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第18話「紫陽花祭りについて(6)」
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駅の休憩所で榊原が自分の夢と決意を語った後、俺たちは帰路に着いた。
時刻は20時を回ろうとしていた。
雨は既に止んでいて、空の色は灰色から藍色に移り変わっていた。
俺たちはそんな夜空を眺めながら、次第に明かりが灯っていく街を歩いた。
「今日は付き合ってもらってごめんなさいね」
榊原が申し訳なさそうな表情をして言った。
「気にするな。どうせ暇だったし」
休日に予定のある日の方が断然少ない。
自発的に外出するなんてことは滅多にないし、むしろ家から連れ出してくれたことに感謝しないといけない。
そんなことを考えながら、しばらく歩くと榊原の家の近くまで来た。
辺りは閑散としていて、世界には俺と榊原しか存在していないかのような錯覚に陥った。
横断歩道の前まで来ると、榊原が俺の正面に立って言った。
「羽島君。改めて、今日は私の話を聞いてくれてありがとう。羽島君からの言葉、とても嬉しかったわ」
榊原の白い肌はオレンジ色の街灯に照らされ、端正な顔の輪郭がボーッと浮かび上がる。
何の変哲も無い街灯の明かりを、榊原がその身に纏うだけで何か神秘的なもののように思えた。
俺はそんな榊原に見惚れながら、口を開いた。
「俺なんかに何が出来るかはわからないけれど、少しでも榊原の力になれるように頑張ってみるよ。もしかしたらそれが、俺自身の才能の発見に繋がるかもしれないしな」
榊原はフフッと微笑むと、「それじゃあ羽島君、また明日。学校で」と手を振って横断歩道の向こう側へ消えていった。
俺は榊原に手を振り返すと、その小さな背中が見えなくなるまでずっと榊原を見つめていた——。
***
そして現在。
月曜日——。
今はちょうど4限目が終わったところで、これから昼休憩に入るところだ。
俺は前の席の秀一に誘われ、購買に昼食を買いに行くことにした。
「それにしても、紫陽花祭り楽しかったな。来年もみんなで行けるといいな!」
購買に向かう途中、秀一は土曜日のことを思い出したのか、白い歯を見せて笑った。
「そうだな。出来ることなら来年も晴れて欲しい」
秀一と朝霧には、俺と榊原が昨日も紫陽花祭りに行ったということは伝えていない。
榊原が2人に聞かれたくなくて、わざわざ俺と2人きりで紫陽花祭りに行くことを望んだのに、俺がそれを秀一たちに言ってしまえば意味がなくなる。
だから俺は、他の誰にも昨日のことは一切話さないと心に決めた。
購買に着くなり、俺たちはいつも通り焼きそばパンとペットボトルのお茶を購入し、教室へと戻った。
席に着くとパンの袋を開け、口を大きく開けてパンにかぶりついた。
「あっ、ふぉおだ。ふぅひのいへんほはふぉうふる?」
秀一は口いっぱいにパンを詰め込んだ状態で何かを伝えてきた。
「飲み込んでから話せよ……」
俺が呆れ顔でそう伝えると、秀一は口いっぱいに詰め込んだパンを咀嚼し、買っておいたお茶と一緒に胃に流し込むと、一息ついてから話し出した。
「だから、次のイベントはどうする?」
「次のイベント……?」
俺は疑問形で秀一に聞き返す。
「梅雨が明けたらいよいよ夏だろ?夏にもなればイベントが盛りだくさんじゃねぇか!」
秀一は心を躍らせた様子で興奮気味に話した。
「海でバーベキューしたり、山でキャンプしたり、花火大会に行ったり、プールに行ったり!高校1年生の夏は人生で1度きりなんだぞ!思いっきり楽しまなきゃ、損だろ!!」
秀一はさらにヒートアップし、夏のイベントについて延々と熱く語り始めた。
「わかったわかった」
俺は適当な相槌で秀一の熱弁を途中で遮り、現実を叩きつける。
