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第36話「夏休みについて(2)」
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長く感じた1日1日が順調に過ぎ去り、気がつけば終業式当日。
現在、体育館にてちょうどその終業式が行われているところだ。
ステージ上に立つ、高価そうなスーツに身を包んだ白髪の校長が夏休みの過ごし方について長々と語り出し、既に10分が経過しようとしている。
ふと周りに目を向けると、「退屈だ」と言わんばかりの大欠伸をする生徒が多く見受けられる。
中には気持ちよさそうな顔でゆらゆらと船を漕いでいる者もいる。
夢の中では既に夏休みに入っていて、思う存分夏を満喫しているのだろう。
そんなことを考えていると、校長の長々とした話がようやく終わりを迎えた。
校長が一礼してステージから降りると、司会進行役の生徒会役員が始業式を締めに入った。
「起立」
マイク越しに聞こえる声で、退屈そうにしていた生徒や居眠りをしていた生徒がハッと我に返りその場に立ち上がる。
「これで終業式を終わります。礼」
その声に従い軍隊並みにきっちり揃えられた礼をした後、俺たちは担任の指示で各自の教室へと戻った。
教室へ戻るなり、周りの雰囲気はヘリウムガスをいっぱいに詰め込んだ風船の如くふわふわと浮かれていて、教室に天井がなければそのままどこかへ飛んで行ってしまいそうだと思った。
そして、ここにもそんな奴が1人。
「なぁなぁ悠! 夏休みだぜ、夏休み! 高1の夏休みは一生に1度きり! 中学に比べてほんの少し夏休みが長くなってることだし、思う存分楽しまなきゃな!」
そういう秀一は、初めて遊園地に連れて来られた子供のようにはしゃいでいる。
「夏休みが長い分、課題も多くなってるけどな」
楽しそうにしているところ申し訳なかったが、この様子だと本当に夏休み最終日に『勉強会』という名のイベントが開催されそうだったため、『毎日少しずつでもいいから課題はやっておけよ』という意味を込めて言ってみた。
しかし、その言葉は秀一の耳には届いておらず、「プールだ、花火だ、夏祭りだ」とブツブツと夏のイベントを唱えている。
全く乗り気ではないが、念のため夏休み最終日は空けておいた方が良さそうだ。
そんなことを考えていると、担任の佐倉先生が黒板の前に立ち、俺たちに向かって着席するように指示を出した。
佐倉先生の指示でそれまで友人同士と仲良く夏休みの予定などを立てていたクラスメイトが、話を切り上げて席に着く。
全員がしっかりと着席したのを確認して先生が口を開いた。
「えーっと、始業式が無事終了したことにより、いよいよ明日から夏休みです。校長先生も言ってたようにあんまりだらけた生活ばかりしてちゃダメよー。中には、だらけたくてもだらけられない人もいるんだからね……」
そういう佐倉先生の表情はとても悲しげで、俺たちは一斉に目を伏せる。
申し訳ないという気持ちと同時に、社会人になれば自分もこんな表情をすることになるのかという恐怖と不安。
それならばせめて、もう2度と訪れることのない高校1年生の夏を精一杯謳歌しようという強い決意が、クラスメイトの顔には表れている。
「まぁ、そんなわけで夏休み中も規則正しい生活を心掛けるように!あと、くれぐれも事故や犯罪には巻き込まれないように注意してね。あくまで高校生らしい夏休みを過ごすこと。それじゃあみんな、1学期お疲れ様!夏の思い出をたくさん作りなさいね。解散!」
佐倉先生の言葉で教室内のボルテージは最高潮に達した。
待ちに待った夏休みがようやく訪れたと実感した瞬間だった。
窓の外に見える青々とした夏の空と白い太陽は、まるで俺たちの夏を祝福してくれているかのようにその鮮やかさを増す。
教室内では幾つかのグループに分かれて、友人たちと今後の予定を話し合っているものが多く見られる。
「やっぱさー、海は行っときたいよねー!」
「それなー!」
窓側後方の女子グループからは、いかにも女子らしい楽しげな話し声が聞こえてくる。
「この後どうする?」
「ファミレスで昼食食いながら予定立てようぜ」
「いいねー!」
