白の無才

ユウキ ヨルカ

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第42話「夏休みについて(8)」

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2人がソフトクリームを買いに行ってから10分後。

秀一と朝霧が両手に1つずつソフトクリームを持って席に戻ってきた。


「お待たせ~! はい、これ悠の分。こっちは榊原さんの分ね」

そう言って秀一は手に持ったソフトクリームを俺たちに手渡す。


「あぁ、ありがとう。いくらだった?」

そう言って俺が財布を取り出そうと鞄に手を伸ばすと、秀一が口を開く。


「あー……いや、やっぱりお金はいらないよ」

「……それは秀一の奢りってことでいいのか?」

「うん。陸上大会の時のお礼とでも思っておいて」


秀一はそう言って少し照れ臭そうにはにかんだ。


「そうか……なら、ありがたく受け取っておくよ」

「おうっ!」


そうして俺たちは秀一の奢りという形でソフトクリームを堪能した。



ソフトクリームを食べ終わった頃には既にプールの清掃点検は終了しており、昼食を食べ終わった人々で再びプール内は賑やかさを取り戻していた。

午後から来た新しい利用客も加わり、プールサイドは大勢の人でごった返している。

昼食休憩を済ませた俺たちも再びプール内に入ると、賑やかな喧騒の一部に混ざり、時間が経つのも忘れて思い切りはしゃぎ回った。



そして気がつけば時刻は16時。
周りを見回すと、利用客の数も昼に比べて少なくなっている。


「もうこんな時間か……どうする秀一、そろそろお開きにするか?」

プールサイドに設置された時計を確認して、秀一に呼びかける。


「んーー……そうだな。そろそろ帰るかぁ」

「外の気温もだいぶ下がってきたしねー」

「そうね。それじゃあ、更衣室で着替えて外に出ましょうか」


秀一に続いて朝霧と榊原も口を開く。

俺たちは榊原の言葉に頷くと、プール内からプールサイドに上がり、そのまま更衣室へと向かう。

そして更衣室で濡れた体を拭き、水着を脱いで服に着替えると、俺たちは受付で合流しそのまま市民プールを後にした。



外はまだ明るく、白い太陽が顔を見せているが気温は確実に下がってきており、午前中のような蒸し暑さは感じられない。

帰りのバスに乗ろうとバス停に向かって歩き出そうとした時、秀一が口を開いた。


「ちょっと待って! ……あのさ、帰る前に温泉寄っていかない?体洗いたいしさ」

「あー、いいね! 寄っていこうよ、温泉!」


秀一の提案にぱあっと花が咲いたように明るい表情をして朝霧が賛同する。


確かに長時間プールに浸かっていたせいで体には塩素の匂いが染み付いているし、俺も体を洗ってから帰りたい。

そう思っていると、榊原が「いいわね。行きましょうか」と秀一の提案に賛同した。


「悠は?」

「あぁ、俺も賛成だ」

「よっし!そんじゃあ、温泉行こー!!」



そういうわけで、俺たちは市民プールから徒歩10分圏内にある市民浴場へと向かった。


市民浴場に着くなり、俺たちはまずは入り口付近に設置されている券売機で『大人』の入浴券を4枚購入し、それから俺たちは男湯と女湯の暖簾の前で別れ、それぞれ脱衣所へと向かった。


俺と秀一は脱衣所で服を脱ぎ、カゴの中に着ていた衣類をしまうと大浴場へ続く開き戸を開けて中へと入る。

すると、温泉独特の匂いがムワッと立ち込めてきた。
硫黄の匂いだけは判別できたが、その他にも様々な匂いが混ざっている。

また田舎町の市民浴場ということもあり、見たところ中にはかなり歳の離れた年配者しかいないようだ。


俺と秀一は仕切りを挟んで隣り合って椅子に座ると、水圧が少し強めのシャワーを肩からかけた。

そして、プールの水に浸かって指通りの悪くなった髪をシャンプーで洗い、体に染み付いた塩素の匂いをボディーソープを使って落としていると、仕切りの向こう側から泡で体を包んだ秀一が今日1日の出来事を振り返って話を始めた。


