白の無才

ユウキ ヨルカ

文字の大きさ
上 下
28 / 72

第27話「陸上大会について(2)」

しおりを挟む
陸上大会当日1日目——。

天気は快晴。

空には雲ひとつない爽やかな青空が広がっていて、燦々と輝く太陽の光が俺の視界を遮る。
正午には27度まで気温が上がるらしく、今日1日は暑さとの戦いになりそうだ。

ほたる駅の休憩所の椅子に腰掛けた俺は、左腕につけた腕時計を確認する。

時刻はもうすぐ8時20分。


秀一と朝霧はもう会場に着いて準備を始めている頃だろう。

俺は昨日秀一から手渡された大会のスケジュール表を確認する。

9時から開会式が始まり、それが終わると競技がスタートする。

秀一が出場する男子100Mは10時半から。
朝霧が出場する女子100Mは昼休憩を挟んで14時からだ。

俺は再度腕時計を確認する。

うん、余裕で間に合いそうだ。

そんなことを考えていると、綺麗なよく通る声で名前を呼ばれた。

「羽島君、おはよう。待たせてしまったかしら?」

俺は腕時計から声の主の方に視線を移す。

そこには白いブラウスに水色のギンガムチェックのロングスカートを纏った榊原の姿があった。

ファッションに疎い俺は、榊原の服装を上手く表現することができない。
だから、『夏っぽい』という陳腐な表現しか思い浮かばなかった。

「おはよう、榊原。俺もついさっき着いたところだ。そろそろ電車も発車する頃だし改札通るか」

榊原は「そうね」と頷き、俺たちは改札を通って電車に乗車した。

車内は土曜日ということで通勤・通学者が少なく比較的空いており、俺たちは入口のすぐ横にある2人掛けのボックス席に座ることができた。

席に座るなり、榊原が尋ねてきた。

「羽島君は今から向かう運動競技場に何度か足を運んでいるの?」

「あぁ。中学の時はその運動競技場で何度か試合があったからな。それに中学時代から、よく秀一に誘われて応援にも行ってたし」

榊原はうんうんと頷くと、「羽島君と榎本君は中学生の頃から本当に仲が良かったのね」と言って微笑んだ。

そんなことを話しているうちに時計の長針は6を指し、電車はアナウンスと共にゆっくりと動き出した。


***


乗車してから20分ほど電車に揺られていると、車内にアナウンスが響き渡った。

「次は 蝶谷駅、蝶谷駅です」

アナウンスを聞いた俺たちは席を立つ。

それまで勢いよく走っていた電車は駅が近づくにつれて速度をゆっくり落とし始めた。

そして目的の蝶谷駅に着くと電車は完全に停車し、慣性の法則により立っていた俺たちは少しバランスを崩す。

俺は近くにあった手すりに捕まったため倒れずに済んだが、隣の榊原はバランスを崩して俺の方に倒れかかってきた。

「あっ……」

小さく声をあげてよろめく榊原を守ろうと反射的に榊原の方に体が向く。

すると、榊原の小さな体が俺の胸の中にすっぽりと収まった。

「おっと……」

榊原を支えることには成功したが、この状態は端から見れば抱き合っているようにしか見えない。


榊原の小さく華奢な身体と俺の身体が密着してしまっている。

榊原の膨らみのある胸が身体に押し付けられ、柔らかく包まれるような感覚に陥った。

吐息が届きそうなほど近い榊原との距離。

触れ合っている胸を通して榊原の鼓動が直に伝わってくるように感じた。

今までこれほど榊原を近くに感じたことはない。


榊原の艶やかな長い髪が頬に触れて少しくすぐったい。

そして、なんだかいい香りがする。


これは、桜の香りだろうか……


甘くて優しい香りが胸いっぱいに広がる。

それと同時に自分の体温が上昇していくのがわかる。


心臓は激しく脈打ち、汗腺から汗が滲み出る。

感情のダムが決壊しそうになったところで俺は我に返る。


「あっ……!わ、悪い!」


慌てて榊原から体を離す。

おそらく電車が止まってから2秒と経っていないだろう。

しかし、俺にはそれがとても長い時間に感じた。


顔が熱い。沸騰しそうだ。


俺はズボンで手汗を拭きながら榊原に目をやる。

榊原は黙ったまま俯いている。

長い髪で榊原の顔は隠れ表情は見えないが、唯一見えた耳が真っ赤に染まっている。

榊原の真っ赤に染まった耳を凝視していると、入口の扉が開いた。


「さ、榊原、降りようか……」

「そ、そうね……」


電車から降りた俺たちは無言を貫いた。

なんだかとてつもなく恥ずかしいことをしてしまったようで、榊原の顔を見ることができない。

まだ心臓が煩く脈を打っている。

もし、この鼓動が榊原に聞かれてしまっていたら……

俺は乾いた喉で唾を飲み込む。

不慮の事故とはいえ、榊原にも恥ずかしい思いをさせてしまった。

俺が榊原になんと言って謝罪するかを考えていると、榊原が最初に口を開いた。


「は……羽島君、あの……支えてくれて、あ、ありがとう……それと、ごめんなさい……」


榊原は今にも消え入りそうな声で言う。


「い、いや!俺の方こそ……!」


動揺を隠せない俺は声のボリュームを調整できず、大声になってしまった。


それから再び、俺たちの間には沈黙が続く。


この気まずい空気をなんとか跳ね除けなくては……

俺は息を深く吸って吐くと、思い切って声をかける。


「そ、それじゃあ……行くか」

「え、えぇ……そうしましょうか」


こうして、俺たちは運動競技場へ向かって歩き出した。

俺の頭の中は榊原のことでいっぱいで、秀一のことなどすっかり抜け落ちてしまっていた。


未だに榊原の胸の感触や髪の香りが頭から離れない。


俺は頭を激しく左右に振ると、気持ちを切り替え、前へ前へと足を踏み出した——。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

深海の星空

柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」  ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。  少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。 やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。 世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

からふるに彩れ

らら
青春
この世界や人に対して全く無関心な、主人公(私)は嫌々高校に入学する。 そこで、出会ったのは明るくてみんなに愛されるイケメン、藤田翔夜。 彼との出会いがきっかけでどんどんと、主人公の周りが変わっていくが… 藤田翔夜にはある秘密があった…。 少女漫画の主人公みたいに純粋で、天然とかじゃなくて、隠し事ばっかで腹黒な私でも恋をしてもいいんですか? ────これは1人の人生を変えた青春の物語──── ※恋愛系初めてなので、物語の進行が遅いかもしれませんが、頑張ります!宜しくお願いします!

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

処理中です...