教室前方の入り口付近にいる男子グループからは、この夏を一生忘れないものにするという強い想いが伝わってくる。
全国の高校生を調査してみても、『夏休みが嫌い』という者は恐らく限られた数しか存在しないだろう。
ほとんどの高校生は、夏休みを心待ちにしている。
夏休みを迎えるためにこの1学期、毎日学校に登校し続けたと言っても過言ではないのではなかろうか。
俺だって平静を装っているが、心の中では周りと同じように浮かれている。
『夏』という季節には、もしかすると人の心を操る魔物が潜んでいるのかもしれない。
俺は教室のあちこちから聞こえる楽しげな会話に耳を傾けながら、ふと榊原の方に目をやる。
窓側前方にいる榊原は、朝霧と何やら楽しそうに会話を弾ませている。
いつもは夜空に浮かぶ静かな月を思わせる榊原も、今は太陽に顔を向ける向日葵のような明るい笑顔をしている。
周りより少し大人びているように見えても、心は俺たちと同じ高校生なんだと思えて少し安心した。
笑顔で話す榊原の横顔を見ていると、榊原は俺の視線に気がついたのか朝霧と共にこちらに向かってやってきた。
「ねぇ、羽島君」
「どうした?榊原」
そう尋ねると榊原は隣にいる朝霧と顔を見合わせ、笑顔でこう話した。
「実はさっきまで莉緒さんと夏休みの予定について話していたのだけれど、明々後日の月曜日にみんなでプールへ行かない?」
その提案に対して、光の速さで秀一が反応する。
「プール!? 行く行く! 行くよ! 悠も行くよな! なっ!」
興奮を隠しきれずにいう秀一は、さながら尻尾をブンブンと激しく振り回す子犬だ。
「あ、あぁ……俺は構わないが、朝霧と秀一は部活大丈夫なのか?」
素朴な疑問を口にすると、朝霧の口が開いた。
「あー、それは大丈夫。来週の月曜日は部活休みだから。それに明日、部活が終わってから麗ちゃんと水着買いに行く約束もしたんだー!」
朝霧はそう言って「えへへ」と笑うと、榊原にぎゅっと抱きつく。
朝霧に抱きつかれた榊原も嬉しそうに微笑みを見せる。
水着か……
榊原と朝霧が恥じらいながらも新品の水着を見せつけてくるイメージが脳内に浮かび上がる。
俺は顔が熱くなるのを感じ、脳内からイメージを振り払う。
「榊原さんの水着姿、楽しみだなぁ~」
秀一がチーズのようにとろけきった顔で言うと、朝霧は頬を膨らませて「ちょっと!」と秀一に突っかかる。
「私の水着姿はどうでもいいわけ!?」
「い、いや!もちろん莉緒の水着姿も楽しみだよ!ただ、榊原さんと比べるとなるとちょっと……」
その言葉で朝霧の方からプツンという聞こえるはずのない音が聞こえた気がした。
朝霧は顔を怒りで真っ赤に染め、「今の言葉、絶対訂正させてやるぅー!」という捨て台詞を吐きながら、榊原と共に教室から出て行った。
秀一は教室から出て行く朝霧を、やってしまったという顔でただ呆然と見つめていた。
「謝っておいた方がいいぞ」
俺のアドバイスに秀一は「うん」小さく頷く。
「それにしてもまさか榊原さんの方から誘ってくれるなんてなー!……そうだ!なぁ、悠。俺たちも水着買いに行かないか?」
秀一はころっと表情を変えると、俺にそう提案してきた。
「そうだな……前に使ってた水着は絶対にサイズ合わなくなってるだろうし、買い換えた方がいいかもな」
「よしっ!決まり!んじゃ、俺たちも明日水着買いに行こうぜ!」
「なんだったら、明日榊原たちと一緒に買いに行けばいいんじゃないか?」
今度は俺の方からそう提案する。
「いや。それはダメだ」
「えっ?」
秀一のことだからてっきり喜んで賛同すると思っていたため、その意外な返答に俺の口から間抜けな声が出た。
「ダメって……何か理由でもあるのか?」
「……あぁ」
秀一は急に真剣な表情になり、俺は唾を飲み込む。
そして、ゆっくりと口を開き理由を述べる。
「一緒に水着を買いに行くとなると、当日水着を見たときの感動が薄れてしまうッ……!」
そう熱く力説する秀一を見て、俺は安堵と失望のため息を洩らす。
まぁ、こんなことだろうと思った。
「あー……うん、秀一の考えはとりあえず理解した。……それじゃあ、俺たちは俺たちで水着を買いに行くってことでいいんだな?」
俺は呆れ顔で確認する。
「そういうこと!詳しいことは帰ってから連絡するからさ」
秀一はグッと親指を立てながら白い歯を見せて笑った。
