白の無才

ユウキ ヨルカ

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第39話「夏休みについて(5)」

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ここ最近暑い日が続いている。

今日も正午には気温が30度を超えると、今朝の天気予報で気象予報士が言っていたのを思い出す。

窓の外に目をやると、夏の空は痛いほど青く澄んでいて、ギラギラとした真夏の太陽が顔を見せている。

普段ならば眉間にシワを寄せ、燦々と輝く太陽を睨みつけるところだが、今日に限っては最高の天気と言える。


「結構人いそうだよなー」

「夏休みだものね」

「この暑さだもん。みんな涼みに来たくなるよねー」


そんなことを思っていると俺の隣、そして前の2人席からそんな話し声が聞こえてきた。


そう。

現在、俺・秀一・榊原・朝霧の4名は市内巡回バスに揺られ、市民プールへと向かっているところだ。

車内は冷房が効いていて、外の暑さは全く感じられない。

出来ることなら冷房の効いたこのバスにずっと揺られていたいと思った。


『 次は 市民体育館前、市民体育館前 』


しかし、車内にそのアナウンスが流れたことにより俺たちはそれぞれ下車の準備に移った。


アナウンスが流れてしばらくすると、目的の市民体育館が見えてきた。

バスは速度を落とし、ゆっくりと停車する。


そして、バス停で完全に停車するとドアが開き、蒸せ返るような外の熱気がブワッと車内に侵入してきた。

席を立ってバスから降りると、それまで快適な空間で活動していた体があまりの暑さに悲鳴をあげる。


風は全く感じられず、まとわりつくような熱気と耳を塞ぎたくなるような蝉の鳴き声だけが俺の体に触れてくる。

背中から汗が滲み出し、Tシャツが体に張り付く。


「暑い……」


秀一か榊原か朝霧か、それとも俺か。


誰の口から発せられたのかは分からないが、おそらくその言葉はここにいる全員が同じように思っていることだろう。


「なぁ……早くプール行こうぜ~」

秀一の提案に俺たちは無言で頷き、市民プールへ向かって歩き出した。

***

ほたる市の市民プールは市民体育館と隣接していて、市民体育館は俺たちの家から少し離れたところにあるため、市内巡回バスを使って移動することになる。

市民体育館と市民プールの付近には、ほたる幼稚園やほたる市立第二中学校があるため、この時期になるとよく水浴びをしに来る子供たちで賑わうのだ。



市民体育館前のバス停から少し歩くと、市民体育館と市民プールが見えてくる。

秀一と朝霧は市民プールが視界に入るなり、「プールだー!!」と声を上げながら凄い勢いで中へと入っていった。


そんな2人の後姿を眺めながら、置いてけぼりを食らった俺と榊原は顔を見合わせる。

俺が困り顔で肩をすくめるのに対し、榊原は楽しそうにクスクスと微笑んだ。


「俺たちも行くか」

「そうね」



市民プールの入り口を通って中に入ると、それまで肌にまとわりついていた熱気が俺の体を離れた。

入り口で靴を脱ぎ、下駄箱にしまうと受付で使用料金を払う。


料金は小学生以下が70円。中学生が100円。大人が200円となっていて、俺たち高校生は『大人』として扱われるため財布から銀色に光る100円玉を2枚取り出し、受付の女性に手渡した。