「夏のイベントが大切なのはよく分かった。……でも、その前にやることがあるだろ」
「やること……?」
秀一は何を言っているのかわからないといった表情で聞き返してきた。
俺は深いため息をつくと、ぼけっとしている秀一の目を見て言った。
「もうすぐ期末テストだろ。大丈夫なのか?」
『テスト』という言葉を聞いた途端、秀一は苔のように暗い顔をして俯いた。
「……知ってるよ……そのくらい……」
秀一は先ほどとは打って変わって、まるで別人のように小さく、弱々しい声でそう呟いた。
「それに、夏休み前には部活の大会もあるんだろ?夏休みのことは夏休みに入ってから考えても遅くはないさ」
俺はそう言ってパンを食べ終えると、ペットボトルのお茶で喉を潤した。
秀一は『大会』という言葉を聞くと、少しだけ覇気を取り戻し、残りのパンを全て口に詰め込んだ。
「ふぇっふぁいふぁふ!!」
秀一は口の中のものが無くならないうちに鼻息を荒くして何やら意気込んだ。
「だから、飲み込んでから話せって……」
俺はそんな秀一を呆れ顔で注意した。
しばらくすると昼休憩終了のチャイムが鳴った。
各自5限の準備に取り掛かろうとしている中、俺は窓際前列の席に座っている榊原に目をやった。
すると、榊原は俺の視線に気がついたのか首だけをこちらに向けて俺と目を合わせると、柔らかな微笑みを向けてきた。
それに対して俺が下手くそな笑顔を榊原に返すと、5限現代文担当の佐倉先生が教室の入り口から入ってきた。
「さっさと席に着けー。始めるわよー」
佐倉先生のよく通る声で榊原は黒板の方を向くと、机の中から教科書を取り出した。
それを見て俺も慌てて教科書を取り出す。
俺は教室の窓から見える曇り空をボーッと眺め、昼食後のぼんやりとした頭で、つい先ほど向けられた榊原の微笑みを思い出していた。
柔らかくて、温かくて、優しい微笑みがいつまでも頭の中に映し出される。
その時、分厚い雲に覆われていた空から夏の太陽が顔を出した。
この街に夏が近づいているような、そんな気がした——。
時刻は20時を回ろうとしていた。
雨は既に止んでいて、空の色は灰色から藍色に移り変わっていた。
俺たちはそんな夜空を眺めながら、次第に明かりが灯っていく街を歩いた。
「今日は付き合ってもらってごめんなさいね」
榊原が申し訳なさそうな表情をして言った。
「気にするな。どうせ暇だったし」
休日に予定のある日の方が断然少ない。
自発的に外出するなんてことは滅多にないし、むしろ家から連れ出してくれたことに感謝しないといけない。
そんなことを考えながら、しばらく歩くと榊原の家の近くまで来た。
辺りは閑散としていて、世界には俺と榊原しか存在していないかのような錯覚に陥った。
横断歩道の前まで来ると、榊原が俺の正面に立って言った。
「羽島君。改めて、今日は私の話を聞いてくれてありがとう。羽島君からの言葉、とても嬉しかったわ」
榊原の白い肌はオレンジ色の街灯に照らされ、端正な顔の輪郭がボーッと浮かび上がる。
何の変哲も無い街灯の明かりを、榊原がその身に纏うだけで何か神秘的なもののように思えた。
俺はそんな榊原に見惚れながら、口を開いた。
「俺なんかに何が出来るかはわからないけれど、少しでも榊原の力になれるように頑張ってみるよ。もしかしたらそれが、俺自身の才能の発見に繋がるかもしれないしな」
榊原はフフッと微笑むと、「それじゃあ羽島君、また明日。学校で」と手を振って横断歩道の向こう側へ消えていった。
俺は榊原に手を振り返すと、その小さな背中が見えなくなるまでずっと榊原を見つめていた——。
***
そして現在。
月曜日——。
今はちょうど4限目が終わったところで、これから昼休憩に入るところだ。
俺は前の席の秀一に誘われ、購買に昼食を買いに行くことにした。
「それにしても、紫陽花祭り楽しかったな。来年もみんなで行けるといいな!」
