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第37話「夏休みについて(3)」
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あくる日、俺は秀一と新しい水着を購入すべく、蛍山高校から少し歩いたところにあるアーケード街に足を運んだ。
昨夜、秀一と連絡を取り合ったところ、明日は午前中に学校で部活があるということだったため、12時半にアーケード街の入り口で待ち合わせすることになった。
そして現在の時刻は12時20分。
俺はアーケード街の入り口にもたれ掛かり、アーケード街を行き来する人たちに目を向ける。
土曜日だからというのもあるが、今日からほとんどの学校が夏休みに入ったため、学生の姿が多く見受けられる。
学生の他にも主婦や外回り中のサラリーマンなど様々な人で賑わっていて、喧騒がより大きく感じられた。
真上からこちらを見下ろす太陽はその輝きを一層強め、どんどんと気温が上昇していくのがわかる。
俺が知らん顔で照り続ける太陽を睨みつけていると、前方から手を振ってこちらに向かってくる秀一の姿が見えた。
俺はそれに応えるように右手を上げる。
秀一は学校指定のジャージに肩から斜めに下げたエナメルバッグを激しく揺らしながら俺の元まで走ってきた。
「よっ! 悠。今日も暑いなぁ」
秀一は俺と合流するなり、ジャージの襟元をパタパタと仰ぎ始めた。
額には汗が滲んでいる。
先ほどまでこの暑さの中、外で部活をしていたのだから当然だろう。
「部活お疲れ。今日の最高気温30度越えるらしいぞ」
秀一は「えぇーっ!?」と大袈裟に驚くと、脱力しきった表情で舌を出す。
その様子が近所で飼われているゴールデン・レトリーバーにそっくりだったため、俺は思わず笑いを零してしまった。
「何笑ってんだよ悠!」
「いや、何でもない。それより秀一、昼食はまだだろ?先にどっかで食べて行かないか?」
ムッとした表情の秀一に対し、提案を持ちかける。
「あー、そうだな。俺も部活終わりで腹減ってるし、ファミレスでも行くか!」
秀一はその顔に笑顔を浮かべて賛同する。
そうして俺たちはアーケード街に入り、近くのファミレスで昼食を摂ることにした。
重たいドアを開けて店内に入ると、中は冷房がよく効いていて体の熱がスッと引いていくのがわかる。
昼時ということで店内は大変混み合っており、席に案内されるまで10分ほどかかった。
ようやく席に案内され革製の椅子に腰を下ろすと、テーブル脇に立てかけられているメニュー表を手に取って開く。
「どれにしよっかな~」
秀一はメニュー表に目をやりながら、メロディーに乗せて言う。
しばらくメニュー表を眺めた後、「んじゃ、俺はこれ!」とデミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグステーキの写真を指差した。
「それじゃあ、ボタン押すぞ」
そう言って俺はテーブル上にある呼び出しボタンを押す。
すると店内にピンポーンという電子音が鳴り響き、しばらくして若い女性店員が注文を取りにやってきた。
「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」
女性店員がにこやかな笑顔を浮かべる。
「えっと……ハンバーグステーキ1つ、あとペペロンチーノ1つ。ドリンクバー2つでお願いします」
女性店員は注文を確認すると、一礼して厨房へと戻っていった。
「んじゃ俺飲み物取ってくるわ。悠は何飲む?」
「それじゃあコーラで」
そういうと秀一は「オッケー」と言って、軽やかな足取りでドリンクディスペンサーの方へと向かっていった。
1人になった俺は椅子の背もたれに体を預け、店内を見回す。
半袖Tシャツに短パンといったラフな格好の男子学生グループ。
夏休みなのになぜか制服を着ている女子高生グループ。
スーツを脱ぎ、白いワイシャツに汗を滲ませたサラリーマンなど、様々な年代の客で店内は賑わっている。
笑顔で会話を続ける彼らを見ていると、皆それぞれの夏を過ごしているのだなと実感する。
今頃、他のクラスメイトはどうしているのだろう。
榊原や朝霧は新しい水着を仲良く選んでいるところだろうか。
店の天井を眺めながらそんなことを考えていると、コトンとテーブルにドリンクの注がれたコップが置かれる。
「お待たせー。なんかボーッとしてたみたいだけど、大丈夫か?」
秀一が心配そうな表情で俺の顔を覗き込む。
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう」
俺はそう言って秀一に持ってきてもらったコーラを勢い良く飲み、乾いた喉を潤す。
強めの炭酸が喉で弾け、その度に爽快感が押し寄せてくる。
氷でよく冷やされたコーラが食道を通って胃に落ちていく感覚は、とてもひんやりとしていて内側から体を冷やしてくれているような気がした。