そんなわけで俺たちは明日、夏休み最初のイベントであるプールに向けて新しい水着を買いに行くことに決めたのだった——。
現在、体育館にてちょうどその終業式が行われているところだ。
ステージ上に立つ、高価そうなスーツに身を包んだ白髪の校長が夏休みの過ごし方について長々と語り出し、既に10分が経過しようとしている。
ふと周りに目を向けると、「退屈だ」と言わんばかりの大欠伸をする生徒が多く見受けられる。
中には気持ちよさそうな顔でゆらゆらと船を漕いでいる者もいる。
夢の中では既に夏休みに入っていて、思う存分夏を満喫しているのだろう。
そんなことを考えていると、校長の長々とした話がようやく終わりを迎えた。
校長が一礼してステージから降りると、司会進行役の生徒会役員が始業式を締めに入った。
「起立」
マイク越しに聞こえる声で、退屈そうにしていた生徒や居眠りをしていた生徒がハッと我に返りその場に立ち上がる。
「これで終業式を終わります。礼」
その声に従い軍隊並みにきっちり揃えられた礼をした後、俺たちは担任の指示で各自の教室へと戻った。
教室へ戻るなり、周りの雰囲気はヘリウムガスをいっぱいに詰め込んだ風船の如くふわふわと浮かれていて、教室に天井がなければそのままどこかへ飛んで行ってしまいそうだと思った。
そして、ここにもそんな奴が1人。
「なぁなぁ悠! 夏休みだぜ、夏休み! 高1の夏休みは一生に1度きり! 中学に比べてほんの少し夏休みが長くなってることだし、思う存分楽しまなきゃな!」
そういう秀一は、初めて遊園地に連れて来られた子供のようにはしゃいでいる。
「夏休みが長い分、課題も多くなってるけどな」
楽しそうにしているところ申し訳なかったが、この様子だと本当に夏休み最終日に『勉強会』という名のイベントが開催されそうだったため、『毎日少しずつでもいいから課題はやっておけよ』という意味を込めて言ってみた。
しかし、その言葉は秀一の耳には届いておらず、「プールだ、花火だ、夏祭りだ」とブツブツと夏のイベントを唱えている。
全く乗り気ではないが、念のため夏休み最終日は空けておいた方が良さそうだ。
そんなことを考えていると、担任の佐倉先生が黒板の前に立ち、俺たちに向かって着席するように指示を出した。
佐倉先生の指示でそれまで友人同士と仲良く夏休みの予定などを立てていたクラスメイトが、話を切り上げて席に着く。
全員がしっかりと着席したのを確認して先生が口を開いた。
「えーっと、始業式が無事終了したことにより、いよいよ明日から夏休みです。校長先生も言ってたようにあんまりだらけた生活ばかりしてちゃダメよー。中には、だらけたくてもだらけられない人もいるんだからね……」
そういう佐倉先生の表情はとても悲しげで、俺たちは一斉に目を伏せる。
申し訳ないという気持ちと同時に、社会人になれば自分もこんな表情をすることになるのかという恐怖と不安。
それならばせめて、もう2度と訪れることのない高校1年生の夏を精一杯謳歌しようという強い決意が、クラスメイトの顔には表れている。
「まぁ、そんなわけで夏休み中も規則正しい生活を心掛けるように!あと、くれぐれも事故や犯罪には巻き込まれないように注意してね。あくまで高校生らしい夏休みを過ごすこと。それじゃあみんな、1学期お疲れ様!夏の思い出をたくさん作りなさいね。解散!」
佐倉先生の言葉で教室内のボルテージは最高潮に達した。
待ちに待った夏休みがようやく訪れたと実感した瞬間だった。
窓の外に見える青々とした夏の空と白い太陽は、まるで俺たちの夏を祝福してくれているかのようにその鮮やかさを増す。
教室内では幾つかのグループに分かれて、友人たちと今後の予定を話し合っているものが多く見られる。
「やっぱさー、海は行っときたいよねー!」
「それなー!」
窓側後方の女子グループからは、いかにも女子らしい楽しげな話し声が聞こえてくる。
「この後どうする?」
「ファミレスで昼食食いながら予定立てようぜ」
「いいねー!」
教室前方の入り口付近にいる男子グループからは、この夏を一生忘れないものにするという強い想いが伝わってくる。
全国の高校生を調査してみても、『夏休みが嫌い』という者は恐らく限られた数しか存在しないだろう。
ほとんどの高校生は、夏休みを心待ちにしている。