受付を済ませた俺たちは男女に分かれて、更衣室へと向かう。


「それじゃあ榊原さん、莉緒。また後でねー!」

秀一は女子更衣室へ向かう榊原と朝霧に頬を緩ませて手を振る。


「羽島君たちも、また後で」

榊原はそう言って微笑むと、朝霧と共に更衣室へと入っていった。


「待たせると悪い。俺たちも早く入って着替えよう」

「そだな」


そう言って俺と秀一は男子更衣室へと入った。

男子更衣室の中には子供を連れた父親や、友人同士で遊びに来ている小学生や中学生が多く見受けられた。


空きのロッカーを探そうと辺りを見回すと、ちょうど隣り合って空いているロッカーを見つけた。

俺たちはロッカーに荷物を入れ、早速水着に着替え始めた。


「それにしても、かなり混んでるなぁ」

Tシャツを脱ぎながら秀一が口を開く。


「女子の方も同じくらい人がいると考えると相当な数だな」

そう言って更衣室内を見回したが、ざっと見ただけでも50人はいるように思えた。

やはり、暑い時に水浴びをしたくなるのは人間の性なのだろうか。


そんなことを考えていると、隣で着替えている秀一が何の躊躇もなくパンツに手をかけた。

せめて、バスタオルくらい巻けよ……


***


「よしっ!準備オッケー!」

先日購入したばかりの水着を履いた秀一は、気合十分といった様子で腰に手を当てる。


秀一が履いているのは白と黒のボーダー柄の水着。
今年のトレンドらしい。


対して、俺が履いているのは紺色で無地の水着。
シンプルで値段も安かったため、俺は迷わずこれを購入した。


正直、俺たちの水着などどうでもいい。

気になるのは榊原と朝霧の水着だ。


「着替え終わったし、そろそろ行こうぜ」

「そ、そうだな……」


更衣室を出てプールサイドに着くと、そこには色とりどりの水着を身につけた男女で溢れかえっていた。

屋外プールのため天井は無く、降り注ぐ陽光がジリジリと人々の体を焼いている。

日焼け止めを持って来ればよかったかもしれない……

そんなことを思ってふと隣を見ると、秀一の目が光り輝いていた。

比喩では無く、本当に。


秀一はプールに入る前から競技用の水中ミラーゴーグルを装着しており、そこに太陽の光が反射してまるで秀一の目が光り輝いているように見えた。


ゴーグルで秀一の目は見えないが、先ほどからせわしなく体を動かしているところから、明らかに緊張しているのが分かる。

そういう俺も同学年の女子と一緒にプールに来るというのは初めての経験のため、表情には出さないようにしているがかなり緊張している。


そして、俺と秀一の頭の中は榊原と朝霧の水着姿のことでいっぱいだ。

辺りを見るに、どうやら2人はまだ更衣室から出てきていないようだ。


「すぅーーー………はぁーーー………」

秀一が心を落ち着かせるためか、深呼吸を始めた。

俺もフッと短く息を吐く。



その時——



「お待たせ~!」

更衣室の方から朝霧の声が聞こえた。

俺と秀一はゆっくりと首を回し、後ろを向く。


するとそこには、真新しい水着に身を包んだ朝霧と榊原の姿があった。

秀一は付けていたゴーグルを外し、目を大きく見開いてその水着姿を目に焼き付ける。



「え、えっと……あ、あの……お待たせしてしまってごめんなさい……」

朝霧の後ろに隠れながら言う榊原は、熱した鉄のように耳を赤く染めている。


「それで……ど、どうかな……?」

普段はあまり見せることのない恥じらいの表情を浮かべる朝霧に言われ、改めて2人の水着に目をやる。


朝霧は白と水色のストライプ柄のビキニをその身に纏っていて、それが小麦色の肌にとてもマッチしている。


部活で鍛えられたしなやかな腕と足。

小さく引き締まった臀部。

控えめだが確かに存在感を感じる胸。


その全てが朝霧莉緒という少女を表している。


「その水着、朝霧らしくていいな。似合ってるぞ」

お世辞抜きで本当にそう思った。

活動的で明るいイメージの朝霧にはぴったりな水着だ。


朝霧は少し嬉しそうにはにかみながら「ありがとう」と小さく呟いた。


「……それで? 榎本は……何か感想ないわけ?」

朝霧はさっきよりも少し恥ずかしそうに、そして小さな体からありったけの勇気を振り絞り、目の前の秀一をじっと見つめてそう言った。


俺は秀一がどんな返しをするのか気になって隣に立つ秀一の顔を見ると、秀一は口を閉じるのすらも忘れ、ただひたすらに朝霧のことを見つめていた。

周囲の人々や周りの風景、俺や榊原すら秀一の世界からは切り取られ、秀一の瞳には朝霧だけが写っていた。


「秀一?」

俺が呼びかけても反応を示さない。

すると、開きっぱなしだった口がゆっくりと動き出した。


「……かわいい」


意識して言ったのか、それとも無意識のうちに言ったのかはわからないが、秀一は確かに朝霧の水着姿を見て「かわいい」と、そう言った。


「そっ、か……」


朝霧は頬を赤く染め、口元を綻ばせ、俺に言われた時の何倍も嬉しそうな表情をしてポツリと呟いた。


そんな朝霧を見ているとこちらまでなんだか温かい気持ちになってくる。


「それはそうと2人共!麗ちゃんの水着も見てみなよ!ほらほら~、麗ちゃんも隠れてないで~」


完全に機嫌を取り戻した朝霧は、後ろに隠れる小動物のような榊原に声をかける。


「で、でも……ん……分かったわ」


榊原は前に出るのを躊躇しながらもそっと、その姿を現した。



「——!」



俺は榊原の水着姿を初めて見て、思わず息を飲んだ。


黒地に白い花が描かれたエレガントなビキニを纏った榊原は、目を伏せ、恥ずかしそうにその白く細い腕でたわわな胸を隠している。


艶やかな長い黒髪や大きな瞳はもちろんのこと、榊原の普段はお目にかかれない部分が露わになっている。


滑らかな腕と脚。

柔らかく、触れれば温かそうな腹部。

芸術品を思わせる細く綺麗な指。

そして、人の美しさが最もよく現れると言われる鎖骨。


エレガントなビキニを身に纏った榊原は、このプールサイドで最も輝いていた。

それはもしかすると、燦々と輝く鮮烈な太陽のせいかもしれない。


けれど、俺の目には榊原しか写っていなかった。


周りの喧騒が消え、視界には頬を桜色に上気させ恥じらう榊原の姿しか写ってはいなかった。

世界には俺と榊原の2人しかいないような、そんな錯覚に陥った。

朝霧の水着姿を見た秀一もこんな感じだったのだろうか。



それから一体どれだけの時間、その姿を眺めていたのか。

1分、2分……いや5分のようにも、たった1秒のようにも感じられる。


それだけ、榊原の水着姿は美しく、可愛らしかった。


俺は今どんな顔をしているのだろうか。

秀一のようにだらしなく頬を緩ませてしまっているのではないだろうか。

しかし、それでもこの気持ちだけはしっかりと榊原に伝えなくてはならない。

それが恥ずかしさを堪えてその水着姿を見せてくれた榊原に対する最大の敬意。


俺は深く息を吸うと顔を真っ赤に染める榊原を見つめて告げる。


「似合ってる……すごく似合ってるぞ、榊原」


緊張のあまり、声が少し震えてしまった。

しかし、なんとかその言葉は榊原の元まで届いたようで、彼女は真っ赤に染まった耳を長い髪で隠し、せわしなく指を触りながら小さく口を開いた。


「——あっ、ありが……とう……」


どんなに周囲の喧騒が大きくても、どんなに小さく消えてしまいそうでも、その言葉はしっかりと俺の元まで届けられた。



一生に一度の高校1年の夏休み。

俺たちは現在進行形で『青春』を謳歌している。

そう思った瞬間だった——
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