『夏』と『炭酸』の組み合わせは最高だとつくづく思う。
コーラはどの時期でも変わらず美味しいが、特に夏は気温も相まっていつもの5割増しで美味しく感じる。
俺は半分あたりまで一気に飲み進めるとコップから口を離し、静かにテーブルに置いた。
「そういえば、朝霧にはちゃんと謝ったのか?」
俺は向かい側で、スマホを操作しながらジンジャーエールの入ったコップを傾ける秀一に尋ねる。
秀一は操作していたスマホをしまい、「それがさぁ……」と語り出す。
「謝ったんだけどさ、なんか機嫌戻してくれなくて……なぁ悠、どうしたらいいと思う?」
朝霧は昨日の秀一の発言が相当頭に来たようだ。
俺も人のことは言えないが、昨日の秀一は乙女心というのが全くわかっていなかった。
あんなことを言われれば誰だって怒るに決まっている。
俺は捨てられた子犬のような目でこちらを見つめる秀一に対し、仕方なく助言を与えることにした。
「当日、素直に朝霧の水着姿を褒めてやればいいんじゃないか?そこでもう一度謝れば、朝霧もきっと許してくれるさ」
秀一は腕を組んで「なるほど……」と深く考える。
すると鉄板で肉が焼けるような音と共に、先ほどと同じ女性店員が秀一のハンバーグステーキと俺のペペロンチーノを持ってやってきた。
そしてそれぞれをテーブルの上に並べると、伝票入れに伝票を差し込み、一礼して厨房へと戻っていった。
秀一の目の前に置かれたハンバーグステーキからは鉄板で肉の焼ける音と真っ白な湯気が立ちこめている。
食欲をそそるデミグラスソースの香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「うわぁ~、うっまそーだな! いただきまーす!」
秀一はナイフとフォークを器用に使い、ハンバーグを切り分けては次々と口に運ぶ。
口に入れるたびに頬をとろけさせる秀一を見て、俺もますます腹が減ってきた。
俺はスプーンとフォークを手に取り、目の前に置かれたペペロンチーノを混ぜ合わせる。
混ぜるたびにニンニクとオリーブオイルのいい香りがする。
俺はパスタを数本フォークで掬い、そのままくるくると巻きつけて口へと運ぶ。
ニンニクとオリーブ、そして唐辛子がいい具合にマッチしていてどんどん箸が……いや、フォークが進む。
パスタを口に運ぶたびに、ペペロンチーノに使われているオリーブオイルで唇がよく滑る。
たまにコーラを挟み、口元の油を取り払うと同時に口の中を潤わせる。
「美味い……」
思わず言葉が洩れる。
そうして俺たちは各自注文した昼食に舌鼓を打ちながら、黙々と食べ進めていった——
昨夜、秀一と連絡を取り合ったところ、明日は午前中に学校で部活があるということだったため、12時半にアーケード街の入り口で待ち合わせすることになった。
そして現在の時刻は12時20分。
俺はアーケード街の入り口にもたれ掛かり、アーケード街を行き来する人たちに目を向ける。
土曜日だからというのもあるが、今日からほとんどの学校が夏休みに入ったため、学生の姿が多く見受けられる。
学生の他にも主婦や外回り中のサラリーマンなど様々な人で賑わっていて、喧騒がより大きく感じられた。
真上からこちらを見下ろす太陽はその輝きを一層強め、どんどんと気温が上昇していくのがわかる。
俺が知らん顔で照り続ける太陽を睨みつけていると、前方から手を振ってこちらに向かってくる秀一の姿が見えた。
俺はそれに応えるように右手を上げる。
秀一は学校指定のジャージに肩から斜めに下げたエナメルバッグを激しく揺らしながら俺の元まで走ってきた。
「よっ! 悠。今日も暑いなぁ」
秀一は俺と合流するなり、ジャージの襟元をパタパタと仰ぎ始めた。
額には汗が滲んでいる。
先ほどまでこの暑さの中、外で部活をしていたのだから当然だろう。
「部活お疲れ。今日の最高気温30度越えるらしいぞ」
秀一は「えぇーっ!?」と大袈裟に驚くと、脱力しきった表情で舌を出す。
その様子が近所で飼われているゴールデン・レトリーバーにそっくりだったため、俺は思わず笑いを零してしまった。
「何笑ってんだよ悠!」
「いや、何でもない。それより秀一、昼食はまだだろ?先にどっかで食べて行かないか?」
ムッとした表情の秀一に対し、提案を持ちかける。
「あー、そうだな。俺も部活終わりで腹減ってるし、ファミレスでも行くか!」
秀一はその顔に笑顔を浮かべて賛同する。
そうして俺たちはアーケード街に入り、近くのファミレスで昼食を摂ることにした。
重たいドアを開けて店内に入ると、中は冷房がよく効いていて体の熱がスッと引いていくのがわかる。
昼時ということで店内は大変混み合っており、席に案内されるまで10分ほどかかった。
ようやく席に案内され革製の椅子に腰を下ろすと、テーブル脇に立てかけられているメニュー表を手に取って開く。
「どれにしよっかな~」
秀一はメニュー表に目をやりながら、メロディーに乗せて言う。
