波の声」だのと、今の季節にはそぐわない歌詞が流れてくる。しばらくそんな陽気な音楽に耳を傾けていると、ふと明日からの天気が気になりだし、僕は徐にスマホの天気アプリを開いた。
『鎌倉市 三月二日(月) 晴れ』
——そう。これから僕が向かおうとしているのは、神奈川県の三浦半島西側に位置する日本有数の観光地、鎌倉だ。
日本全国、数ある観光地の中からこの街を選んだのには理由がある。
一つは、中学生の時に修学旅行で鎌倉を訪れて以来、あの街の雰囲気がとても気に入ったから。
そしてもう一つは、海を見たかったからだ。
海ならわざわざ鎌倉まで行かなくても見ることはできる。だけど、僕の見たい海はあの街の、あの海なのだ。穏やかで美しく、鮮やかで広大なあの海を、もう一度この目で眺めたい。
そんなことを考えているうちに、車窓から見える景色は住宅街から田園風景へと移り変わっていた。目的の場所まではもう暫く時間がかかる。僕はスマホをポケットにしまい込むと、左肩を窓にもたれるようにしてそっと瞼を閉じた。
抑揚のない駅員のアナウンスが閑散とした駅のホームに鳴り響く。時刻はちょうど午後二時を回ったところで、周りには自分以外の利用客の姿がほとんど見当たらない。それもそのはず。今日は三月の一日。一応日曜日ではあるけれど、こんな時期のこんな時間に新幹線を利用する人はあまりいないだろう。
僕はほっと白い息を一つ吐き出して、足元に置かれたキャリーバッグとスクールバッグを手に持つと、そのまま白とコバルトブルーを基調とするその車体に乗り込んだ。
***
今日は高校の卒業式当日だった。
卒業生のほとんどは式が終わるなり、苦楽を共にした友人たちと教室で三年間の思い出を語り合ったり、自分たちを卒業まで導いてくれた保護者や多くの先生方に感謝の意を述べ、自分たちがこれまで過ごしてきた校舎に向かって名残惜しそうに別れを告げていた。
『僕』こと佐久間七海もその卒業生の内の一人であり、少なからず高校生活の終焉に対して物寂しさを感じたりもしたけれど、あいにく思い出を語り合うような友人も、自分の進むべき道を示してくれた教師も、心から卒業を祝ってくれるような家族もその場にはいなかったので、いつもと何ら変わらぬ足取りで早々に校舎を後にした。
春になれば僕たちは、それぞれが自分自身で選択し、進むと決めた道を歩んでいく事になる。
華々しい学生生活に憧れて大学へと進学する者。
自分自身のスキルを高めるため専門学校へと進む者。
周りより一足早く社会に出て、一足先に大人になる者——。
みんな、何かしらの理由を持って新しい生活を送っていく。
そんな僕も、春からは地元の町役場で働くことが既に決まっている。もちろん、大学や専門学校に通って、新しい環境でより深い学問を学ぶことに興味がなかったわけじゃない。
……ただ、出来るだけ早く自立して大人になりたかった。だから、卒業後の進路は進学ではなく就職を選んだのだ。
僕は物心ついた時から自然と『大人』に憧れていた。自分であらゆる物事を選択・決断し、誰に左右されるわけでもなく自分の生きたいように人生を歩むことが出来るそんな大人に憧れていた。
けれど、歳を重ねて次第に大人に近づいていくごとに、少年の頃憧れていた『大人』がそれほど立派な存在でも、何物にも縛られない自由な存在でもないことに段々と気が付いていった。
だけどそれでも、「早く大人になりたい」という想いが変わることはなかった。
きっと僕は、最初から大人に憧れていたのではなく、子供であることに嫌気が差していたんだ。
……誰かの支えがなければ生きていく事さえままならない、飼い犬のような子供に——。
そんな想いがあって、高校卒業後は地元の町役場で事務職員として働くことになった。
けれどどういうわけか、僕は一生、生まれ育ったあの町から出ることなく生涯を終えるのだろうなと感じていた。正直、都会の荒波に呑まれながらの生活を送るより、田舎の落ち着いた雰囲気の中で生活を続ける方が自分に合っていると思うし、何より僕自身がそれを望んでいる。
……それでも、自分が完全な大人になってしまう前に、出来るだけいろんなものをこの目で見て周りたいと、そう思った。
大人には大人しか分からない世界があるように、子供にも子供にしか分からない世界が存在する。僕は自分がまだ子供であるうちに、子供の価値観で自分を取り巻く世界を見てみたい。
だから僕は周りが卒業を惜しみ、高校生活三年間の思い出に浸っている中、通学用の自転車に跨ってそそくさと最寄り駅までやって来ると、あらかじめ駅のコインロッカーにしまい込んでおいたキャリーバッグを取り出して、そのまま新幹線に飛び乗ったのだ。
***
車内は予想していたとおり僕以外の乗客はおらず、入り口からほど近い通路右側の自由席に陣取ると、キャリーバッグを頭上の網棚に乗せ、窓側の席にそっと腰を下ろした。
それから五分としないうちに発車を告げるアナウンスが車内に流れ、新幹線つばさ号はその車体をゆっくりと加速させながら東京駅へと向かって走り出す。
『次は、かみのやま温泉に停まります』
そんな車内アナウンスと同時に、次の停車駅を示す文字が正面の電光掲示板に表示されると、僕はスクールバッグからイヤホンを取り出し、それを上着のポケットに入っていたスマホ繋げて耳に挿し込んだ。イヤホンからは「真夏の太陽」だの「波の声」だのと、今の季節にはそぐわない歌詞が流れてくる。しばらくそんな陽気な音楽に耳を傾けていると、ふと明日からの天気が気になりだし、僕は徐にスマホの天気アプリを開いた。
『鎌倉市 三月二日(月) 晴れ』
——そう。これから僕が向かおうとしているのは、神奈川県の三浦半島西側に位置する日本有数の観光地、鎌倉だ。
日本全国、数ある観光地の中からこの街を選んだのには理由がある。
一つは、中学生の時に修学旅行で鎌倉を訪れて以来、あの街の雰囲気がとても気に入ったから。
そしてもう一つは、海を見たかったからだ。
海ならわざわざ鎌倉まで行かなくても見ることはできる。だけど、僕の見たい海はあの街の、あの海なのだ。穏やかで美しく、鮮やかで広大なあの海を、もう一度この目で眺めたい。
そんなことを考えているうちに、車窓から見える景色は住宅街から田園風景へと移り変わっていた。目的の場所まではもう暫く時間がかかる。僕はスマホをポケットにしまい込むと、左肩を窓にもたれるようにしてそっと瞼を閉じた。
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