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第34.5話「後日譚(2)」
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榊原と別れた後、俺はまっすぐ家に帰って部屋に着くなりベッドに横になった。
家に着いた時には18時を少し回っていた。
久しぶりに大声を出して応援したため、少し疲れが出たようだ。
しかし、俺なんかより秀一や朝霧の方がよっぽど疲れていることだろう。
明日は大会2日目。
今日のレースで1位になった選手だけが、明日もまた走ることができる。
秀一と朝霧は惜しくも今日のレースで負けてしまったため、明日は先輩の応援に力を入れることだろう。
今日は大声を出しただけでなく、あまりにも多くの感情が自分の中で爆発した。
明日はゆっくり家で休むことにしよう。
そんなことを考えていると、1階のダイニングルームから俺を呼ぶ由紀の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃーん! ご飯だから降りてきてー!」
俺はベッドから体を起こし、部屋を出てダイニングルームへ向かう。
ダイニングルームでは既に俺以外のみんなが席についていた。
母さんは茶碗にご飯をよそい、由紀はみんなのコップに飲み物を注いでいる。
父さんはテレビを凝視しながら、俺が席に着くのを待っているようだったので急いで席に着く。
俺は椅子に座るなり、両手を合わせて夕食に手をつけた。
テレビではちょうど県内ニュースが流れている。
「そういえば悠、今日はどこに行ってたの?」
母さんが尋ねる。
「ん?あぁ、今日は秀一の陸上大会の応援に行ってた」
「秀一君、今日大会だったのね~」
中学の時、何度か秀一を家に招いたことがあったため、母さんも秀一のことは知っている。
「結果は残念だったけど、中学の時よりさらに速くなってたよ」
俺はテレビに目を向けながら答える。
その時だった。
県内ニュースがスポーツの特集に入った。
テレビには今日行われた陸上大会の映像が映し出され、スタジオにいるアナウンサーが原稿を読み上げる。
『本日、蝶谷市の運動競技場で陸上大会が行われました。蛍山高校や蝶川高校など計8校が出場し、熱いレースを繰り広げました』
映像では多くの観客の姿が映し出されている。
『本日の注目選手は、蝶川高校1年 山吹創選手です。1年生ながらレースで見事1位を勝ち取り、明日の決勝に駒を進めました』
アナウンサーが言うのと同時に、画面には山吹がゴールする瞬間の映像が映る。
カメラは山吹ただ1人にピントを合わせているが、すぐ横に秀一がぼやけて映っているのが見えた。
「秀一君、この人に負けちゃったのね~。確かこの人も悠と同じ中学校だったわよね?」
秀一はともかく、どうして山吹と接点のない母さんがそれを知っているのか。
しばらく考えて理由がわかった。
「そうだよ。母さんが山吹のこと知ってるのって、去年の市報に載ってたからだろ?」
「そうそう! なんでも『未来のオリンピック選手』なんて言われてるそうじゃない。凄いわよね~」
母さんは大層感心した様子でテレビに映る山吹を見つめる。
すると、今度は隣に座っている由紀が目を輝かせて口を開く。
「うっわぁ~! すっごいイケメン! お兄ちゃん、この人と知り合いなの!? 私にも紹介してよー!」
由紀は今年中学に入学したばかりだ。
この年頃になると憧れの先輩の1人や2人できるのも納得はできる。
それでも、俺の心はまるで靄がかかっているかのようにモヤモヤとした気分が渦巻いていた。
「同じ中学ってだけでそれほど仲がいいわけじゃないからな……諦めてくれ」
由紀から目を逸らして言う。
由紀は「えーー」と落胆の声を洩らすが、こればかりは仕方のないことだ。
少なくとも今の山吹とは会いたくないし、話もしたくない。
俺の想いが山吹に届き、今後しっかり練習に力を入れるようになるのであれば、山吹に対する印象も変わってくるだろうか……
俺はそもそも山吹自身が嫌いなのではない。
あれだけの『才能』を持ちながら、それをもっと伸ばそうとしない山吹が嫌いなのだ。
いつの日か、山吹が本気で自分の『才能』を伸ばそうと努力してくれればいいと俺は思う。
スポーツ特集が終わると、県内ニュースは明日の天気予報に移った。
明日も1日中晴れで、最高気温は今日よりも2度高い30度。