しばらくメニュー表を眺めた後、「んじゃ、俺はこれ!」とデミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグステーキの写真を指差した。
「それじゃあ、ボタン押すぞ」
そう言って俺はテーブル上にある呼び出しボタンを押す。
すると店内にピンポーンという電子音が鳴り響き、しばらくして若い女性店員が注文を取りにやってきた。
「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」
女性店員がにこやかな笑顔を浮かべる。
「えっと……ハンバーグステーキ1つ、あとペペロンチーノ1つ。ドリンクバー2つでお願いします」
女性店員は注文を確認すると、一礼して厨房へと戻っていった。
「んじゃ俺飲み物取ってくるわ。悠は何飲む?」
「それじゃあコーラで」
そういうと秀一は「オッケー」と言って、軽やかな足取りでドリンクディスペンサーの方へと向かっていった。
1人になった俺は椅子の背もたれに体を預け、店内を見回す。
半袖Tシャツに短パンといったラフな格好の男子学生グループ。
夏休みなのになぜか制服を着ている女子高生グループ。
スーツを脱ぎ、白いワイシャツに汗を滲ませたサラリーマンなど、様々な年代の客で店内は賑わっている。
笑顔で会話を続ける彼らを見ていると、皆それぞれの夏を過ごしているのだなと実感する。
今頃、他のクラスメイトはどうしているのだろう。
榊原や朝霧は新しい水着を仲良く選んでいるところだろうか。
店の天井を眺めながらそんなことを考えていると、コトンとテーブルにドリンクの注がれたコップが置かれる。
「お待たせー。なんかボーッとしてたみたいだけど、大丈夫か?」
秀一が心配そうな表情で俺の顔を覗き込む。
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう」
俺はそう言って秀一に持ってきてもらったコーラを勢い良く飲み、乾いた喉を潤す。
強めの炭酸が喉で弾け、その度に爽快感が押し寄せてくる。
氷でよく冷やされたコーラが食道を通って胃に落ちていく感覚は、とてもひんやりとしていて内側から体を冷やしてくれているような気がした。
『夏』と『炭酸』の組み合わせは最高だとつくづく思う。
コーラはどの時期でも変わらず美味しいが、特に夏は気温も相まっていつもの5割増しで美味しく感じる。
俺は半分あたりまで一気に飲み進めるとコップから口を離し、静かにテーブルに置いた。
「そういえば、朝霧にはちゃんと謝ったのか?」
俺は向かい側で、スマホを操作しながらジンジャーエールの入ったコップを傾ける秀一に尋ねる。
秀一は操作していたスマホをしまい、「それがさぁ……」と語り出す。
「謝ったんだけどさ、なんか機嫌戻してくれなくて……なぁ悠、どうしたらいいと思う?」
朝霧は昨日の秀一の発言が相当頭に来たようだ。
俺も人のことは言えないが、昨日の秀一は乙女心というのが全くわかっていなかった。
あんなことを言われれば誰だって怒るに決まっている。
俺は捨てられた子犬のような目でこちらを見つめる秀一に対し、仕方なく助言を与えることにした。
「当日、素直に朝霧の水着姿を褒めてやればいいんじゃないか?そこでもう一度謝れば、朝霧もきっと許してくれるさ」
秀一は腕を組んで「なるほど……」と深く考える。
すると鉄板で肉が焼けるような音と共に、先ほどと同じ女性店員が秀一のハンバーグステーキと俺のペペロンチーノを持ってやってきた。
そしてそれぞれをテーブルの上に並べると、伝票入れに伝票を差し込み、一礼して厨房へと戻っていった。
秀一の目の前に置かれたハンバーグステーキからは鉄板で肉の焼ける音と真っ白な湯気が立ちこめている。
食欲をそそるデミグラスソースの香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「うわぁ~、うっまそーだな! いただきまーす!」
秀一はナイフとフォークを器用に使い、ハンバーグを切り分けては次々と口に運ぶ。
口に入れるたびに頬をとろけさせる秀一を見て、俺もますます腹が減ってきた。
俺はスプーンとフォークを手に取り、目の前に置かれたペペロンチーノを混ぜ合わせる。
混ぜるたびにニンニクとオリーブオイルのいい香りがする。
俺はパスタを数本フォークで掬い、そのままくるくると巻きつけて口へと運ぶ。
ニンニクとオリーブ、そして唐辛子がいい具合にマッチしていてどんどん箸が……いや、フォークが進む。
パスタを口に運ぶたびに、ペペロンチーノに使われているオリーブオイルで唇がよく滑る。
たまにコーラを挟み、口元の油を取り払うと同時に口の中を潤わせる。
「美味い……」
思わず言葉が洩れる。
そうして俺たちは各自注文した昼食に舌鼓を打ちながら、黙々と食べ進めていった——
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