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目覚め (2)
しおりを挟む…………ん、……あれ……?
……わたし……いつの間に眠っちゃたんだろう……。
…………もう、……駅には着いたのかな…………。
……そう言えば……前にも、こんなことがあったような——。
寝起きで靄のかかったような思考を彷徨わせ、霞んだ目を優しく指で擦りながら、由衣はそっと瞼を見開く。
まず最初に視界に入ってきたのは、仄かに紅く色づく灰色の床。
それから少し顔を上げると、瞳に焼き付くような茜色の逆光と無数のビル群が創り出す黒のシルエットが網膜に映った。
「……夕焼け、綺麗だなぁ…………って、……ん?」
強い光によって頭の中の靄は完全にかき消され、目覚めたての脳に勢いよくエンジンがかけられる。
そして——。
「えっ? ……うえぇぇぇっーーー‼ ゆっ、夕焼け⁉ ちょ、ちょっとみんな起きてっ‼ すやすや寝てる場合じゃないよっ‼ ほら! はやくぅーー‼」
先程まで青々とした夏空が控えていたはずの世界が、気づけば完全な朱色に染まっていた。
——時間が、大きく進んでいる。
その事実をようやく理解した由衣は、絶叫を上げながら、同じように車内の座席シートに埋もれる茜音たちを呼び起こした。
「……んぁぁ……なんスか、も~…………って、うえええええぇぇぇぇ⁉」
「…………さっきから、うるさい……。少しくらい静かに出来ないの……?」
「そんなこと言ってる場合じゃないんスよっ‼ ……と、とりあえず! 電車から降りるっスよ! 深月さんもましろさんも、早く起きてくださいっス‼」
数秒前の由衣と全く同じ反応を示す茜音は、寝起きで不機嫌さが増している咲希と、未だ微睡みの中にいる深月とましろを強く揺さぶり起こす。
そんな中、由衣はまたひとつ新たな事実に気がつき、思わず声を漏らした。
「……ここ、さっきと同じ駅じゃん……」
逆光に隠れて見える駅の看板には、由衣たちの感覚でつい先ほど、この電車に乗車した駅の名前が記されていた。
「……もしかして、寝てる間に一周してきちゃったの……?」
数十秒の論理的思考のすえ、由衣はその可能性へと辿り着く。
それと時を同じくして、咲希、深月、ましろの三名もようやく目を覚まし、この事態を把握するに至った。
「……なに? どうなってるの、これ……」
「……分からないわ。……そもそも、電車が動き出してからの記憶が全くないのだけど……」
「ふぁ~、よく寝た~。……電車の椅子って~、肌触り良くてサイコーかも~」
約一名を除いて、困惑の表情を浮かべる少女たち。
結局、車内であれこれ考えても無駄と判断した彼女たちは、車窓から差し込む茜色の夕陽に見送られ、重い足取りで無人の車内を後にした。
***
駅のホームに配置された休憩スペース。
そこに設けられた簡易ベンチに腰かけながら、深月は手首のデジタル時計に視線を落とした。
〈8月2日 18時53分〉
いくら目を凝らしても変化しないその事実に、深月は重苦しい溜息を吐き出す。
「……はぁ」
無人の電車に乗り込んでから、およそ10時間。
外の景色はすっかり夕焼けの色に染まり、まるで世界の終焉を見ているような感覚に囚われてしまう。
そんな中、深月は意を決したようにベンチから立ち上がり、神妙な表情を続ける四人に向かって口を開いた。
「……み、みみ、みんなっ! と、とりあえずっ、落ち着いて状況を整理しましょう!」
「まずはあんたが落ち着きなさい」
「……そ、そうね。動揺してごめんなさい……」
相変わらず冷静を保つ咲希を見て、次第に落ち着きを取り戻す深月。
彼女は一度深呼吸をして息を整え、改めて四人に語り掛ける。
「——まず、電車に乗り込んでから何が起こったのか覚えている人はいる?」
「んー……。電車が動き始めたところまでは憶えてるんスけど、その後の記憶が無いんスよね……」
最初にそう答えたのは、小さな唸り声を上げながら数時間前の記憶を遡る緒方茜音。
そんな茜音の後に続いて、由衣も同様の答えを返す。
「わたしも、乗り込んでからの記憶がちょっと……。正直、いつ眠っちゃったのかも覚えてないんだよね……」
まるで口裏を合わせたかのような二人の返答に耳を傾けていた深月は、微かに眉をひそめながら、恐る恐る残る二人にも訊ねる。
「……ひょっとして、あなたたちも?」
それに対して、咲希は頷きの代わりにそっと瞳を閉じて答えを提示し、ましろは少し考える素振りをした後で、まだ眠気の残るような緩慢な口調で言葉を返した。
「ん~~……。なんてゆ~か~、あたし~、最初からずっと寝てたからさぁ~。あんまよくわかんないんだよね~」
「そう言えば、そうだったわね……」
「でもまぁ~、いつもよりぐっすり眠れた気はするよね~。正直~、もっと寝てたいくらいだしぃ~……」
そう言って大きな欠伸をするましろに向かって、茜音は「今寝たら夜眠れなくなっちゃうっスよ!」と、まるで小さな子供の面倒を見る母親のような言葉を投げかけた。
「……そう。やっぱり、全員何も覚えていないのね」
「全員ってことは、深月ちゃんも?」
「えぇ」
眠気に耐えかねて茜音の膝の上に頭を乗せようとするましろを無視して、状況を今一度整理する深月。
そんな彼女の発言に疑問を投げる由衣に、深月は躊躇うような表情で小さく答えた。
——誰も、発車してからの記憶を保持していない。
それどころか、全員が発車のタイミングで突然の睡魔に襲われた。
そんな奇妙な偶然が、果たして起こり得るものだろうか……。
彼女たちの思考は、度重なる〝不可思議〟によって、もはや混乱状態に陥ってしまっていた。
——一体、この10時間で何が起きたのか。
その問いに答えられる者が誰一人いないと悟った彼女たちは、誰から言い出すでもなくベンチから立ち上がり、宿舎のある凪波大学へ向けて移動を始めたのだった。
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