どうやら明日は今日以上に厳しい天気になるようだ。
選手はもちろんだが、応援する秀一たちにも熱中症には気をつけて欲しい。
***
夕食を食べ終わった後、疲れを取るためにゆっくり風呂に浸かることにした。
脱衣所で服を脱ぎ浴室に入ると、シャワーを浴びて体を温める。
そして汗で汚れた頭と体を入念に洗うと、熱過ぎず、ぬる過ぎないちょうどいい温度の湯に浸かる。
湯の張った浴槽に肩まで体を沈めると、気持ち良さに思わず声が洩れた。
浴室には白い湯気が立ち込め、口から漏れた声が跳ね返るように反響する。
俺は水滴のついた天井を見上げ、ふと考える。
来週1週間、学校に行けば待ちに待った夏休みがやってくる。
秀一や朝霧は夏休み中も部活に精を出すのだろう。
次の大会に向けて今までより真剣に、次こそ絶対に勝利を手にするために。
秀一や朝霧が部活動に励んでいる間に、俺は一体何をするべきなのだろう。
榊原でさえ『物語を作る』という自分のやりたいことを見つけ出したというのに、俺には未だにそれがない。
『才能』の有る無しに関わらず、俺にはしたいこと、やりたいことがまだ見つかっていないのだ。
俺がこの人生を退屈だと思っているのには、ただ『才能』がないということだけではなく、自分のやりたいこと、興味があることを見つけ出せていないからというのも関係しているのではないだろうか。
『才能』を見つける前に、まずは自分が何をしたいのかを知る必要があるのではないか。
俺はこの高校1年の夏休みで、己を賭けられる何かを見つけ出すことができるだろうか。
そんな考えがぐるぐると頭の中を回る。
ライバルに勝とうと努力する秀一が眩しい。
勝負事に余計な感情を持ち込んでしまう自分を変えたいと努力する朝霧が眩しい。
『才能』を見つけ出すため、そして『才能』に囚われず今の自分がやりたいことに挑戦しようとする榊原が眩しい。
俺も彼らのように輝きたい。
『才能』が欲しいと思う反面、『才能』なんてなくても人生を楽しめるようにしたいとも思う。
どちらにせよ、考えているだけでは手に入れることはできない。
何事も行動に移さなければ、前進することはない。
「よし……」
両手で浴槽の湯を掬い、顔を勢い良く洗う。
この夏、俺は1歩前進する。
自分のやりたいこと、己の核となるものを見つけるため、今まで以上にたくさんのことに挑戦しようと、強くそう決意した——
家に着いた時には18時を少し回っていた。
久しぶりに大声を出して応援したため、少し疲れが出たようだ。
しかし、俺なんかより秀一や朝霧の方がよっぽど疲れていることだろう。
明日は大会2日目。
今日のレースで1位になった選手だけが、明日もまた走ることができる。
秀一と朝霧は惜しくも今日のレースで負けてしまったため、明日は先輩の応援に力を入れることだろう。
今日は大声を出しただけでなく、あまりにも多くの感情が自分の中で爆発した。
明日はゆっくり家で休むことにしよう。
そんなことを考えていると、1階のダイニングルームから俺を呼ぶ由紀の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃーん! ご飯だから降りてきてー!」
俺はベッドから体を起こし、部屋を出てダイニングルームへ向かう。
ダイニングルームでは既に俺以外のみんなが席についていた。
母さんは茶碗にご飯をよそい、由紀はみんなのコップに飲み物を注いでいる。
父さんはテレビを凝視しながら、俺が席に着くのを待っているようだったので急いで席に着く。
俺は椅子に座るなり、両手を合わせて夕食に手をつけた。
テレビではちょうど県内ニュースが流れている。
「そういえば悠、今日はどこに行ってたの?」
母さんが尋ねる。
「ん?あぁ、今日は秀一の陸上大会の応援に行ってた」
「秀一君、今日大会だったのね~」
中学の時、何度か秀一を家に招いたことがあったため、母さんも秀一のことは知っている。
「結果は残念だったけど、中学の時よりさらに速くなってたよ」
俺はテレビに目を向けながら答える。
その時だった。
県内ニュースがスポーツの特集に入った。
テレビには今日行われた陸上大会の映像が映し出され、スタジオにいるアナウンサーが原稿を読み上げる。
『本日、蝶谷市の運動競技場で陸上大会が行われました。蛍山高校や蝶川高校など計8校が出場し、熱いレースを繰り広げました』
映像では多くの観客の姿が映し出されている。
『本日の注目選手は、蝶川高校1年 山吹創選手です。1年生ながらレースで見事1位を勝ち取り、明日の決勝に駒を進めました』