「今日は楽しかったな。俺、悠があんなに楽しそうにはしゃいでるところ初めて見たぜ」

「まぁ……なんだ。『場の空気に当てられて』ってやつだ。きっと……」

「そっかそっか! いやぁ~、それにしても榊原さんと莉緒の水着姿本当に可愛かったよな~」

「あぁ、もう一度見てみたい」

「おっ?悠がそんなこと言うなんて珍しいじゃん!」

そう言って秀一が仕切りから顔を覗かせる。


「それだけ魅力的だったってことだ」


普段なら慌てて言い訳をするところだが、今、言い訳はいらない。

言い訳で彼女たちの素敵な水着姿を曇らせたくはなかった。

だから、俺は素直に思ったことを口にした。


秀一は「ふ~ん、そっかそっか!」と何か含みのある反応をして顔を引っ込める。


それから俺たちは、体の泡をシャワーで流して立ち上がると浴槽に向かって歩き、足を片方ずつ湯に沈めていく。

そうしてゆっくりと体を肩まで湯に沈めると、あまりの気持ちよさに思わず声が洩れた。


どうやらこの湯には疲労回復の効能があるらしく、遊び疲れた体がじんわりと解れていくのがわかる。

そして、プールで冷えた体が芯からゆっくり温められていく。


俺は湯に浸かりながら壁に背中を預け、静かに瞼を閉じる。


すると、今日1日の出来事が脳内に浮かび上がってきた。


青く澄んだ夏空に輝く白い太陽。

蒸せ返るような暑さ。

耳を塞ぎたくなるような蝉の大合唱。

老若男女の賑やかな笑い声。

朝霧と榊原の可憐な水着姿に柔らかそうな素肌。

恥じらう朝霧と悪戯っ子な一面を見せる榊原。


1つ1つを鮮明に思い返していると、隣に来た秀一が嬉々とした表情をして俺の耳元で囁く。


「なぁなぁ!今頃女湯では洗いっことかしてんのかな!想像するだけでドキドキするなぁ、おいっ!」


下卑た笑みを浮かべる秀一が、肘でコツコツと俺の腕を小突く。


「この変態野郎め……」


秀一に白い目を向けて言いながら、俺も少しその様子を想像してしまう。



白い湯気が立ち込める中、きめ細かい滑らかな泡の上から、お互いの柔らかく溶け落ちてしまいそうな肌を優しく洗い合う2人。


恍惚の表情を浮かべ、極限まで身体を密着させ合い、その細い指でをスッと肌をなぞる。


お互い、徐々に高まっていく体温。


そして、2人は……




……あっ……まずい。 逆上のぼせた。


俺は自分の体温がどんどんと上がっていくのを感じ取り、急いで風呂から上がる。


「あれ? 悠、もう上がるの?」

秀一が尋ねてくるが、今は答えられるような状態じゃない。


俺はすぐさま大浴場から出て、脱衣所で涼むことにした。

開き戸を開けて脱衣所に入ると、天井に設置された扇風機の風が火照った体に当たり、ゆっくりと熱が冷めていく。


危ないところだった……


しばらく扇風機の風に当たっていると、大浴場から秀一が出てきた。

「おいおい大丈夫か?顔真っ赤だぞ?」

秀一が心配そうに顔を覗き込んでくる。


「あぁ……大丈夫。少し逆上せただけだ」

「そうか……ならいいんだけど」


そうして俺はしばらく風に当たって涼んだ後、服を着てドライヤーで濡れた髪を乾かし、秀一と一緒に脱衣所を出た。



どうやら朝霧と榊原はまだ風呂に入っているらしく、俺と秀一は2人が来るまで受付脇のソファーに座って待つことにした。

ソファーの向かい側には、ガラス瓶のコーヒー牛乳やフルーツ牛乳、イチゴオレなどが入った自動販売機が設置されている。

俺たちは財布から100円玉を1つ取り出し、投入口に滑るこませると、迷わずそれらを購入した。


俺はコーヒー牛乳を、秀一はフルーツ牛乳を選んでプラスチック製の蓋を外すと、キンキンに冷えた牛乳を勢いよく喉の奥へと流し込んだ。