夏休みを迎えるためにこの1学期、毎日学校に登校し続けたと言っても過言ではないのではなかろうか。
俺だって平静を装っているが、心の中では周りと同じように浮かれている。
『夏』という季節には、もしかすると人の心を操る魔物が潜んでいるのかもしれない。
俺は教室のあちこちから聞こえる楽しげな会話に耳を傾けながら、ふと榊原の方に目をやる。
窓側前方にいる榊原は、朝霧と何やら楽しそうに会話を弾ませている。
いつもは夜空に浮かぶ静かな月を思わせる榊原も、今は太陽に顔を向ける向日葵のような明るい笑顔をしている。
周りより少し大人びているように見えても、心は俺たちと同じ高校生なんだと思えて少し安心した。
笑顔で話す榊原の横顔を見ていると、榊原は俺の視線に気がついたのか朝霧と共にこちらに向かってやってきた。
「ねぇ、羽島君」
「どうした?榊原」
そう尋ねると榊原は隣にいる朝霧と顔を見合わせ、笑顔でこう話した。
「実はさっきまで莉緒さんと夏休みの予定について話していたのだけれど、明々後日の月曜日にみんなでプールへ行かない?」
その提案に対して、光の速さで秀一が反応する。
「プール!? 行く行く! 行くよ! 悠も行くよな! なっ!」
興奮を隠しきれずにいう秀一は、さながら尻尾をブンブンと激しく振り回す子犬だ。
「あ、あぁ……俺は構わないが、朝霧と秀一は部活大丈夫なのか?」
素朴な疑問を口にすると、朝霧の口が開いた。
「あー、それは大丈夫。来週の月曜日は部活休みだから。それに明日、部活が終わってから麗ちゃんと水着買いに行く約束もしたんだー!」
朝霧はそう言って「えへへ」と笑うと、榊原にぎゅっと抱きつく。
朝霧に抱きつかれた榊原も嬉しそうに微笑みを見せる。
水着か……
榊原と朝霧が恥じらいながらも新品の水着を見せつけてくるイメージが脳内に浮かび上がる。
俺は顔が熱くなるのを感じ、脳内からイメージを振り払う。
「榊原さんの水着姿、楽しみだなぁ~」
秀一がチーズのようにとろけきった顔で言うと、朝霧は頬を膨らませて「ちょっと!」と秀一に突っかかる。
「私の水着姿はどうでもいいわけ!?」
「い、いや!もちろん莉緒の水着姿も楽しみだよ!ただ、榊原さんと比べるとなるとちょっと……」
その言葉で朝霧の方からプツンという聞こえるはずのない音が聞こえた気がした。
朝霧は顔を怒りで真っ赤に染め、「今の言葉、絶対訂正させてやるぅー!」という捨て台詞を吐きながら、榊原と共に教室から出て行った。
秀一は教室から出て行く朝霧を、やってしまったという顔でただ呆然と見つめていた。
「謝っておいた方がいいぞ」
俺のアドバイスに秀一は「うん」小さく頷く。
「それにしてもまさか榊原さんの方から誘ってくれるなんてなー!……そうだ!なぁ、悠。俺たちも水着買いに行かないか?」
秀一はころっと表情を変えると、俺にそう提案してきた。
「そうだな……前に使ってた水着は絶対にサイズ合わなくなってるだろうし、買い換えた方がいいかもな」
「よしっ!決まり!んじゃ、俺たちも明日水着買いに行こうぜ!」
「なんだったら、明日榊原たちと一緒に買いに行けばいいんじゃないか?」
今度は俺の方からそう提案する。
「いや。それはダメだ」
「えっ?」
秀一のことだからてっきり喜んで賛同すると思っていたため、その意外な返答に俺の口から間抜けな声が出た。
「ダメって……何か理由でもあるのか?」
「……あぁ」
秀一は急に真剣な表情になり、俺は唾を飲み込む。
そして、ゆっくりと口を開き理由を述べる。
「一緒に水着を買いに行くとなると、当日水着を見たときの感動が薄れてしまうッ……!」
そう熱く力説する秀一を見て、俺は安堵と失望のため息を洩らす。
まぁ、こんなことだろうと思った。
「あー……うん、秀一の考えはとりあえず理解した。……それじゃあ、俺たちは俺たちで水着を買いに行くってことでいいんだな?」
俺は呆れ顔で確認する。
「そういうこと!詳しいことは帰ってから連絡するからさ」
秀一はグッと親指を立てながら白い歯を見せて笑った。
そんなわけで俺たちは明日、夏休み最初のイベントであるプールに向けて新しい水着を買いに行くことに決めたのだった——。
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