アナウンサーが言うのと同時に、画面には山吹がゴールする瞬間の映像が映る。
カメラは山吹ただ1人にピントを合わせているが、すぐ横に秀一がぼやけて映っているのが見えた。
「秀一君、この人に負けちゃったのね~。確かこの人も悠と同じ中学校だったわよね?」
秀一はともかく、どうして山吹と接点のない母さんがそれを知っているのか。
しばらく考えて理由がわかった。
「そうだよ。母さんが山吹のこと知ってるのって、去年の市報に載ってたからだろ?」
「そうそう! なんでも『未来のオリンピック選手』なんて言われてるそうじゃない。凄いわよね~」
母さんは大層感心した様子でテレビに映る山吹を見つめる。
すると、今度は隣に座っている由紀が目を輝かせて口を開く。
「うっわぁ~! すっごいイケメン! お兄ちゃん、この人と知り合いなの!? 私にも紹介してよー!」
由紀は今年中学に入学したばかりだ。
この年頃になると憧れの先輩の1人や2人できるのも納得はできる。
それでも、俺の心はまるで靄がかかっているかのようにモヤモヤとした気分が渦巻いていた。
「同じ中学ってだけでそれほど仲がいいわけじゃないからな……諦めてくれ」
由紀から目を逸らして言う。
由紀は「えーー」と落胆の声を洩らすが、こればかりは仕方のないことだ。
少なくとも今の山吹とは会いたくないし、話もしたくない。
俺の想いが山吹に届き、今後しっかり練習に力を入れるようになるのであれば、山吹に対する印象も変わってくるだろうか……
俺はそもそも山吹自身が嫌いなのではない。
あれだけの『才能』を持ちながら、それをもっと伸ばそうとしない山吹が嫌いなのだ。
いつの日か、山吹が本気で自分の『才能』を伸ばそうと努力してくれればいいと俺は思う。
スポーツ特集が終わると、県内ニュースは明日の天気予報に移った。
明日も1日中晴れで、最高気温は今日よりも2度高い30度。
どうやら明日は今日以上に厳しい天気になるようだ。
選手はもちろんだが、応援する秀一たちにも熱中症には気をつけて欲しい。
***
夕食を食べ終わった後、疲れを取るためにゆっくり風呂に浸かることにした。
脱衣所で服を脱ぎ浴室に入ると、シャワーを浴びて体を温める。
そして汗で汚れた頭と体を入念に洗うと、熱過ぎず、ぬる過ぎないちょうどいい温度の湯に浸かる。
湯の張った浴槽に肩まで体を沈めると、気持ち良さに思わず声が洩れた。
浴室には白い湯気が立ち込め、口から漏れた声が跳ね返るように反響する。
俺は水滴のついた天井を見上げ、ふと考える。
来週1週間、学校に行けば待ちに待った夏休みがやってくる。
秀一や朝霧は夏休み中も部活に精を出すのだろう。
次の大会に向けて今までより真剣に、次こそ絶対に勝利を手にするために。
秀一や朝霧が部活動に励んでいる間に、俺は一体何をするべきなのだろう。
榊原でさえ『物語を作る』という自分のやりたいことを見つけ出したというのに、俺には未だにそれがない。
『才能』の有る無しに関わらず、俺にはしたいこと、やりたいことがまだ見つかっていないのだ。
俺がこの人生を退屈だと思っているのには、ただ『才能』がないということだけではなく、自分のやりたいこと、興味があることを見つけ出せていないからというのも関係しているのではないだろうか。
『才能』を見つける前に、まずは自分が何をしたいのかを知る必要があるのではないか。
俺はこの高校1年の夏休みで、己を賭けられる何かを見つけ出すことができるだろうか。
そんな考えがぐるぐると頭の中を回る。
ライバルに勝とうと努力する秀一が眩しい。
勝負事に余計な感情を持ち込んでしまう自分を変えたいと努力する朝霧が眩しい。
『才能』を見つけ出すため、そして『才能』に囚われず今の自分がやりたいことに挑戦しようとする榊原が眩しい。
俺も彼らのように輝きたい。
『才能』が欲しいと思う反面、『才能』なんてなくても人生を楽しめるようにしたいとも思う。
どちらにせよ、考えているだけでは手に入れることはできない。
何事も行動に移さなければ、前進することはない。
「よし……」
両手で浴槽の湯を掬い、顔を勢い良く洗う。
この夏、俺は1歩前進する。
自分のやりたいこと、己の核となるものを見つけるため、今まで以上にたくさんのことに挑戦しようと、強くそう決意した——
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