冷えた牛乳が喉を通ってスッと胃に落ちると、体に残った熱が内側からゆっくり冷まされていくのが分かる。


腰に手を当てながらビンを傾け、中身を一気に飲み干した秀一は「プハァ~~!」と盛大に息を洩らす。



もう少し時が経てば、俺たちはコーヒー牛乳の代わりにビール缶を傾けるようになるのだろう。

それでも今はまだ、俺たちにはこの甘く冷たいコーヒー牛乳で十分だ。


大人の苦さは今の俺たちには必要ない。

年齢的にも、味覚的にも。



そんなことを思っていると、女湯の脱衣所から朝霧と榊原が出てきた。

風呂上がりということで、2人の髪は完全に乾ききっておらず、所々濡れて束になっている。

頬も淡い桃色に上気していて、なんだか艶めかしく見える。


すると、ガラス瓶を傾ける俺たちに気がついた朝霧が声を上げた。


「あー! いいなー! 私もそれ飲みたーい!!」


朝霧が自動販売機でイチゴオレを購入し、それを見た榊原も同じようにイチゴオレを購入する。

俺はソファーから立ち上がり、2人に席を譲る。


「ひゃぁ~!冷た~い!!」

朝霧は冷え切ったガラス瓶を手に取り、声を上げる。


2人はソファーに腰掛け、蓋を取って購入したイチゴオレに口をつけた。

朝霧がゴクゴクと飲み進めるのを見て、榊原もそれを真似るように飲み進める。


榊原の細く白い喉元が規則性を持って動く。

そして半分ほど飲んだところで、榊原はビンから口を離した。


「とっても美味しい……優しい甘さね」


榊原はビンに入った残りのイチゴオレを眺めながら、そう呟いた。


その時の榊原の表情はコーヒー牛乳やイチゴオレよりも甘く、そして……とても優しいものだった。


そうして温泉にも浸かり、甘く冷たい風呂上がりのドリンクを堪能した俺たちは市民浴場を後にした。



***



その後、俺たちは市民体育館前のバス停まで歩いて戻り、ちょうどバス停に到着した帰りのバスに乗り込んだ。

あいかわらず車内は空いていて、朝は涼しく感じた冷房は少し肌寒く感じた。


「今日は楽しかったねー!また、4人でどっか行こうよ」

通路を挟んで俺と秀一の隣に座った朝霧が満面の笑みを向ける。


「そうだなぁ……次はバーベキューとか天体観測とかどう?みんなで肉食って、星を見てさ。これからの将来について話し合うんだよ。これ、なかなかいい案じゃないか!?」

朝霧の提案に対し、秀一が自信満々といった表情で答える。


「ふふっ、榎本君ロマンチストなのね」

朝霧の右側に座っている榊原がからかうように呟く。


「えへへ、まぁね!ところで、悠はどう思う?」

そう尋ねられた俺は、少し考えてから口を開いた。


「そうだな……なかなかいい案なんじゃないか?『天体観測』とかは秀一には似合わない気もするけどな」

「悠……絶対に俺のことバカにしてるだろ!」

「いや……してない?」

「なんで疑問系なんだよ!!」


俺たちの絡みを見て、朝霧と榊原が声に出して笑う。


「なんで笑うのー!?」


朝霧と榊原の笑顔。秀一の戸惑う表情。

それらを見て、俺も自然と口元に笑みが浮かんだ。


***


車窓の外では、あんなに白く激しく輝いていた太陽が落ち着きを取り戻し、青い空をほんのり赤色に染めようとしている。

赤みがかった日の光が車内に差し込み、まるでスポットライトのように俺たちを照らし出す。


『青春』という舞台の『夏休み』というワンシーンを謳歌する俺たち。

その姿はさながら役者のようだと、煌く彼らを見てそう思った——
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