購買に向かう途中、秀一は土曜日のことを思い出したのか、白い歯を見せて笑った。
「そうだな。出来ることなら来年も晴れて欲しい」
秀一と朝霧には、俺と榊原が昨日も紫陽花祭りに行ったということは伝えていない。
榊原が2人に聞かれたくなくて、わざわざ俺と2人きりで紫陽花祭りに行くことを望んだのに、俺がそれを秀一たちに言ってしまえば意味がなくなる。
だから俺は、他の誰にも昨日のことは一切話さないと心に決めた。
購買に着くなり、俺たちはいつも通り焼きそばパンとペットボトルのお茶を購入し、教室へと戻った。
席に着くとパンの袋を開け、口を大きく開けてパンにかぶりついた。
「あっ、ふぉおだ。ふぅひのいへんほはふぉうふる?」
秀一は口いっぱいにパンを詰め込んだ状態で何かを伝えてきた。
「飲み込んでから話せよ……」
俺が呆れ顔でそう伝えると、秀一は口いっぱいに詰め込んだパンを咀嚼し、買っておいたお茶と一緒に胃に流し込むと、一息ついてから話し出した。
「だから、次のイベントはどうする?」
「次のイベント……?」
俺は疑問形で秀一に聞き返す。
「梅雨が明けたらいよいよ夏だろ?夏にもなればイベントが盛りだくさんじゃねぇか!」
秀一は心を躍らせた様子で興奮気味に話した。
「海でバーベキューしたり、山でキャンプしたり、花火大会に行ったり、プールに行ったり!高校1年生の夏は人生で1度きりなんだぞ!思いっきり楽しまなきゃ、損だろ!!」
秀一はさらにヒートアップし、夏のイベントについて延々と熱く語り始めた。
「わかったわかった」
俺は適当な相槌で秀一の熱弁を途中で遮り、現実を叩きつける。
「夏のイベントが大切なのはよく分かった。……でも、その前にやることがあるだろ」
「やること……?」
秀一は何を言っているのかわからないといった表情で聞き返してきた。
俺は深いため息をつくと、ぼけっとしている秀一の目を見て言った。
「もうすぐ期末テストだろ。大丈夫なのか?」
『テスト』という言葉を聞いた途端、秀一は苔のように暗い顔をして俯いた。
「……知ってるよ……そのくらい……」
秀一は先ほどとは打って変わって、まるで別人のように小さく、弱々しい声でそう呟いた。
「それに、夏休み前には部活の大会もあるんだろ?夏休みのことは夏休みに入ってから考えても遅くはないさ」
俺はそう言ってパンを食べ終えると、ペットボトルのお茶で喉を潤した。
秀一は『大会』という言葉を聞くと、少しだけ覇気を取り戻し、残りのパンを全て口に詰め込んだ。
「ふぇっふぁいふぁふ!!」
秀一は口の中のものが無くならないうちに鼻息を荒くして何やら意気込んだ。
「だから、飲み込んでから話せって……」
俺はそんな秀一を呆れ顔で注意した。
しばらくすると昼休憩終了のチャイムが鳴った。
各自5限の準備に取り掛かろうとしている中、俺は窓際前列の席に座っている榊原に目をやった。
すると、榊原は俺の視線に気がついたのか首だけをこちらに向けて俺と目を合わせると、柔らかな微笑みを向けてきた。
それに対して俺が下手くそな笑顔を榊原に返すと、5限現代文担当の佐倉先生が教室の入り口から入ってきた。
「さっさと席に着けー。始めるわよー」
佐倉先生のよく通る声で榊原は黒板の方を向くと、机の中から教科書を取り出した。
それを見て俺も慌てて教科書を取り出す。
俺は教室の窓から見える曇り空をボーッと眺め、昼食後のぼんやりとした頭で、つい先ほど向けられた榊原の微笑みを思い出していた。
柔らかくて、温かくて、優しい微笑みがいつまでも頭の中に映し出される。
その時、分厚い雲に覆われていた空から夏の太陽が顔を出した。
この街に夏が近づいているような、そんな気がした——。
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